※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

117 / 238
117話 提案

 綾乃さんは一度だけ息を吸って、母さんの前に姿勢を整えた。

 言う内容を決めてきた人の、まっすぐな目。

 

「……実は、天城家に相談があります」

 

 母さんは箸を止めた。俺も反射で背筋が伸びる。

 この家で“相談”って言葉が出るときは、軽い話じゃない。

 

「相談?」

「はい」

 

 綾乃さんは俺を一度見て、それから母さんへ視線を戻す。

 逃げない。けど、押しつけもしない。短く、きれいにまとめるために言葉を選んでいる。

 

「天城家を、御堂家に迎えたいです。引っ越しませんか」

 

 母さんはすぐに頷かない。

 でも、目が柔らかい。驚きより先に、嬉しさが出ている。

 

「……ありがとうございます」

 

 母さんは丁寧に言って、少しだけ笑った。

 

「そう言っていただけるの、正直……嬉しいです」

 

 母さんは湯呑みを置いて、少しだけ考える。

 迷いじゃない。整えるための間だ。

 

「ただ私、すぐ決めるのが癖で隼人の気持ちを置いていきたくないんです」

 

 母さんは俺を見る。

 押さない。急がせない。

 でも、期待の温度は隠してない。

 

「隼人、ここで暮らすの、どう? あなたが、安心できる方を選びなさい」

 

 俺は一拍置いて、丁寧に言った。

 

「……安心できます、ここにいたいです」

 

 母さんの口元が、ほんの少しだけほどける。

 嬉しそうだ。

 でも、まだ即答しない。

 

「……そう。じゃあ、引っ越しちゃいましょうか」

 

 言い方は軽い。

 でも、目はちゃんと真剣だ。

 

 俺は母さんの顔を見て、短く息を吐いた。

 

「……うん、頼む」

 

 母さんが小さく笑う。

 

「任せて、でもあなたも困ったら言いなさい」

「大丈夫だよ」

 

 綾乃さんが静かに頷く。

 

「荷物は最低限で大丈夫です。部屋は整っています。必要なものはこちらで揃えます」

「隼人さんが気を遣う前に、こちらが動きます」

 

 母さんがその言葉に、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「助かります」

 

 澄乃さんが楽しそうに言う。

 

「それでいいの。今日は、嬉しい日でしょう」

 

 母さんが澄乃さんに丁寧に頭を下げる。

 

「ありがとうございます」

 

 綾乃さんが続ける。

 言い切りが、優しい。

 

「引っ越しのタイミングは、急ぎません。明日でも、来週でも隼人さんが一番落ち着く日で」

 

 俺は一拍置いて、砕けたまま言った。

 

「早い方がいい、俺ここにいたい」

 

 母さんの目が、さらに柔らかくなる。

 

「……うん、じゃあ早めに整えましょう、今日の夜はもう休みなさい、明日必要なものを一緒に確認する」

「御堂家が良ければ今日からでも居たいです」

 

 綾乃さんが短くまとめる。

 

「では、決まりです」

「御堂家として、隼人さんを迎えます」

 

 澄乃さんが満足そうに頷いた。

 

「ようこそ坊や」

 

 その言葉が落ちた瞬間、胸の奥が少しだけ軽くなった。

 守られる場所が増える。代わりに、守りたいものも増える。

 それが嫌じゃない。

 

 部屋を出る。

 廊下の先に命がいた。待っていたのが分かる立ち方。

 

 命は俺の顔を見て、一拍置く。

 

「……決まりましたか」

「決まった」

 

 俺は短く答える。

 

「俺、ここに引っ越す」

 

 命の目が少しだけ大きくなる。

 表情は大きく動かないのに、嬉しさがちゃんと出る。

 

「……はい」

 

 命は小さく笑って、そっと腕を組んできた。

 

「……一緒に、いられますね」

「うん」

 

 命の指先が、少しだけ強くなる。

 それが、命の喜び方だった。

 

 背後から、千佳が顔を出す。

 声が出かけて、慌てて小さくする。

 

「……ほんとに? ハヤト兄、うちに?」

 

 陽菜乃さんが丁寧に止める。

 

「千佳、落ち着いて、でもよかったですね」

 

 千佳が頷いて、ちゃんと整えて言い直す。

 

「……はい……ようこそ、です」

 

 俺は少し照れて、でも丁寧に言った。

 

「……ありがとう」

 

 由紀子姉さんが淡々と締める。

 

「弟、確定」

 

 命がまた小さく笑う。

 宴の空気が、いい具合に温まった頃だった。

 

 大人のグラスだけ、ゆっくりと回っていく。

 俺の前にはノンアルが置かれている。気まずさはない。御堂家はそういうところも整っている。

 

 千鶴さんが赤飯を見て、また目を輝かせた。

 

「この赤飯、ふつうに反則です。おかわりしてもいいですか」

 

 陽菜乃さんが丁寧に頷く。

 

「もちろんです。ただし、落ち着いて召し上がってくださいね」

 

 千鶴さんが素直に頷いて、すぐに姿勢を正す。

 

「はい。落ち着きます」

 

 由紀子姉さんが淡々と呟く。

 

「落ち着いてない」

「落ち着いてます」

 

 千鶴さんの返しが早くて、場がふっと笑った。

 

 その笑いが落ちたところで、澄乃さんが楽しそうにグラスを置いた。

 目が、母さんに向く。軽いのに、逃げ道のない笑い。

 

「沙織さん。そろそろ、ひとつだけ打ち明けていいかしら」

「はい。どうぞ」

 

 澄乃さんは、さらっと言った。

 

「実はね、この家は三世代で、隼人さんのパートナーなの」

 

 母さんは目を見開きはしない。

 でも、息だけが一つ、静かに増えた。

 

「驚きはないです。でも、不思議と納得もあります」

 

 澄乃さんが嬉しそうに頷く。

 

「いい反応」

「坊やはね、放っておくと外で削れて帰ってくるタイプよ。だから、内側で守るの」

 

 綾乃さんが、きちんと補足する。

 

「隼人さんの負担を増やすためではありません」

「隼人さんが息をできるように、場を整えるためです」

 

 母さんがゆっくり頷いて、俺を見る。

 

「隼人、ここまで座れてる?」

「うん。大丈夫」

 

 砕けた返事になったのに、母さんは嬉しそうに笑うだけだった。

 

「よかった」

 

 ここで、澄乃さんがふっと笑った。

 

「沙織さん、あなたも言いたいことがある顔をしてる」

 

 母さんが一拍置いて、グラスに指を添える。

 そして、丁寧に言った。

 

「……はい」

「私も、打ち明けます」

「実は私もパートナーなんです。ハヤトの女なんです」

 

 空気が一瞬止まる。

 止まったのに、嫌な止まり方じゃない。

 驚きが整って落ちる止まり方だ。

 

「私は、隼人の女として、ここに預けるだけでは終わりたくありません」

「この家の身内側として、隼人を支える側に入りたいです」

 

 千鶴が反射で声を出しかけて、口を押さえる。

 でも目がきらきらしてる。

 

 陽菜乃が丁寧に頷いた。

 

「ありがとうございます、それは御堂家としても心強いです」

 

 由紀子姉さんが淡々と締める。

 

「味方、増えた」

 

 澄乃さんが楽しそうに手を叩く。

 

「いいわねえ」

「この家だけで、隼人さんの味方が四人になるなんて」

「罪な男ね、女泣かせじゃなくて、女たらしの方」

 

 俺は赤飯を飲み込みきってから、短く返した。

 

「……美女には目が無くて」

 

 命が俺の袖をそっとつまんで、耳が少し赤いまま言う。

 

「……ハヤトさんは、そういう人です」

 

 また笑いが起きた。

 

 母さんがグラスを持ち上げ、丁寧に言った。

 

「では、改めて」

「今日のことに。御堂家に。隼人に。命さんに」

 

 澄乃さんが楽しそうに続ける。

 

「そして、沙織さんが身内側に来ることに」

 

 グラスが軽く鳴る。

 命の指先が俺の袖を離さない。

 夜のにぎやかさが、ちゃんと家の温度になっていった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。