※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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109話 命と買い物デート1

 角を曲がったところで、綾乃さんが待っていた。

 姿勢が整っていて、声も整っている。

 

「ハヤトさん。少しだけ、お時間をください」

 

「はい」

 

 俺が丁寧に返すと、綾乃さんは視線を命へ移す。

 命は俺の腕を組んだまま、きちんと頷いた。

 

「……はい」

 

 綾乃さんが要点だけを置く。

 

「明々後日十三時に、家の中で“婚姻の席”を整えます」

「沙織さんには、その場でご挨拶を。そのために、準備が必要です」

「準備?」

「衣服です」

 

 綾乃さんは言い切る。

「あなたの一式。命の一式。小物まで」

「無理に派手にしません。落ち着いた形にします」

 

 命が小さく息を吐いた。

 それから、丁寧に言う。

 

「……必要です」

 

 俺は短く答える。

 

「分かりました」

 

 そのとき、廊下の奥から声がする。

 軽いのに、空気を持っていく声。

 

「坊や。話、聞こえたわ」

 

 澄乃さんがゆっくり近づいてきた。

 大人なお姉さん口調のまま、楽しそうに笑う。

 

「買い物ね。いいじゃない」

「息が詰まる前に、外の空気も吸いなさい」

 

 俺は澄乃さんには丁寧に返す。

 

「……ありがとうございます、澄乃さん」

 

 綾乃さんが補足する。

 

「買い物の形にします」

「席のための準備ですが、堅くしすぎない」

「命も、息が必要でしょう」

 

 命が俺の腕を少しだけ強く組む。

 言葉の代わりの合図。

 

「……はい」

 

 命は丁寧に言って、少しだけ小さく続けた。

 

「ハヤトさんと行きます」

「うん」

 

(命の言い方は、ちゃんと俺の方を向いてる)

 

 そこへ、由紀子姉さんが角から出てきた。

 淡々とした顔で、状況を一秒で把握する。

 

「服、買いに行くのか」

「行きます」

 

 俺が短く言うと、由紀子姉さんは頷いた。

 

「なら――」

 

 由紀子姉さんが一拍置いて、俺を見る。

 

「行ってこい」

 

 命が横で、丁寧に礼を言う。

 

「……由紀子姉さん。ありがとうございます」

「お姉ちゃんありがとう」

「当然」

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「ほら、坊や。ちゃんと礼が言えるじゃない」

「いい子ね」

 

 俺は照れたまま、丁寧に返す。

 

「……ありがとうございます」

「もう、かわいいわね」

 

 綾乃さんが静かにまとめる。

 

「移動は車を出します。人目の少ない店を押さえます」

「執事が距離を取って付きます。邪魔はしません」

「お願いします」

「承知しました」

 

 執事が一礼して、先に動く。

 

 命が俺の腕に指先を添えて、少し迷ってから組み直した。

 恥じらいが残っている。けど、離さない。

 

「……行きましょう、ハヤトさん」

「行こう」

 

(席のための買い物。けど――これは、デートでいい。)

 

 玄関へ向かう途中、命が小さく言った。

 

「……ハヤトさん」

「私、こういうの……慣れていません」

「大丈夫、俺が合わせる」

「……はい」

 

 命は丁寧に返して、ほんの少し笑う。

 

「嬉しいです」

「……そう」

 

 また短く返してしまって、俺は内心で反省する。

 でも、命は気にしてない。

 腕を組んだまま、前を見る。

 

 車のドアが開いた。

 命が先に乗り込む前に、こちらを見て、小さく言う。

 

「……隣、いいですか」

「いい」

 

 命は、ほんの少しだけ笑って、隣に座った。

 腕は組んだまま――じゃない。車では組めない。

 でも、膝の上に置いた指先が、俺の袖を一度だけつまむ。

 

 それで十分だ。

 

 窓の外が流れ始める。

 執事は前の席。視線も言葉も、必要最低限に抑えている。

 

 店は最初から押さえられていた。

 人目が少ないフロア。案内が早い。静か。

 

 スタッフが丁寧に頭を下げる。

 

「本日はお任せくださいませ」

 

 命が一歩だけ後ろに下がる。

 それは距離を取りたいんじゃない。整えたいだけだ。

 でも――今日は、腕を組んでないと落ち着かないらしい。

 

 命が少し迷ってから、俺の腕に指先を添えた。

 ほんの一瞬だけ触れて、もう一度息を吐いて、腕を組む。

 

「……行きましょう、ハヤトさん」

「うん」

 

 スタッフが言う。

 

「スーツでよろしいでしょうか」

「はい」

 

 俺が短く答える。

 

 命が丁寧に補足する。

 

「……明々後日の席に向けて」

「落ち着いた形で、一式を」

「承知いたしました」

 

 採寸の部屋に通される。

 空気が静かで、変に緊張しない。

 

「お色味はいかがいたしましょう」

 

 スタッフが鏡の前で、布を当ててくる。

 

「ネイビー、チャコールがよろしいかと」

「ネイビーで」

 

 俺が即答すると、命が横で小さく頷いた。

 

「……似合うと思います」

「そう?」

「……はい」

 

 短い。

 でも命の「はい」は軽くない。

 

 ジャケットを羽織る。

 肩が合う。袖の長さを少し詰める。

 

 鏡の中の俺は、いつもより“整って”見えた。

 命が見ているのが分かる。見られても嫌じゃない。

 

「どうでしょうか」

 スタッフが尋ねる。

 

 俺は命を見る。

 命は一拍置いて、丁寧に言った。

 

「……とても」

 

 言葉がそこで止まる。

 言い切るのに、勇気が要るみたいに。

 

 それでも、目を逸らさずに続けた。

 

「……かっこいいです」

 

 俺は命の目を見たまま、短く返す。

 

「……ありがとな」

 

 命が小さく笑う。

 今度は、隠さなかった。

 

(この笑いが出るなら、今日は当たりだ。)

 

 ネクタイを選ぶ。

 無地の濃紺。派手じゃない。安心できるやつ。

 

 靴も黒。ベルトも黒。

 “揃える”だけで、空気が締まる。

 

 スタッフが控えめに言う。

 

「明々後日までに、仕上げてお届けいたします」

 

「お願いします」

 

 俺が丁寧に言うと、スタッフは頭を下げた。

 

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