※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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115話 婚姻の席

 扉の向こうの“席”へ。

 俺たちは、揃って進んだ。

 

 襖が開く。

 畳の部屋。広い。けど、広さで圧をかけない。

 座る場所が最初から決まっている。

 視線の流れまで、整っている。

 

(……御堂家の仕事は、“場”だ。)

 

 先に澄乃さんが入る。

 次に綾乃さん。由紀子姉さん。陽菜乃。千鶴。

 命が一歩だけ遅れて入って、俺はその隣に続いた。

 最後に母さんが入ってくる。

 

 全員が座って、部屋が静かになる。

 静かになった瞬間、重さが出た。

 

 綾乃さんが、きちんと頭を下げる。

 

「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。御堂家の綾乃です。こちらは、祖母の澄乃」

 

 澄乃さんが、大人なお姉さんみたいに微笑む。

 

「沙織さん。ようこそ、この席は、“形”を整える席です」

 

 母さんが頷く。

 

「はい、沙織です。本日はありがとうございます」

 

 俺は背筋を伸ばして、丁寧に言った。

 

「……隼人です。本日は、よろしくお願いいたします」

 

 綾乃さんが、一枚の白い封を卓に置いた。

 家紋入り。

 中身は見せない。置くだけで十分な紙だ。

 

「家としての確認です。法的な手続きの話ではありません。ここは、家の中の“婚約”の席、互いの負担は最小にします」

 

 母さんの目が、一度だけ封に落ちる。

 それから俺を見る。母親の確認の目。

 

「……隼人、大丈夫ね」

「はい」

 

 俺は短く答える。

 

「大丈夫です」

 

 命が小さく息を吸って、俺を見る。

 読みにくい表情。

 でも、目はまっすぐ。

 

(命の番だ。)

 

 命が畳に手をついて、丁寧に頭を下げた。

 

「……御堂 命です」

「本日は、お越しいただきありがとうございます」

 

 声は静か。

 言葉は少ない。

 でも、逃げない。

 

 命は顔を上げて、母さんを見た。

 

「……沙織さん、私は、隼人さんと一緒にいたいです」

 

 部屋が、さらに静かになる。

 陽菜乃が微動だにしない。

 千鶴が息を止めてる。

 由紀子姉さんは目を細めもしない。

 澄乃さんだけが、少しだけ笑った。

 

 命は続ける。

 丁寧で、まっすぐで、短い。

 

「……私は、まだ上手に言葉が出ません、でも隼人さんの隣を私の居場所にしたいです」

 

 胸の奥が熱くなる。

 俺は口を開きかけて、飲み込む。

 ここは命の言葉を、最後まで受け取る。

 

 命が一拍置いて、袋を取り出した。

 家紋入りの白い絹袋。

 軽く扱わない手つき。

 

 “契り”。

 

 命は袋を卓の上に置いてから、俺を見る。

 

「……隼人さん、“契り”を改めて、受け取ってください」

 

 俺は丁寧に頷いた。

 

「……はい」

 

 命が袋の口を開ける。

 中から、対になったペンダントが現れる。

 重ねると一つになる形。

 

 命はそれを、俺の前に差し出した。

 手は震えていない。

 でも、指先だけが少し強い。

 

「……これは、私の、覚悟です」

 

 俺は受け取って、掌の中の重さを確かめた。

 軽くない。

 でも、怖くはない。

 

 俺は母さんを見る。

 母さんは頷く。言葉は要らないって顔。

 

 俺は命を見る。

 丁寧に言った。

 

「……受け取ります、大事にします」

 

 命の肩が、ほんの少しだけ緩んだ。

 

「……はい」

 

 澄乃さんが、柔らかく言った。

 

「いい子ねそれで十分」

 

 綾乃さんが続ける。

 

「この席で確認したいのは二つです、ひとつ、命の意思は今の通り」

 

 命が小さく頷く。

 

「……はい」

「ふたつ」

 

 綾乃さんが俺を見る。

 

「隼人さん、あなたの意思です」

 

 部屋の視線が俺に集まる。

 俺は一拍置いて、背筋を伸ばした。

 初対面の人もいる。だから丁寧に。

 

「……俺は、命と、一緒にいます」

「命の隣に、います」

 

 言い切った瞬間、千鶴が反射で頷きすぎた。

 「うん!」と言いそうな勢いで、喉が鳴る。

 

 陽菜乃が、何も言わずに千鶴の肘に指先を添えて止めた。

 止め方が静かで、場を崩さない。

 

「声、出すな。ここは“席”の中だ」

 

 由紀子姉さんが淡々と言う。

 千鶴ははっとして、口を押さえる。

 そして、深く頷き直すだけにした。

 

 母さんが、静かに笑った。

 

「うん、ちゃんとしてる」

 

 命が俺を見て、小さく笑う。

 隠さない笑い。

 それだけで、胸が楽になる。

 

 綾乃さんがまとめる。

 

「では、この席はここで整いました。外向けのことは、必要になるまで動きません、内側は、ここで終わりです」

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「……さて、まずはお茶にしましょう。甘いものを入れたら、肩の力が抜けるわ」

 

 綾乃さんがすぐに頷く。

 

「そうしましょう。席は終わりました。ここからは、落ち着く時間です」

 

 執事が一礼して、音もなく下がった。

 

 少しして、部屋に盆が運ばれてくる。

 湯気の立つ急須と、漆の皿。

 和菓子は季節もの――上品で、色が静かに華やかだ。

 

 母さんが湯呑みに手を伸ばして、小さく息を吐く。

 

「緊張すると、喉が乾きますね」

 

 千鶴が反射で頷いて、口を開きかける。

 陽菜乃が何も言わず、指先で軽く止めた。

 

 千鶴は一拍置いて、丁寧に言い直す。

 

「……私も、です」

 

 由紀子姉さんが淡々と茶を啜って言った。

 

「いい顔してる、命」

 

 命が一拍止まってから、小さく頷く。

 

「……はい……少し、落ち着きました」

 

 俺は命の横で、湯呑みを持った。

 手は震えてない。

 でも、胸の奥だけ熱いままだ。

 

 澄乃さんが和菓子を見て、楽しそうに言う。

 

「千鶴、あなた好きでしょう、これ、当たりよ」

「好きです」

 

 千鶴が素直に言って、すぐに両手で受け取った。

 受け取ってから、はっとして陽菜乃を見る。

 

「……いただきます」

「ええ」

 

 陽菜乃が頷く。

 

「美味しい時間にしましょう」

 

 母さんが小さく笑った。

 

「いい家ですね」

「こういうの、落ち着くわ」

 

(母さんが笑うと、俺も楽になる。)

 

 綾乃さんが携帯を取り出して、さらっと言う。

 

「写真、一枚、撮っておきましょうか」

「“今日の記録”です」

 

 千鶴が目を輝かせる。

 声は上げない。けど表情が正直だ。

 

「……撮りたいです」

 

 由紀子姉さんが淡々と補足する。

 

「騒ぐなよ、撮るなら、早く並べ」

「はい」

 

 陽菜乃が丁寧に返す。

 

「では、整えましょう」

 

 澄乃さんが楽しそうに手を叩いた。

 

「ほら。こういうのは、私が仕切るの。沙織さんこちら、命は隼人の隣よ。もちろん」

 

 命が一瞬だけ固まって、耳が少し赤くなる。

 でも、逃げない。

 

「……はい」

 

 俺も背筋を伸ばして、丁寧に言う。

 

「……お願いします」

 

 並ぶ。

 命が俺の袖をつまんで――迷ってから、腕を組んだ。

 綾乃さんが画角を見て、静かに言った。

 

「いきます……笑顔は、無理に作らなくていいです、いつものままで」

 

 千鶴が小声で言う。

 

「……命姉、笑って」

 

 言ってから、陽菜乃を見て慌てて言い直す。

 

「……命さん。すみません」

 

 命が一拍置いて、でも怒らない。

 むしろ、口元が柔らかい。

 

「……千鶴姉さん、大丈夫です」

 

 千鶴がほっとして、つられて笑う。

 その笑いが伝染して、母さんも少しだけ笑った。

 

 由紀子姉さんがぼそっと言う。

 

「今の、撮れ」

 

 綾乃さんが即答する。

 

「撮ります」

 

 シャッター音が小さく鳴った。

 

 その瞬間、命が――ほんの少しだけ笑った。

 隠さない笑い。

 

 俺はそれを見て、胸の奥が静かに満たされる。

 

 ……大丈夫だ。

 

 澄乃さんが満足そうに頷いた。

 

「いいわ、今日の顔残った」

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