※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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116話 宴会

 綾乃さんが画角を見て、静かに言った。

 

「いきます。無理に笑わなくて大丈夫です、今のままで」

 

 シャッター音が小さく鳴る。

 

 命の腕の温度が、写真の中に残った気がした。

 俺は息を吐いて、腕を組んだままの命を見る。

 

 命はすぐには離さない。

 一拍だけ、そのまま。

 それから、少し照れたみたいに腕をほどいた。

 

「……これで大丈夫です」

「うん」

 

 千鶴が小声で言う。

 

「今の、めっちゃいい」

 

 言ってから、陽菜乃を見る。

 

「……すみません。小声です」

 

 陽菜乃さんが丁寧に頷く。

 

「小声なら、許します。でも、今のは私も同意です」

 

 由紀子姉さんが淡々と茶を啜る。

 

「同意って言うな。顔に出る」

「出てない」

 

 千鶴が即答して、耳だけ赤い。

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「いいわねえ、家の中が、ちゃんと明るい」

 

 母さんが湯呑みを置く。

 

「……ありがとうございます。こういう時間、憧れていました。落ち着くのに、寂しくないんですね」

 

 命が一拍置いて、小さく頷く。

 

「……はい」

 

 そのまま、午後がゆっくり過ぎた。

 お茶が二煎目に変わり、和菓子が少しずつ減っていく。

 話題は軽い。

 学校のこと、天気のこと、千鶴のうっかりの話。

 誰も急がない。

 “決まった後”の時間は、こんなに柔らかい。

 

 千鶴さんがうっかり、菓子皿を持ち上げてから気づく。

 

「あ、これ、下げるやつじゃ――」

 

 陽菜乃がすぐ、丁寧に止めた。

 

「千鶴、それはまだ、皆がいただいています」

「……はい」

 

 千鶴さんが赤くなって、皿をそっと戻す。

 

「ごめんなさい」

 

 澄乃さんが笑う。

 

「かわいい。うっかりは、家の華よ」

「お婆様……」

 

 由紀子姉さんが淡々と刺す。

 

「華じゃなくて注意」

「はい……」

 

 俺はそれを見て、肩の力が抜けた。

 

 日が傾く。

 庭の影が長くなる。

 屋敷の中の灯りが、一つずつ点いていく。

 

 夕方になった頃、執事が静かに言った。

 

「夕餉のご用意が整いました。本日は、ささやかな席を設けております」

 

 澄乃さんが楽しそうに手を叩く。

 

「ほら、来た、夜は宴よ。昼は整える、夜は笑う」

 

 綾乃さんが丁寧に頷く。

 

「無理はしません。でも、せっかくですから、皆で、温かい時間にしましょう」

 

 母さんも、静かに笑って言った。

 

「……私も、ご一緒してよろしいですか」

「もちろん」

 

 澄乃さんが即答する。

 

「今日から身内側よ」

 

 千鶴が反射で目を輝かせる。

 

「宴会……!」

 

 声が出かけて、陽菜乃が目で止める。

 千鶴は慌てて口を押さえる。

 

「……宴、ですね。小声で」

 

 由紀子姉さんが淡々と言う。

 

「もういい、行くぞ」

 

 立ち上がる。

 命が俺の方を見る。

 耳が少し赤いのに、目は柔らかい。

 

「……ハヤトさん、今度は腕、いいですか」

「いいよ」

 

 命が一歩近づいて、腕を組む。

 さっきより自然だ。

 

 廊下の先から、料理の香りが流れてきた。

 にぎやかな声も、少しだけ混ざる。

 

 俺はその温度を感じながら、背筋を伸ばした。

 

「行こう」

 

 命が小さく笑った。

 

「……はい」

 

 夕食の部屋に入ると、空気が変わった。

 昼の静けさじゃない。あたたかいざわめきだ。

 

 長い卓。席が整っているのに、堅くない。

 灯りが柔らかくて、影も優しい。

 

 最初に目に入ったのは、赤飯だった。

 湯気が立って、色がはっきりしている。

 

 千鶴さんが目を丸くする。声は出さない。

 でも表情が全部言ってる。

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「そう赤飯よ、今日はそういう日」

 

 母さん言う。

 

「……お赤飯、久しぶりに見ました。やっぱり、嬉しいものですね」

 

 陽菜乃さんが丁寧に頷く。

 

「家の中の祝いですから、派手にせずきちんと」

 

 由紀子姉さんが淡々と刺す。

 

「千鶴姉、はしゃぐな」

「はしゃがない」

 

 千鶴さんが即答して、すぐ言い直す。

 

「……はい。はしゃぎません」

 

 命が俺の袖を軽く引いた。

 腕はまだ組んでる。

 でも、引き方が「座るよ」の合図。

 

「……こちらです」

「うん」

 

 座る。

 命は俺の隣。

 それがもう、自然になりかけている。

 

(慣れるって、こういうことか。)

 

 乾杯は派手じゃない。

 綾乃さんが短く言った。

 

「では、今日に」

 

 澄乃さんが続ける。

 

「坊やと命に、そして沙織さんに」

 

 グラスが軽く触れる。音が小さいのに、心地いい。

 

 料理が並ぶ。

 出汁の香り、焼き物、煮物。

 全部、優しい味の顔をしている。

 

 千鶴さんが箸を持った。

 持ってから、俺を見る。

 

「……隼人さん、食べられますか? 緊張してると、喉通らない人もいるって聞いたので」

 

 初対面の気遣い。

 ちゃんとしてる。

 

 俺は丁寧に返す。

 

「……大丈夫です、ありがとうございます」

 

 千鶴さんがほっとして、陽菜乃を見る。

 陽菜乃さんが小さく頷く。

 そのやり取りが、姉妹だ。

 

 母さんが箸を置いて、俺を見た。

 やさしい目。

 でも、甘やかしすぎない目。

 

「隼人食べなさい」

「はい」

 

 命が小さく笑う。

 その笑いが、隠さないやつに近い。

 

「……ハヤトさんのお母さん、強いですね」

「強い」

 

 俺が短く言うと、命が頷いた。

 

「……安心します」

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「安心は、大事よ」

 

 部屋の空気がさらに温くなる。

 

 千鶴さんと千佳が、赤飯を一口食べて目を輝かせた。

 

「おいしい……」

「おいしい!」

 

 言ってから、二人とも陽菜乃さんを見る。

 この兄弟よく似てる。

 

「……美味しいです」

 

 陽菜乃さんが微笑む。

 

「ええ」

「よかったですね」

 

 由紀子姉さんが淡々と呟く。

 

「可愛い」

「言うな」

 

 陽菜乃が丁寧にたしなめる。

 

「由紀子。今は、優しくしましょう」

「……分かった」

 

 俺が赤飯を口に入れる。

 もち米の重さが、腹に落ちる。

 

 命が俺の横で、箸を置いた。

 一拍。

 それから、丁寧に言った。

 

「……ハヤトさん、今日は”ありがとう”がたくさん言えそうです」

 

 俺は短く返す。

 

「言って」

 

 命が小さく笑う。

 

「……はい」

 

 夜は、にぎやかに続いていった。

 笑い声は大きくない。

 でも、途切れない。

 

 俺はその中で、命の腕の温度を思い出していた。

 写真の腕。

 廊下の腕。

 今、隣の命の気配。

 

 全部が、同じ方向に揃っていく。

 

 俺は湯呑みを置いて、息を吐いた。

 今日を受け取って、明日も進めると思えた。

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