※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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101話 馴れ初め

 夕食の部屋は、朝の“迎える部屋”より少しだけ柔らかかった。

 でも、広い。天井も高い。テーブルも、家族の人数に対して余裕がある。

 

 席に案内される。

 命は俺の向かいではなく、斜め前。近すぎないけど、遠くもない。

 

 綾乃さんは落ち着いた顔で座る。

 澄乃さん――澄乃さんは、もう“面白いことが起きる”って顔をしてる。

 由紀子さんは淡々と周りを見て、千佳はわくわくが漏れそうで必死に抑えてる。

 

 料理が並ぶ。

 派手じゃないのに、全部がちゃんとしてる。温かいものは温かいまま出る。音が静かだ。

 

 綾乃さんが最初に言った。

 

「では、いただきましょう」

「今日は……話が多い日なので」

「はい」

 

 俺も頭を下げる。

 

「いただきます」

「いただきます!」

 

 千佳が反射で声を上げて、由紀子さんに軽く肘で止められる。

 

「千佳、声」

「……はい!」

 

 命は小さく言う。

 

「……いただきます」

 

 表情は相変わらず読みにくい。

 でも、箸の持ち方が少しだけ硬い。緊張してる。

 

 最初は料理の話になった。

 千佳が「これ何!うま!」って言いかけて、言い直して、由紀子さんが笑いを噛み殺す。

 

 空気が少し温まったところで、澄乃さんが湯呑みを置いた。

 

「さて」

 

 その一言で、みんなの意識が揃う。

 

 澄乃さんは俺じゃなく、命を見る。

 

「命。さっきの話は、家として受け取った」

「だから次。――なれそめ、聞いていい?」

 

 千佳の目が光った。

 

「え、聞いていいの!?」

「千佳」

「……はい!」

 

 命の肩が少しだけ固くなる。

 逃げないけど、恥ずかしいやつだ。

 

 綾乃さんが一拍置いて、補助するみたいに言う。

 

「無理に話さなくていいわ」

「ただ、由紀子も千佳も、今日いきなりだから」

 

 由紀子さんが頷く。

 

「情報ゼロで婚姻具は重い」

 

 命が小さく息を吐いた。

 

「……分かりました」

「話せる範囲で、話します」

 

 命は俺を見る。

 “助けて”じゃない。“一緒に”の目。

 

 俺は頷いた。

 

「俺から話す」

 

 千佳が身を乗り出す。

 

「命姉とハヤトさん、どこで会ったの!?」

 

 俺は短く言った。

 

「入学初日」

 

 千佳が固まる。

 

「初日!?」

「千佳、声」

「……はい!」

 

 俺は続ける。

 

「駅前で、落とし物を拾いました」

「白い絹の袋で、刺繍が入ってた。家紋みたいなやつ」

 

 命が小さく頷く。

 

「……落としました」

 

 由紀子さんがさらっと言う。

 

「そそっかしいな」

「由紀子姉さん……」

 

 命が丁寧に言うと、由紀子さんは何も言わずに箸を動かした。

 

 俺は言葉を足す。

 

「交番に届けようと思ってたら、命が後ろから声をかけてきました」

 

 千佳が小声で言う。

 

「うわ……映画」

「千佳」

「……はい!」

 

 命が少しだけ視線を落として言った。

 

「……『すみません』って」

 

 俺は頷く。

 

「そう。で、袋を返しました」

「それで終わるはずでしたけど……俺が止めました」

 

 澄乃さんが楽しそうに笑う。

 

「止めたのね」

「止めました」

 

 俺が言い切ると、命の耳がほんの少し赤くなる。分かりやすい。

 

「同じ学校だよなって聞いて」

「新入生だろ……一緒に行かないかって誘いました」

 

 千佳が手で口を押さえた。

 

「うわ……王道……」

 

 由紀子さんが小さくため息をつく。

 

「初日から距離詰めるじゃん」

 

 俺は言い訳せずに言う。

 

「詰めました」

 

 命が小さく言った。

 

「……私は、『構いません』と答えました」

 

 綾乃さんが静かに頷く。

 

「命が初日からそれを言うのは珍しいわね」

 

 命は否定しない。できない。

 その代わり、声だけ丁寧に整える。

 

「……判断しました」

 

 澄乃さんがすぐに次を投げる。

 

「で、どっちが先に好きになったの」

 

 直球。

 場が一瞬止まって、千佳が息を呑む。

 

 俺は即答した。

 

「俺です」

 

 命がこちらを見る。

 

「……」

 

「袋返した瞬間に、もう決まりました」

「一目惚れでした」

 

 千佳が机に突っ伏しそうになって、由紀子さんに止められる。

 

「千佳、死ぬな」

 

「……はい……!」

 

 命は表情が読みにくいまま、でも目だけが揺れる。

 恥ずかしさと、否定できないやつ。

 

 俺は最後に、余計な飾りを足さずに言った。

 

「最初に会った時点で、もう“この子がいい”って思いました」

「だから、図書館とか、寄り道とか、全部そのあとに増えた時間だ」

 

「命姉は?」

 

 命は一拍置いて、丁寧に言った。

 

「……分かりません」

「最初から、好きだと決めたわけではありません」

 

 正直だ。命らしい。

 

 命は箸を置いて、続ける。

 

「でも、ハヤトさんと一緒にいると……落ち着くことが増えました」

「嫌ではない、とか」

「……もっと一緒にいたい、とか」

 

 千佳が静かに頷いてる。さっきより真面目だ。

 

 綾乃さんが少しだけ柔らかい声になる。

 

「命がそう言えるのは、大きいわね」

 

 澄乃さんが笑った。

 

 俺は命を見た。

 

「今日は、命が一番強かった」

 

 命はすぐに返さない。

 でも、ほんの少しだけ息を吐いて、言った。

 

「……はい」

 

 その「はい」が、昼の「はい」と違う。

 落ち着いてる。

 

 由紀子さんが箸を置かずに言う。

 

「……よし」

「今のは、みんな聞いた」

「命姉が言って、ハヤトさんが受け取った」

「じゃあ、この話はここで終わり」

「じゃあ今日の議題は終わり」

 

 千佳が耐えきれず小声で言う。

 

「議題って何……」

 

 澄乃さんが笑う。

 

「家の話は議題よ。うるさくしないで、ちゃんと決める」

 

 綾乃さんが静かに続けた。

 

「今日は泊まっていく」

「明日は、疲れを取って帰りなさい」

 

 俺は頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

 命も同じように頭を下げた。

 

「……ありがとうございます」

 

 千佳が嬉しそうに言う。

 

「じゃあ、ほんとにお泊り会だ……!」

 

「千佳、声」

 

「……はい!」

 

 そのやり取りで、テーブルの空気がやっと“いつもの家”寄りになる。

 重さは残ってる。でも、息ができる重さだ。

 

 命が箸を持ち直して、料理を一口食べる。

 そして小さく言った。

 

「……おいしいです」

 

 誰に言ったのか分からないくらい小さい。

 でも、場が少しだけ明るくなる。

 

 俺はその瞬間、思った。

 

 この家の夕食は、試されてるんじゃない。

 受け入れられてる。

 

 だから俺も、ちゃんとここにいる。

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