※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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105話 赤飯

 薄い光が障子の向こうで白く広がって、部屋の輪郭だけが先に浮かぶ。

 朝目覚めると裸の美少女がお腹の上で眠っている。

 結局あの後朝まで続けて、最後はお互い疲れ果ててそのまま眠ってしまったようだ。

 俺が少し動くと、命のまつげが揺れた。

 

「……おはようございます。ハヤトさん」

「おはよう」

「……眠れましたか」

「眠れた」

「……そうですか」

 

 命は小さく頷いてから、目を逸らす。

 逸らすのに逃げじゃない。照れだ。

 

「……昨日のこと」

 

 命が言葉を探すみたいに息を吸う。

 

「忘れそうにありません」

「俺も」

 

 命はそれだけで安心したみたいに、ゆっくり息を吐いた。

 そして、ほんの少しだけ口元がほどけて、小さく笑った。

 命の表情が柔らかくなった気がする。

 

 そのとき、廊下の向こうで気配が止まった。

 控えめなノック。

 

「失礼いたします。朝食のご案内でございます」

 

「……はい」

 

 命が丁寧に返して、俺を見る。

 

「行きましょう。……皆が待っています」

 

 命は立ち上がって、いつもの速度で身支度を整える。

 ただ一つ違うのは、俺の目を見る時間が少しだけ長いことだった。

 

 食堂に入った瞬間、空気が“整いすぎている”のが分かった。

 いつもより、静かで、明るい。

 

 卓の中心に置かれていたのは――赤飯。

 

 湯気が立っている。

 あからさまに、祝いの色。

 

 由紀子さんが淡々と言った。

 

「……分かりやすすぎだろ」

 

 千佳が目を輝かせて、声を弾ませる。

 

「赤飯! ね、命姉! 今日赤飯だよ!」

 

 命は表情を崩さない。

 でも、耳がほんの少しだけ赤い。

 

「……千佳。声が大きいです」

「えへへ。だって、おめでたいじゃん!」

 

 綾乃さんが、取り繕った丁寧さで、きっちりと座を整える。

 

「おはようございます。二人とも、体調は問題ありませんか。無理はしていませんね」

 

 言い方は丁寧なのに、確認が早い。

 

「……はい。大丈夫です」

 

 命が答える。

 

 俺も、綾乃さんには丁寧に返す。

 

「はい。問題ありません」

 

 澄乃さんは、笑っているのに逃げ道がない目で俺を見る。

 大人なお姉さん口調で、さらっと言った。

 

「おはよう、坊や。いい顔してるわね」

 

 それから命に視線を移して、同じ温度で。

 

「命も。笑顔なんて珍しいわね」

「……お婆様」

 

 命は短く呼ぶだけで、言い訳しない。

 澄乃さんは満足そうに頷いた。

 

「いい子。今日はちゃんと食べなさい」

「赤飯はね、“続く”のよ。縁起物なんだから」

 

 由紀子さんが箸を取って、淡々と補足する。

 

「祝いは祝い。妹の婚約祝いでもあるし」

 

 俺を見て、短く。

 

「分かってるな」

「はい。分かってます」

 

 千佳が身を乗り出す。

 

「ねえハヤトさん! 赤飯ってことはさ、もう“家族”ってこと!?」

 

 俺は一拍も置かずに言った。

 

「そうだな。……お兄ちゃんだ」

 

 千佳が目を丸くして、次の瞬間ぱっと笑う。

 

「え、ほんと!? じゃあ今日からハヤトさんじゃなくて――お兄ちゃん!」

 

 命が小さく息を吐く。止めない。

 表情は読みにくいままなのに、口元だけが少し柔らかい。

 

「……千佳。声が大きいです」

 

「だって嬉しいもん!」

 

 それを聞いて、澄乃さんが小さく笑った。

 

「聞いた? 坊や。お兄ちゃんって呼ばれたのよ」

 

 千佳が「お兄ちゃん!」と笑ったあと、食堂の空気が一段明るくなった。

 

 由紀子さんは箸を動かしたまま、ちらっと俺を見る。

 淡々としてるのに、目が少しだけ柔らかい。

 

「……弟ができるの、普通に嬉しい」

 

 言い切ってから、照れ隠しみたいに味噌汁を一口飲む。

 その間が、かわいい。

 

 俺は反射で丁寧に返した。

 

「……その、弟でいいですか」

「いいに決まってる」

 

 即答。迷いがない。

 

「命が決めた。家も受け取った。――なら弟だ」

 

 千佳が身を乗り出して、嬉しそうに騒ぐ。

 

「由紀子姉、めっちゃ喜んでる!」

「うるさい」

 

 由紀子さんは切り返す。いつも通りの短さ。

 でも、否定じゃない。

 

 由紀子さんは俺の顔をもう一度見て、言い方だけ少しだけ軽くした。

 

「……イケメンの弟とか、得じゃん」

 

 言った瞬間、自分で気づいたみたいに目を逸らす。

 

「今のは忘れろ」

 

 澄乃さんがくすっと笑う。

 

「由紀子、素直じゃないのね」

「うるさいです、お婆様」

 

 由紀子さんは即座に返す。

 それから、俺にだけ分かるくらいの小さい声で付け足した。

 

「弟。ちゃんと守られてろ、守られるのも、仕事だから」

 

 俺は短く頷いた。

 

「……はい」

 

 由紀子さんはそれで満足したみたいに、また箸を動かす。

 淡々としてるのに、嬉しさだけは残っていた。

 

 由紀子さんが箸を動かしながら言った「守られてろ」が、妙に胸に残った。

 この家の言葉は、軽くない。軽く言う人ほど、なおさら。

 

 赤飯は、塩気がちょうどいい。

 噛むほど味が出る。祝いの味ってこういうやつだ。

 

「お母さん、赤飯おかわりしていい?」

 

 綾乃さんが箸を止めずに、取り繕った丁寧さで即答する。

 

「いいですよ。ですが、まずお味噌汁を一口。落ち着いてからにしてください」

「はーい!」

 

 千佳が立ち上がりかけたところを、綾乃さんが丁寧に止めた。

 

「千佳。立つなら椅子を引いてからにしてください。――落ち着いて」

 

 取り繕った丁寧さ。内容は母の指示。

 

「はーい……」

 

 千佳は一度座り直してから、今度はちゃんと立った。

 それでも視線はずっと俺に向いてる。

 

 命が小さく息を吐く。止めない。

 でも目だけで「ほどほどに」と千佳に言っている。

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「かわいいわね。坊や、すっかり家の人みたい」

 

 俺は澄乃さんには丁寧に返す。

 

「……ありがとうございます」

「うん、いい子」

 

 澄乃さんは満足そうに頷いて、箸を置いた。

 

「それじゃ、朝の段取り。綾乃、お願い」

 

 綾乃さんが頷く。声は丁寧で、温度は低い。

 

「では、確認しますね」

 

 視線が俺と命に向く。

 

「言葉は『結婚』でした。現実の扱いは『婚約』です。順番は守ります。異論はありますか」

 

 命は短く。

 

「ありません」

 

 俺も頷いて答える。

 

「ありません。……承知しました」

 

 千佳が目を丸くする。

 

「婚約って、なに?」

 

 素朴すぎる質問で、空気が一瞬だけ柔らかくなる。

 由紀子さんが淡々と説明する。

 

「予約だ。正式な段取りの前に、決めたってことを形にする」

「へえー!」

 

 千佳は分かったような分からないような顔で、それでも嬉しそうに笑う。

 

「じゃあさ、予約したお兄ちゃんってこと!?」

「……雑」

 

 由紀子さんが小さく呟く。

 でも、口元だけがほんの少しだけ動く。笑いを堪えてる。

 

 澄乃さんが手を叩くみたいに、軽く言った。

 

「いいじゃない。千佳はそういう子。坊やも、そういうところ受け取りなさい」

「はい」

 

 命が俺の横で、ほんの少しだけ笑った。

 大きくはない。口元がほどけるだけ。

 でも、昨日までの命にはなかったやつ。

 

 それが嬉しくて、俺はそれ以上考えるのをやめた。

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