※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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114話 長女、次女合流

 控室の空気が、ようやく落ち着いた。

 湯気が上がって、張っていた糸が一本だけ緩む。

 

 母さんが椅子に座って、軽く息を吐く。

 それでも姿勢は崩れない。

 

「隼人、焦らないでいい」

「あなたは、あなたのままで座りなさい」

 

 次の瞬間。廊下の奥から、足音が二つ近づいてきた。

 急いでるのに、乱れない足音と──一歩だけ遅れる足音。

 

 コン、と控えめなノック。

 

「失礼いたします」

 

 執事が扉を開ける。

 

 入ってきたのは、二人の女性だった。

 俺は息を止める。

 

 初対面だ

 

 先に一歩出たのが、背筋のまっすぐな女性だった。

 目が落ち着いていて、立ち方が迷わない。

 この家の空気に馴染んでいる。

 次に、半歩遅れてもう一人。

 動きが少しだけ慌ただしくて、けど悪目立ちはしない。

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「来たわね、陽菜乃(ひなの)、千鶴(ちづる)」

「遅くなりました」

 

 ──名前がそこで初めて落ちる。

 背筋のまっすぐな方が陽菜乃。

 半歩遅れた方が千鶴。

 

 陽菜乃さんがきちんと一礼する。

 

「お婆様、母さん、由紀子」

 

 それから命に視線を移す。

 

「命。大丈夫?」

 

 命が丁寧に答える。

 

「……はい、陽菜乃姉さん」

 

 続いて入ってきた次女──千鶴は、半歩遅れて、少しだけ前のめりだった。

 そして、入室の瞬間に小さくつま先が引っかかる。

 

「あっ……」

 

 転びはしない。

 でも危ない。

 陽菜乃さんが何も言わず、腕を伸ばして支える。

 

「千鶴。落ち着いて」

「うん……ごめん」

 

 千鶴が小さく言って、姿勢を正す。

 正すけど、耳が赤い。うっかりが可愛いタイプだ。

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「来てくれて助かるわ」

「席に入る前に、揃えたかった」

 

 由紀子姉さんが淡々と挟む。

 

「落ち着け」

「もちろん。場を崩しません」

 

 陽菜乃さんが即答する。しっかり者の声。

 

「ここ、席の前だもの」

 

 千鶴が小さく頷く。

 

「……はい。失礼のないようにします」

 

 陽菜乃さんの視線が母さんへ移る。

 驚かない。驚きを外に出さない。

 でも、敬意が一段深くなるのが分かる。

 

「はじめまして」

「御堂 陽菜乃(ひなの)です」

「本日はお越しいただき、ありがとうございます」

 

 母さんも、きれいに頭を下げた。

 

「はじめまして」

「隼人の母です。今日はありがとうございます」

 

 千鶴も慌てて一礼する。

 

「は、はじめまして、御堂……千鶴(ちづる)です……えっと」

 

 一拍、言葉が迷子になる。

 

「弟……になる、んですよね?」

 

 由紀子姉さんが即答する。

 

「なります」

「……そっか」

 

 千鶴さんが小さく笑って、俺を見る。

 

「じゃあ……隼人くん?」

 

 俺は背筋を伸ばして、丁寧に言う。

 

「……隼人です」

「今日は、お時間をいただいてありがとうございます」

 

 陽菜乃さんが、少しだけ柔らかく笑った。

 

「……簡潔ですね、失礼がなくて、良いと思います」

 

 千鶴がうっかり乗る。

 

「分かる、なんか安心する短さ」

 

 由紀子姉さんが刺す。

 

「品評すんな」

「してないっ」

 

 千鶴が小さく慌てて、また一礼しそうになる。

 陽菜乃さんが肩を押さえて止める。

 

「千鶴、落ち着いて」

「……うん」

 

 命が丁寧に言う。

 

「……陽菜乃姉さん」

「……千鶴姉さん」

「来てくれて、ありがとうございます」

 

 千鶴さんがぱっと嬉しそうに頷く。

 

「うん」

「命、ちゃんと可愛い」

 

 命が一拍固まる。

 固まるけど、否定しない。

 

「……ありがとうございます」

 

 澄乃さんが軽く手を叩くみたいに空気を切り替えた。

 

「よし」

「全員揃った」

「……迷わず並ぶための席にしましょう」

 

 母さんが小さく頷く。

 

「うん」

 

 俺の袖を、命がそっとつまんだ。

 腕は組めない。

 でも、離さない。

 

 大丈夫だ。

 

 陽菜乃さんが俺を見る。

 しっかり者の目で、でも優しく。

 

「隼人くん、ここは味方ばかりよ、座って聞けばいい」

 

 俺は短く返す。

 

「……はい」

 

 千鶴さんが小さく息を吸って、陽菜乃さんの袖をつまんだ。

 声は控えめで、ちゃんと場に合わせている。

 

「……陽菜乃姉さん、私うっかり言いそうになったら……止めて」

 

 陽菜乃さんは表情を崩さず、でも声音だけ少し柔らかくする。

 

「ええそのために、私がいます」

 

 千鶴がほっとしたように頷く。

 

「……うん」

 

 その頷きのまま、千鶴が俺の方を見た。

 視線が合って、すぐ逸らさない。

 うっかりのせいか、距離感が一歩だけ近い。

 

「……隼人さん」

 

 千鶴は丁寧に呼び直してから、少しだけ首を傾げる。

 

「その、えっと……呼び方、どうしましょう、弟って……まだ早いですよね」

 

 陽菜乃が即座に拾う。

 声が丁寧で、場を崩さない。

 

「千鶴、“隼人さん”でよろしいの、まずは席が終わってからです」

「……そっか」

 

 千鶴が頷いて、俺に向き直る。

 

「失礼しました。隼人さん」

 

 俺は背筋を伸ばして、丁寧に返す。

 

「いえ。お気遣いありがとうございます」

 

 千鶴が小さく目を丸くする。

 

「……丁寧」

 

 言いかけて、陽菜乃の視線に気づいて口を閉じる。

 閉じたのに、表情がちょっとだけ嬉しそうだ。

 

 由紀子姉さんが淡々と挟む。

 

「千鶴、顔に出てる」

「出てない」

 

 千鶴が即答して、でも耳が少し赤い。

 陽菜乃が小さく息を吐いて、丁寧にまとめる。

 

「由紀子、今日はからかうのは後にしましょう。席に入る前です」

「……分かった」

 

 由紀子姉さんは淡々と頷く。

 でも、少しだけ機嫌がいい。

 

 長女、強い。

 

 命が小さく息を吐いて、陽菜乃を見る。

 

「……陽菜乃姉さん、来てくれて、助かりました」

「当然です」

 

 陽菜乃が丁寧に返す。

 

「命が決めた席ですから、私たちも揃います」

 

 千鶴がその言葉に勢いで頷いて、うっかり一歩出る。

 

「うん、揃う!」

 

 声が少しだけ大きい。

 

 千鶴はすぐ気づいて、口に手を当てた。

 

「……あ、すみません」

 

 陽菜乃が肩に手を置く。叱らない。整える。

 

「大丈夫、落ち着いて、ゆっくり」

「……うん」

 

 母さんがそれを見て、ほんの少し笑った。

 笑って、俺にだけ目で言う。

 

 いい家だね。

 

 俺は丁寧に言った。

 

「……お騒がせして申し訳ありません」

 

 誰に向けるでもなく、場に向けて。

 

 澄乃さんが楽しそうに言う。

 

「坊や、謝らなくていいの、今のは千鶴の可愛さよ」

「お婆様……」

 

 千鶴が小さくうなだれて、でも笑いそうになる。

 

「やめてください」

 

 澄乃さんの笑みが深くなる。

 

「やめないわ」

 

 由紀子姉さんが淡々と締める。

 

「時間、行くぞ」

 

 陽菜乃が頷く。

 

「はい」

 

 千鶴が小さく息を吸って、俺を見る。

 

「……ハヤトさん」

「変なこと言いそうになったら」

「……陽菜乃姉さんが止めます」

 

 陽菜乃がすぐ続ける。丁寧に、でも決定。

 

「止めます。ですから、安心して座ってください」

 

 俺は短く頷いて、丁寧に返した。

 

「……承知しました」

 

 命が俺の袖を、そっとつまんだ。

 腕は組めない。

 でも、離れない。

 

 扉の向こうの“席”へ。

 俺たちは、揃って進んだ。





【挿絵表示】

御堂陽菜乃

【挿絵表示】

御堂千鶴
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