※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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113話 沙織合流

 扉の外に、屋敷の静けさが待っていた。

 でも、腕を組んだ温度がある。

 それだけで、もう大丈夫だと思えた。

 

 廊下を進む。

 命は腕を組んだまま、足音を揃える。

 揃えているのに、逃げない歩き方だ。

 

 角を曲がると、由紀子──お姉ちゃんがいた。

 淡々とした顔で、もう全部分かってる目。

 

「……その顔」

「今日だな」

「うん」

 

 俺が短く返すと、お姉ちゃんは命を見る。

 

「命、いけるか」

「……はい、由紀子姉さん」

 

 命が丁寧に答える。

 

「大丈夫です」

 

 姉さんは「よし」も言わない。

 でも、視線が少しだけ柔らかい。

 

「行け」

「はい」

 

 控室は、広いのに落ち着く部屋だった。

 客を迎えるための“場所”って感じがする。

 御堂家はこういう空気を、作れる家だ。

 

 綾乃さんが、取り繕った丁寧さで一礼する。

 

「お支度、整いましたね」

「はい」

 

 俺は丁寧に返す。

 

「ありがとうございます」

 

 澄乃さんが、余裕のある笑みで言った。

 

「坊や、よくできました」

「命も。ちゃんと可愛いわ」

 

 命の耳が少し赤くなる。

 でも、表情は崩れない。

 

「……ありがとうございます」

 

 綾乃さんが、淡々と段取りを置く。

 

「沙織さんは、まもなく到着です」

「到着したら、まずは控室で一度落ち着いていただきます」

「それから“席”へ」

 

 俺は頷く。

 

「分かりました」

 

 落ち着かせる。整える。いつも通りだ。

 

 執事が一歩前に出る。

 

「恐れ入ります」

「到着の合図が入りました。玄関へお迎えいたします」

 

 澄乃さんが微笑む。

 

「行きましょう。坊や」

 

「……はい」

 

 俺は命の腕を見て、一瞬だけ迷う。

 外で腕を組んで歩くのは、まだ“目”が増える。

 

 命が先に、小さく言った。

 

「……ここは」

「腕は、離します」

「うん」

 

 命は指先をほどいて、でも袖を一度だけつまんだ。

 離れるのに、繋がっている合図。

 

 玄関ホールは広い。

 光がきれいに落ちる。

 迎える側の場所だ。

 

 車の音が、遠くで止まる。

 扉が開く気配。

 

 沙織が入ってきた。

 

 派手じゃない。

 でも、入った瞬間に空気が落ち着く。

 目が強いのに、柔らかい。

 

「お邪魔します」

 

 執事が一礼する。

 

「ようこそお越しくださいました」

 

 沙織の視線が俺を捉える。

 一瞬だけ、母の顔になる。

 

「隼人」

 

 俺は一歩だけ前に出て、言った。

 

「……来てくれて、ありがとう」

 

 短かったけど沙織はそれで十分だって顔で、頷いた。

 

「うん、来たよ」

 

 それから、視線が命へ移る。

 命は一拍だけ息を整えて、前に出た。

 

「……はじめまして」

「御堂 命《みこと》と申します」

「本日は、お越しいただき……ありがとうございます」

 

 丁寧で、硬すぎない。

 目が真っすぐだ。

 

 沙織は、少しだけ笑った。

 

「こちらこそ」

「命さん、会えてよかった」

 

 命の肩が、ほんの少しだけ緩む。

 

「……はい」

 

 沙織が俺を見る。

 

「……ちゃんと、整えたんだね」

「うん」

「偉い」

 

 沙織はそれだけ言って、視線を上げた。

 

「じゃあ、私は“席”に座ればいい?」

 

 澄乃さんが、すっと前に出る。

 大人なお姉さん口調で、柔らかく決める。

 

「ええ。沙織さん」

「ここからは、家の中の席です」

「気楽に」

 

 綾乃さんが丁寧に続けた。

 

「控室へどうぞ」

「お茶をお出しします。移動の疲れを落としてからにしましょう」

 

 沙織は頷く。

 

「助かります」

 

 俺は横で、もう一度だけ丁寧に言った。

 

「……ありがとうございます」

 

 沙織が小さく笑って、短く返す。

 

「礼はいい」

「このあと、ちゃんと座りなさい」

「……はい」

 

 命が、俺の袖をそっとつまんだ。

 玄関では腕を組めない。

 でも、指先は離さない。

 

 大丈夫だ。ここまで来た。

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「さあ、行きましょう」

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「さあ、行きましょう」

「“身内”の席へ」

 

 綾乃さんが一歩前に出て、静かに案内する。

 

「こちらです」

「足元、お気をつけくださいませ」

 

 沙織は頷いて、歩き出す。

 姿勢がきれいで、歩幅が落ち着いている。

 緊張はあるはずなのに、場を荒らさない強さがある。

 

 命が俺の袖を、もう一度だけつまむ。

 合図。

 俺も小さく頷いた。

 

 控室は、光が柔らかい部屋だった。

 玄関の緊張を一度落とすための場所。

 椅子の配置まで、ちゃんと“落ち着く形”になっている。

 

 執事が音を立てずにお茶を置いた。

 

「どうぞ、ごゆるりと」

 

 沙織が座りながら、軽く息を吐く。

 

「……ありがと」

 

 俺は短く返す。

 

「来てくれて、ありがとう」

 

 沙織は笑って、視線で「それでいい」と言った。

 

「うん」

 

 命は一歩だけ離れたところで、背筋を整えて立っていた。

 座らない。まだ“席”じゃない。

 きちんと、整える時間。

 

 綾乃さんが命を見て、静かに言う。

 

「命。座りなさい」

「今は、落ち着く時間です」

「……はい」

 

 命が椅子に腰を下ろす。

 座り方が丁寧で、崩れない。

 でも、肩は少しだけ固い。

 

 俺はその横に座る。

 距離は近すぎない。

 でも、守れる距離。

 

 ここが、命の“内側”。

 

 澄乃さんが沙織に向けて、柔らかく言った。

 

「沙織さん」

「堅い儀式ではありません」

「けれど、軽い席でもない」

「……坊やと命が、きちんと形にするための席です」

 

 沙織が頷く。

 目が少しだけ鋭くなる。真剣な目。

 

「分かる。隼人、逃げないって顔してる」

 

 俺は短く答える。

 

「逃げない」

 

 沙織が小さく笑う。

 

「うん、それでいい」

 

 命が、息を吸って吐く。

 声は崩れない。

 でも、指先だけが膝の上で強く組まれている。

 

 綾乃さんが一枚の封を置いた。

 白い紙。家紋。

 中身は見せない。形式だけ置く。

 

「家としての確認事項です」

「読むだけで十分です」

「署名は、今日ではありません」

 

 沙織の目が一瞬だけ細くなる。

 御堂家が“場を握っている”ことを理解した目だ。

 

「……丁寧だね」

「場を荒らしません」

 

 綾乃さんが静かに言う。

 

「隼人さんに負担をかけないためです」

 

 沙織が俺を見る。

 視線は首元じゃない。顔と肩、立ち方。

 母親の目で、短く確認するみたいに一度だけなぞった。

 

「……ちゃんと、整えたのね」

 

 俺は短く頷く。

 

「うん」

 

 沙織はそれだけで十分だって顔で、小さく笑った。

 

「えらい」

「じゃあ、このあと」

「ちゃんと座りなさい」

 

 母さんは言い切ってから、余計な言葉を足さない。

 叱ってるんじゃない。落ち着かせてる。

 

「……うん」

 

 俺が短く返すと、母さんはそれだけで納得したみたいに頷いた。

 

「礼はいいよ」

「座って、聞いて」

「それが一番楽」

 

 俺は一拍置いて、丁寧に言う。

 

「……分かった」

 

 命がそのやり取りを、黙って見ていた。

 表情は読みにくい。

 でも、目が揺れていない。

 

 澄乃さんが、軽く手を叩くみたいに空気を切り替える。

 

「では」

「“席”へ移りましょう」

「今日は、ちゃんと座って、ちゃんと受け取りなさい」

 

 俺は丁寧に返す。

 

「……はい」

 

 立ち上がると、命が一拍遅れて立つ。

 そして、廊下に出た瞬間だけ――俺の腕に指先を添えた。

 組まない。

 でも、離さない。

 

 沙織がそれを見て、何も言わずに笑った。

 口に出さないのに、許した笑いだ。

 

 大丈夫だ。

 

 俺たちは、席の部屋へ向かった。

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