※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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119話 二学期

 二学期初日の朝は、夏の終わりが制服の中に入り込んでくるみたいに、少しだけ空気が軽かった。

 

 校門をくぐった瞬間、視線が寄る。男子が少ない学校では、当たり前の反応だ。

 

「ハヤトさん」

 

 声をかけてきたのは恵だった。距離は詰めすぎないのに、立ち位置が迷わない。

 

「お久しぶりですわ。二、三週間でも、長く感じますのね」

「久しぶり。恵」

 

 短く返したところで、少し前にレンと日和が見えた。

 

 レンは騒がない。手を軽く上げるだけで合図して、隣の日和を見て小さく頷く。

 

「ハヤト」

「久しぶり、レン」

「ハヤトさん! 久しぶり!」

 

 日和はいつも通り明るい。けど、今日は言葉を少し抑えている。二学期初日で人が多いからだ。

 

「レン、ちゃんと来ててえらい」

「……当たり前だろ」

 

 レンの返しは小さい。日和はそれだけで満足そうに笑った。

 

 始業式で体育館に集められる。移動の途中、恵がさらっと言う。

 

「放課後、屋上でお話ししましょう。よろしいですわね、ハヤトさん」

「分かった。屋上な」

 

 レンが頷き、日和も「うん」と返した。

 

 体育館の空気は、いつもより少しだけ硬い。二学期は行事が多い。学校側も神経を使う。

 

 校長の話は、二学期の予定と進路と生活指導。内容は普通なのに、「配慮」「相談」「連携」という言葉が何度か出るのが、この学校らしい。

 

 俺は前を見て聞き流す。レンは静かに立って、余計な動きはしない。日和は途中で欠伸しそうになって、慌てて口を押さえた。恵は背筋が一本通ったまま、式の終わりまで乱れない。

 

 式が終わると、教室は一気に夏の続きになる。休みの話、旅行の話、行事の話。騒がしい。けど、俺の周りだけ妙に距離が整っている。

 

 “近づきたい”と“近づきすぎない”が、同時にある。

 

 放課後。

 

 屋上へ向かう階段は静かだった。上の方ほど人が減る。レンが先に扉へ手をかけて、ゆっくり押した。勢いよく開けない。風の入り方まで気にしているみたいだった。

 

「……開けるぞ」

「頼む」

 

 扉が開く。夕方の風が一気に頬を撫でた。夏より軽くて、音が少ない。

 

「ここ、落ち着くね」

 

 日和がフェンスに寄りかける。

 レンは日和の半歩前に立って、風が当たりにくい位置へ自然に誘導した。

 

 恵が屋上の真ん中で立ち止まり、整った口調で切り出す。

 

「二学期は行事が多いですわ。噂も増えます。外が勝手に騒ぐのは避けられません」

 

 ハヤトは短く返す。

 

「線引きは俺が言う」

「ええ、ハヤトさん。その方が早いですわ」

 

 日和が頷く。

 

「うん。変に大きくしないほうがいいよね。……ハヤトさん、目立つもん」

「そう」

 

 レンが視線をフェンスの向こうへ一度流してから、必要な分だけ言う。

 

「……命さん、嫌がる」

 

 その一言で、空気が少し締まった。恵も日和も、そこは同意がある。

 

「命様は、静かな場所が似合いますもの」

 

 恵はそう言ってから、俺の目を見る。

 

「だから、外に出す前に——内側を固めましょう」

 

 俺は一拍だけ置く。考えるための沈黙というより、決めるための間。

 

「命は俺が守る。レンも日和も恵も、巻き込まない」

 

 レンは大きく頷かない。小さく一回だけ頷いて、言い足す。

 

「……俺は余計なことはしない。必要なら、動く」

「うん。私も同じ。命さんが困るの、嫌だし」

 

 日和はそう言って、レンを見上げる。

 

「ね、レン」

「……うん」

 

 恵が静かにまとめる。

 

「しばらくは“静かに強く”。それで参りましょう」

 

 そのとき、俺のスマホが震えた。

 

 画面に出た名前で、三人の視線が一瞬だけ止まる。

 

『少しだけ待っていてください。遅れてすみません』

 

 短く返す。

 

『分かった。待ってる』

 

 屋上の扉の向こうから、控えめな足音が近づいてくる。

 

 レンは無言で一歩だけ日和を内側に入れた。恵は姿勢を正す。

 

 風が一度だけ強く吹いて、四人の立ち位置を、きれいに整えた。

 屋上の扉が、重たく鳴る。

 

 次の瞬間、控えめな音で開いて、制服の裾が風に揺れた。

 

「……遅れてすみません」

 

 命だった。背筋はまっすぐ。息の乱れは見せない。けれど、扉を閉める指先だけが、ほんの少し強くフェンスの金具を掴んでいた。

 

「来たな、命」

 

 俺は短く言った。

 

「はい……ハヤトさん」

 

 命の声はいつも通り丁寧だ。目だけが一瞬、俺を確かめるみたいに動く。

 

「命様、お疲れさまですわ」

 

 恵が先に声をかける。品のある調子のまま、距離は詰めすぎない。

 

「……ありがとうございます、恵さん」

 

 命は小さく頭を下げた。次にレンへ目を向ける。

 

「レンさん、日和さんも……お久しぶりです」

「命さん」

 

 レンはそれだけ言って軽く頷いた。余計なことは言わない。でも、受け止める。

 

「命さん! 久しぶり!」

 

 日和は明るく言いかけて、途中で自分の声量に気づいたみたいに少しだけ抑えた。

 

「……あ、うん。久しぶり。元気だった?」

「はい。……元気です」

 

 命は笑わない。けれど「はい」が短くて、少しだけ柔らかい。

 

 恵が話を戻す。

 

「二学期が始まりましたもの。外が勝手に騒ぐ季節ですわ。命さんも、視線が増えます」

 

 命は一拍置いた。返事は平常のまま、息を吐く間だけが少し長い。

 

「……承知しています」

 

 俺は短く続ける。

 

「騒がない。線引きは俺が言う」

 

 命の視線が俺に戻る。目は揺れない。揺れているのは、袖口をつまむ指先だった。

 

「……線引き、というのは」

「学校で、変に見せない。必要なときだけ動く」

「そう、ですね」

 

 命は頷く。言い切らない。けれど、否定もしない。

 日和が口を挟む。

 

「文化祭とかさ、委員会とかさ、ぜったい噂増えるよね」

 

 レンが小さく頷いて、必要な分だけ足す。

 

「……近づきすぎる人、増えるかな」

「それが嫌なら、先にを“居場所”作る」

「……居場所」

 

 命がその言葉を反芻する。言葉の意味を、心で確かめている。

 恵が穏やかにまとめる。

 

「“一緒にいるのが自然”という形にしてしまえばよろしいのですわ。周りが勝手に揺れても、こちらは揺れません」

 

 命のまつげが一度だけ伏せられる。息がひとつ浅くなる。

 

「……私は、迷惑をかけたくありません」

「かけてない」

 

 俺は即答した。

 

「でも、噂が——」

「噂は勝手に出る。俺たちが決めるのは、俺たちの動きだ」

 

 言葉は少ないのに、逃げ道を残さない言い方だった。

 命は一拍遅れて、短く返す。

 

「……はい」

 

 その「はい」は、夏の終わりよりも少しだけ重い。

 日和が空気を軽くしようとして、手をぱんと合わせた。

 

「じゃ、具体的に! 二学期の作戦会議!」

 

 恵が上品に頷く。

 

「ええ。まずは文化祭。係や役割を、こちらで先に固めましょう」

「レン、どうする」

 

 レンは少し考える。視線を落として、短く——いつもの小さい声で言った。

 

「……楽しそうなら、何でもいい」

 

 言い終わってから、ほんの少しだけ肩がすくむ。

 

「目立つのは、得意じゃないけど」

「私は裏方がいい!」

 

 日和が即答して、レンの袖を軽く引く。

 

「レンと一緒がよかったな」

 

 レンは一瞬だけ日和を見て、口元がわずかに緩む。

 

「……一緒の時間つくるから」

 

 恵が頷く。

 

「承知しましたわ。では、楽しさ重視で——ただし動線は整えます」

 

 俺が短くまとめる。

 

「決まりだな。俺も楽しそうなやつやりたい」

 

 恵が視線を命へ。

 

「命さんは、どうなさいます? もしかしたら御堂家として表に立つことを期待されるかもしれませんわ」

 

 命はすぐ答えない。考える間がある。呼吸を整える間がある。

 そして、結論だけを置く。

 

「……必要なら、立ちます」

 

 言い切ったあと、指先の力が抜ける。覚悟を言葉にしたあとだけ、少し楽になるタイプだ。

 

「無理はすんな」

 

 命は俺を見る。表情は変わらない。けれど、目の奥の緊張が少しだけほどける。

 

「……無理は、しません。ハヤト様」

 

 恵が満足そうに微笑む。

 

「素敵ですわ。では——“静かに強く”。役割を固めて、外に見せる形だけを整えましょう」

 

 日和がうんうんと頷く。

 

「よーし。じゃあ今日、帰ったら候補まとめとく!」

「日和、走るな」

 

 レンが小さく言う。

 

「走らないってば。……たぶん」

「たぶん、じゃない」

 

 レンの声は小さいのに、ちゃんと止まる。日和が笑って肩をすくめた。

 俺は最後に命へ向けて言う。

 

「命。帰り、どうする」

 

 命は一瞬だけ間を置いた。迷いの間。でも、今日は短い。

 

「……ご一緒しても、よろしいでしょうか」

「行こう」

 

 その一言で、屋上の空気が決まった。

 扉へ向かう足並みが揃う。風がまた吹いて、制服の裾が揺れる。

 命は俺の隣に並ぶ。その距離は、まだ“当たり前”の一歩手前。けれど、引かない。

 小さく息を吐いて、命は短く言った。

 

「……ありがとうございます」

「そう」

 

 俺はそれだけ返した。

 言葉は少ない。でも、その隣にいること自体が、二学期の答えになっていく。

 

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