※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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110話 命と買い物デート2

 次は命の番――のはずなのに、命は俺の袖を軽く引く。

 

「……少しだけ」

「寄り道、してもいいですか」

「いい」

「……甘いもの」

 

 命が小さく言う。

 

「食べたいです」

「行こう」

 

 命が、ほんの少しだけ笑って、また腕を組んだ。

 恥じらいは残ってる。

 でも、離さない。

 

 近くの静かなカフェに入る。

 席は奥。人目が少ない。御堂家の手配が分かる。

 

 命はメニューを見て、迷ってから指を止めた。

 

「……これ」

「それでいい」

 

 俺は短く言う。

 命は「はい」と頷いて、注文する声も丁寧だった。

 

 運ばれてきた甘い皿を、命が一口だけ食べる。

 それから、ほんの少し目を細めた。

 

「……おいしい」

「よかった」

 

 命がフォークを置いて、俺を見る。

 読みにくい表情のまま、でも目は真っすぐ。

 

「……ハヤトさん」

「沙織さんに会うの、私は……」

 

 言葉が止まる。

 怖いと言わない。

 でも、揺れてる。

 

 俺は短く言った。

 

「俺がいる」

 

 命が小さく息を吐いて、頷く。

 

「……はい」

 

 守るとか、守られるとか。今はどうでもいい。俺は隣にいる。それだけ。

 

 命がもう一口食べて、少しだけ笑う。

 

「……今日は……デート、ですね」

「デートだ」

 

 俺が即答すると、命の耳が少し赤くなる。

 赤くなるのに、嬉しそうだ。

 

(ちゃんと進んでる。目に見える形で。)

 

 店を出ると、外の光が少し眩しかった。

 命は歩き出す前に一瞬だけ迷って、それから俺の腕に手を添える。

 指先が軽い。恥じらいが残ってる触れ方。

 

「……行きましょう」

「うん」

 

 人通りの少ない通りを選んで歩く。

 腕を組んでいるだけで、周りの視線が少し引く。

 御堂家の“守り”が、自然に働いてる。

 

 命が小さく息を吸った。

 

「……ハヤトさん」

 

「なに」

 

 命は前を見たまま、言葉を整えるみたいに間を置く。

 表情は読みにくい。

 でも、その沈黙が今日は逃げじゃない。

 

「……私」

「最近、世界が……少しだけ、色づいて見えます」

 

 俺は足を止めずに、命の方を見る。

 命は視線を逸らさない。

 ただ、耳が少し赤い。

 

「……それは」

「ハヤトさんのせいです」

 

 命は丁寧に言い切る。

 

「一緒にいると、同じ景色なのに、違って見えます」

「……嬉しい、とか」

「安心する、とか」

「そういう言葉を、ちゃんと自分で分かるようになりました」

 

 胸の奥が、静かに熱くなる。

 言葉を飾らない命の告白は、強い。

 

「ハヤトさんありがとうございます」

 

 俺は短く返す。

 

「……どういたしまして」

 

 命の口元がわずかにほどける。

 ちゃんと笑う。

 

「……はい」

 

(これが命の“進み方”なんだな。)

 

 俺は続けて言う。

 

「俺も、命といると落ち着く」

 

 命が一拍止まって、腕を組む力が少しだけ強くなる。

 

「……それは」

「……とても、嬉しいです」

「よかった」

 

 短いのに、命は頷いた。

 その頷きが、昨日より柔らかい。

 

 店に戻る。

 さっきまで俺のスーツを見ていたフロアの奥。

 今度は命の番だ。

 

 スタッフが丁寧に頭を下げる。

 

「お待ちしておりました。では、お連れ様のご用意を」

 

 命が一歩だけ前に出る。

 その動きは整ってるのに、指先が少しだけ落ち着かない。

 

「……お願いします」

 

 命が更衣室へ向かおうとして、ふと立ち止まる。

 俺の腕から手が離れかけて、離れない。

 

「……ハヤトさん」

「変だったら、言ってください」

「変じゃない」

 

 俺はすぐ言う。

 

「命は、命でいい」

 

 命は小さく息を吐いて、頷いた。

 

「……はい」

 

 命が更衣室に入る。

 俺は外で待つ。

 執事は距離を取って、視線も外している。邪魔はしない。

 

 しばらくして、カーテンが揺れた。

 

 命が出てくる。

 

 落ち着いた色のワンピース。

 線はきれいで、派手じゃない。

 “整っている命”が、そのまま服になったみたいだ。

 

「……どうでしょう」

 

 命は丁寧に聞く。

 目だけは真っすぐで、逃げない。

 

 俺は一拍も置かずに言う。

 

「似合ってるよ」

 

 命の肩が、わずかに緩む。

 

「……具体的に」

 

 いつもより少しだけ、わがまま。

 その言い方が可愛い。

 

「……命っぽい」

 

 命が小さく笑う。

 今度も、隠さない。

 

「……ありがとうございます」

 

 スタッフが小物を並べ始める。

 靴、バッグ、髪を留めるもの。

 どれも主張は強くない。整えるための道具。

 

「アクセサリーは控えめにいたします」

「婚姻具のペンダント”契り”が主役になりますので」

 

 命は小さな袋――家紋入りの白い絹袋を指先で押さえた。

 中にはペンダントの入った箱が入っている

 

「では小物は控えめにし、“契り”は当日お着けになる形で整えます」

「それで、お願いします」

 

 俺は短く言う。

 

「似合う」

 

 命の耳が、また少し赤い。

 嬉しそうだ。

 命が小さく息を吐いて、こちらを見る。

 

「……ハヤトさん」

「この服で」

「沙織さんに会っても……大丈夫でしょうか」

「大丈夫」

 

 俺は即答する。

 

「俺がいる」

 

 言い切ったあと、俺は余計なことを足さなかった。

 足ささない方が、命には効く。

 

 命は一拍だけ止まって、それから小さく頷く。

 

「……はい」

 

 頷きながら、命の指先が俺の袖を探して、触れて、離れない。

 腕を組むのと同じ合図だ。

 

 怖くはない。でも、揺れてる。揺れていい。

 

 スタッフが場を整えるように声を落とす。

 

「では、こちらのワンピースで一式を組みます」

「靴とバッグ、髪留めを合わせましょう」

 

「お願いします」

 

 命は丁寧に言って、目を逸らさない。

 けど耳が少し赤い。赤いまま、ちゃんと前を向いてる。

 

 靴は低め。歩きやすい。

 バッグは小さく、品がある。

 髪留めは派手じゃない。光が少しだけ落ちる程度。

 

「こちらでいかがでしょう」

 

 スタッフが鏡の前に並べる。

 

 命は見て、迷って、ひとつだけ指先で選んだ。

 

「……これ」

 

 短い言葉なのに、決断の重さがある。

 

「承知いたしました」

 

 俺は横から短く言う。

 

「それでいい」

 

 命が小さく笑った。

 笑って、隠さない。

 支払いはすでに段取りに入っているらしく、俺が何か言う前に執事が静かに進める。

 でも、俺はちゃんと礼を言うべきだと思った。

 俺は執事の方へ向き直って、丁寧に言う。

 

「……ありがとうございます。手配、助かりました」

 

 執事は一礼だけで返した。

 

「恐れ入ります。必要なことを整えただけでございます」

 

 店を出ると、空が少しだけ暮れ始めていた。

 日が傾くと、街の色が柔らかくなる。

 

 命が歩き出す前に、少し迷ってから、俺の腕に手を添えた。

 指先が軽い。

 それでも、離さない。

 

「……帰りましょう」

 

「うん」

 

 車までの短い道。

 命は前を見ながら、ぽつりと言った。

 

「……ハヤトさん」

「さっきの」

「“俺がいる”って」

「うん」

「……それだけで」

 

 命は一拍置いて、言い切る。

 

「世界が、少し明るくなります」

 

 俺は足を止めずに、命を見る。

 

「……色づくって言ってたな」

 

 命が頷く。

 耳が赤いのに、目が揺れない。

 

「……はい」

「不思議です」

「同じ景色なのに」

「ハヤトさんが隣にいるだけで、違います」

 

 俺は短く返す。逃げない。

 

「俺も」

 

 命が小さく目を瞬かせる。

 

「……それは」

「命がいると、落ち着く」

 

 言ってから、少しだけ間を置く。

 

「……嬉しい」

 

 命の口元が、わずかにほどける。

 そのまま、ちゃんと笑った。

 

「……はい」

(命が笑う。隠さないで笑う。それだけで、今日は勝ちだ。)

 

 車に乗り込むと、命は隣の席に座って、膝の上で指を組んだ。

 組んで、ほどいて、また組む。

 

「……明々後日」

 

 命が小さく言う。

 

「沙織さんが来る日ですね」

「そうだな」

「……私」

 

 命は言葉を整える。

 

「ちゃんと、挨拶をします」

「うん」

 

 俺は短く返してから、付け足す。

 

「無理はしない」

 

 命が頷く。

 

「……はい」

「でも」

「逃げません」

「知ってる」

 

 その返事に、命の肩が少しだけ緩んだ。

 

(逃げない。俺たちのやり方で。)

 

 窓の外の街が流れる。

 さっきより、少し色が濃い。

 

 命が、俺の腕にそっと触れて、車の中でも離れない場所を探した。

 袖をつまむ。指先だけ。

 

「……ハヤトさん」

「ん」

「……今日」

 

 命は小さく息を吐く。

 

「デートで、よかったです」

「よかった」

 

 短い返事。

 でも、ちゃんと届いている。

 

 命が小さく笑う。

 また、隠さなかった。

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