※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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100話 お泊り確定

 命は席に戻って、背筋を伸ばしたまま、息を整えている。

 表情は変わらない。けど、目だけが少しぼんやりしてる。出し切った顔だ。

 

 その空気を、先に動かしたのは澄乃さんだった。

 

「……じゃあ、次」

 

 澄乃さんは湯呑みを置いて、俺を見る。

 

「坊や。今日は泊まっていきなさい」

 

 一瞬、言葉が頭に入らなかった。

 

「……泊まる、ですか」

「そう。今帰っても落ち着かないでしょう」

 

 澄乃さんは当たり前みたいに言う。

 

 綾乃さんも、静かに頷いた。

 

「私も同意です」

「今日は、話が多すぎました」

「帰してしまうと、命がまた一人で抱えます」

 

 命の肩が、ほんの少しだけ固くなる。

 否定したいんじゃない。恥ずかしいだけだ。

 

 由紀子さんが一拍置いて、俺を見た。

 

「……客室は空いてる」

「帰るなら止めない。でも、泊まるなら歓迎する」

 

 千佳が顔を上げて、勢いよく言いそうになって、由紀子さんに目で止められる。

 でも止まらない。

 

「……お泊り会!?」

「千佳、声」

「……はい!」

 

 千佳は小声になって、でも目がきらきらする。

 

「命姉、お泊り会、していいの?」

 

 命が小さく息を吸って、丁寧に言った。

 

「……騒がしいのは、だめです」

「……はい!」

 

 その返事だけで、千佳はだいぶ嬉しそうだった。

 

 俺は、箱を膝の上に置いて、言葉を選んだ。

 泊まるのは簡単だ。でも、勝手に決めるのも違う。

 

「……ご迷惑でなければ、泊まらせていただきます」

「ただ、母に連絡だけします」

 

 澄乃さんが満足そうに頷く。

 

 綾乃さんも続ける。

 

「ありがとうございます。こちらも、最低限の段取りは整えます」

「命も、今日は頑張ったんだから、無理しなくていい」

 

 命が小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 俺はスマホを出して、母さんにだけ短く送る。

 

 隼人

『泊まることになった。御堂家。明日帰る』

 

 既読がすぐついて、返事もすぐ来た。

 

 沙織

『了解。ちゃんとしなさいね』

 

 短い。助かる。

 

 スマホをしまうと、澄乃さんが立ち上がった。

 

「じゃあ決まり。夕食まで少し休みなさい」

「坊やは客室へ。命も一度部屋へ戻って呼吸を整えなさい」

 

 綾乃さんが執事に視線を向ける。

 

「客室の準備をお願いします。……あと、夕食の席は家族の部屋で」

「かしこまりました」

 

 由紀子さんが俺に言った。

 

「案内されると思う。困ったら人に頼って」

「はい」

 

 千佳が小声で付け足す。

 

「……命姉、今、たぶん頭いっぱいだから」

「優しくしてあげて」

「千佳」

「……はい!」

 

 命は千佳を一度見て、それから俺を見た。

 目が落ち着かない。けど、逃げない。

 

「……すみません。泊まることになって」

「いい」

 

 俺が短く返すと、命はほんの少しだけ息を吐いた。

 

「……はい」

 

 執事が一礼する。

 

「ハヤト様、こちらへ」

 

 俺は箱を持って立ち上がり、最後に家族へ頭を下げた。

 

「本日はありがとうございます。ご厄介になります」

 

 澄乃さんが笑った。

 

「厄介じゃないわ。泊まりなさい」

 

 廊下に出た瞬間、胸の奥が少しだけ静かになった。

 

 執事に案内されて廊下を歩く。

 広い。静か。足音が吸われる。

 

 客室は、客室って言葉が似合わないくらい整っていた。

 ベッドがあって、机があって、窓の外に庭が見える。ホテルみたいなのに、生活の匂いがある。

 

「必要なものがあれば、いつでもお呼びください」

「ありがとうございます」

 

 執事が出ていく。扉が閉まると、ようやく一人になった。

 

 俺は椅子に座って、箱を膝の上に置く。

 手の中で、重さが変わらない。

 

 ――結婚してください。

 

 言われた側の俺が、今さらじわじわ来るのも変だけど。

 現実は、少し遅れて追いつく。

 

 スマホを開く。母さんから追加のメッセージが来ていた。

 

『泊まるなら、焦らず、礼儀だけ忘れないように』

 

 短い。いつも通り。

 俺はそれに返さず、スマホをしまった。

 

 焦らない。

 礼儀。

 それだけでいい。

 

 ノックがする。

 

「ハヤトさん」

 

 命の声だった。

 落ち着いてるようで、少しだけ固い。

 

「入っていい?」

「どうぞ」

 

 扉が開く。命が入ってくる。

 服は朝と同じ。髪も整ってる。表情は相変わらず読みにくい。

でも、目だけはいつもより揺れている。

 

 さっきの場で出し切ったのに、まだ終わってない目。

 

「……ここ、すごいですね」

 

 命が部屋を見回して言う。

 自分の家の中なのに、客室は別の場所みたいな言い方だ。

 

「すごい」

「……私の家なのに」

 

 命が小さく言って、すぐに視線を落とす。

 照れだ。自分の家の規模に。

 

「……さっき、驚かせました」

「驚いた」

 

 俺が正直に言うと、命は少しだけ息を吐いた。

 

「……すみません」

「謝るな」

 

 命が一拍置く。

 

「……はい」

 

 その「はい」が、まだ震えてる。

 

 俺は箱を持ち上げて、机の上に置いた。

 命の視線がそこに吸われる。

 

「これ、俺が預かっていい?」

 

 命は頷く。

 

「……はい。渡したので」

 

 言い切ったのに、顔が熱そうだ。

 出さないようにしてるだけ。

 

 俺は椅子から立って、窓の方へ一歩ずらした。

 距離を詰めすぎない。追い詰めない。

 

「……命」

 

 呼ぶと、命が少しだけ顔を上げる。

 

「さっきの言葉」

 

 命の肩がほんの少し固くなる。

 逃げない。でも、緊張する。

 

「……はい」

「嬉しかった」

 

 それだけ言う。

 余計に飾らない。

 

 命の目が揺れた。

 泣きそうじゃない。落ち着きそうな揺れ。

 

「……そう、ですか」

「そう」

 

 沈黙が落ちる。

 でも悪くない。

 

 命が小さく言った。

 

「……私、勢いで言ったわけではありません」

「分かってる」

「……でも、怖いです」

「うん」

 

 俺は頷いた。否定しない。

 

「怖いなら、怖いって言っていい」

 

 命が少しだけ息を吸って、吐いた。

 

「……はい」

 

 そのとき、またノック。

 

「失礼いたします。夕食の準備が整いました」

 

 執事の声。

 

 命が一拍置いてから言う。

 

「……行きましょう」

「行こう」

 

 俺は箱を置いたままにするか迷って、命を見た。

 命が小さく首を振る。

 

「……それは、置いてください。大丈夫です」

「分かった」

 

 俺たちは並んで部屋を出た。

 

 廊下は静かで、長い。

 でも今は、長さが助かる。

 言葉を整える時間になる。

 

 命が小さく言った。

 

「……千佳が、騒ぎませんように」

「由紀子さんが止めるって言ってた」

「……はい」

 

 命の返事が少しだけ柔らかくなった。

 

 夕食の部屋の前で、命が立ち止まる。

 いつもの顔に戻す。丁寧に整える。

 

 俺も深呼吸する。

 

 今夜は“お泊り会”だ。




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