※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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122話 執事喫茶

 文化祭当日。

 

 校門の前から、もう人の流れが違う。制服じゃない来場者が混じって、空気が甘い匂いと紙の音でざわついてる。

 

 俺は教室の扉を開けた。

 

 中はもう戦場だった。机が寄せられて、簡易の待機列が作られて、黒板には大きくこう書いてある。

 

『執事&メイド喫茶』

『撮影OK』

『整理券制/時間枠あり』

『拡散歓迎(ルールも一緒に)』

 

 担任が腕を組んで、俺を見る。

 

「……よし、ハヤト様。条件通りにやるぞ」

「分かってる」

 

 俺は短く返して、エプロンの紐を結ぶ。

 

 視線が集まるのは、もう前提だ。だからこそ、形を崩さない。

 

 レンは裏で手袋をはめてた。普段通り静かで、でも動きが早い。

 

「レン、準備は」

「……僕は大丈夫。回せる」

 

 その一言で安心する。レンは派手じゃないけど、店が崩れる前に支える。

 

 そして、命は——教室の隅。メニュー札と案内板の位置を、指先で微調整していた。表情は読みにくい。けど、こっちを見てる時間が、少し長い。

 

「ハヤトさん」

 

 命の声は丁寧で、落ち着いてる。

 

「……時間、決めた通りに」

「分かった」

 

 それだけで通じる。俺が出る時間、俺が引く時間。命が作った“守れる形”。

 

 開店の合図が鳴った。

 

 次の瞬間、廊下がざわっと揺れた。

 

「え、ここ!?」

「執事喫茶、動画、写真OKってマジ?」

「整理券ある、助かる!」

 

 扉の外に、もう列ができてる。昨日投稿した写真の反響が、そのまま現実になってた。

 

 クラスの女子が、声を張る。

 

「いらっしゃいませ! 整理券の方はこちらです!」

 

 俺は裏から状況を見て、短く言った。

 

「落ち着け。回すぞ」

 

 レンが小さく頷く。

 

「……うん」

 

 最初の枠が入ってくる。カーテンの向こう、客席は“お嬢様席”みたいに作ってある。机の上には小さなカード。

 

『撮影OK/ハッシュタグはこちら』

『※他のお客様の映り込みは配慮してください』

 

 恵が作った文章だ。品があるのに、抜けがない。

 

 メイド役のクラスメイトが、俺の袖を引いた。

 

「ハヤト様、お願いします!」

「いま行く」

 

 俺は前に出た。

 

 ——瞬間。

 

「きゃっ……!」

「本物じゃん……!」

「やばい、近い!」

 

 黄色い声が、教室の天井に当たって跳ねた。

 俺は表情を動かさず、でも視線は外さない。短く、型通りに言う。

 

「お嬢様。ようこそ。こちらへ」

 

 それだけでまた声が上がる。面倒くさい。でも、崩さない。

 席へ案内する途中で、スマホが向けられる。

 

「撮っていいですか!?」

 

「いいよ」

 

 短く言うと、逆に盛り上がる。

 

「かっこいい……!」

 

 ……そういう世界だ。

 

 俺は必要なことだけする。椅子を引く。メニューを置く。水を置く。距離は詰めない。言葉は短い。

 

 甘い言葉? 求められるのは分かってる。

 

 だから、逃げない範囲でやる。

 

「本日のご機嫌は、いかがですか」

 

 俺がそう言った瞬間、また「きゃー!」が起きた。

 

 背後で、レンが出てきた。

 

 レンは基本静かだ。歩き方も音がしない。だから、余計に効く。

 

「……お嬢様。お待たせしました」

 

 レンが言っただけで、別方向の悲鳴が上がる。

 

「レン様、声、反則……!」

「やさしい……!」

 

 レンは一瞬だけ目を逸らして、すぐ戻す。そのまま小さく続ける。

 

「……笑顔、もらえると嬉しいです」

 

 ——破裂したみたいに黄色い声が増えた。

 

「え、言った!!」

「今の撮った!!」

 

 俺は横で、短く言う。

 

「レン、効きすぎ」

「……僕も、びっくりしてる」

 

 レンの声が小さいままだから、余計に“刺さって”いく。

 

 店は回る。けど、反響が想像以上だった。

 

 整理券の枠が次々埋まって、廊下の掲示板に「本日分、残りわずか」が貼られる。

 

 その文字を見た瞬間、外でまた声が上がった。

 

「え、もう少ないの!?」

「次の枠取ろ!」

 

 ——これが“拡散の力”ってやつだ。

 

 昼前、ひと段落したところで、扉が少しだけ開いた。

 

 恵と日和が顔を出す。

 

「ハヤト様。状況、すごいですわね」

「たこ焼きも列できてる! でもこっち、悲鳴が多すぎ!」

 

 日和が笑って、俺を見た。

 

「ハヤトさん、ちゃんとやってる?」

「やってる」

 

 恵がスマホを構えた。

 

「追加で短い動画を上げますわ。整理券の注意と、列の動かし方も」

「頼む」

「当然ですわ」

 

 恵は上品に微笑む。こういう時の恵は強い。

 日和はレンの方を見て、呼び捨てで言った。

 

「レン、顔死んでない?」

「……僕は平気」

 

 そう言いながらレンは、次のテーブルに向けて一言落とす。

 

「……お嬢様、寒くないですか。ひざ掛け、どうぞ」

 

 また悲鳴。

 

「やっさし……!」

 

 日和が肩を震わせて笑った。

 

「ほら、平気じゃん!」

「……仕事だから」

 

 レンは淡々と言う。でも、目だけが少し楽しそうだ。

 午後。

 ピークが来た。

 

 俺とレンはシフトで交代しながら、表に出る。出て、回して、引く。

 出るたびに撮られる。出るたびに声が上がる。

 ただ、ここからは“甘い言葉”のリクエストが増えた。

 席に座ったお嬢様たちが、スマホを構えて言う。

 

「一言ください! 執事っぽいやつ!」

「甘いやつ! お願いします!」

 

 俺は一拍置いて、短く返す。

 

「一言だけ」

「きゃー!」

「お嬢様、今日は来てくださりありがとうございます」

 

 それだけで十分だった。黄色い声が波みたいに押し寄せる。

 

 次にレンが出る。レンは静かに見えて、こういう瞬間はちゃんとやる。

 

「……お嬢様。僕が、そばにいます」

 

 ——悲鳴が教室を揺らした。

 

「え、無理!!」

「心臓止まる!!」

 

 レンは言ったあとで、ちょっとだけ照れて視線を外す。そこがまた刺さる。

 

 俺は横から短く突っ込む。

 

「レン、言い切ったな」

「……求められたから」

「やるようになったな」

「ハヤトのお陰かな」

 

 レンはそのまま、次のテーブルへ。

 

 ——ここで、レンのテンションが一瞬だけ上がった。

 

「お嬢様、今日の笑顔、最高です!」

 

 声が大きい。

 

 教室が一瞬静まって、次の瞬間、爆発みたいに悲鳴が増えた。

 

「声でかいのやばい!!」

「今の、保存した!!」

 

 レンは、言ったあとに気づいて咳払いした。

 

「……いや。うん。つい」

 

 その“つい”が、さらに燃料になる。

 

 俺は内心でため息をついて、表情は動かさないまま、回す。

 

 ——そして、視線の端に命が見えた。

 

 命はホールに出ない。出なくても存在がある。案内板を直して、皿の位置を整えて、騒がしさの中でも空気を落ち着かせる。

 

 俺が引く時間になって、裏に戻る。

 

 命は一歩近づいて、小さく言った。

 

「……お疲れさまです、ハヤトさん」

「平気」

 

 短く返す。

 

 命は、ほんの少しだけ息を吐く間を長くした。

 

「……すごい反響です」

「想定内。拡散したから」

 

 命は頷く。

 

「はい。……でも、線は守れてます」

「守る」

 

 俺が言うと、命の指先から力が抜けた。言葉じゃないところで分かる。

 閉店。

 片付けが終わって、床のテープを剥がして、机を戻す。教室の匂いが“学校”に戻っていく。

 最後に、クラス委員が深く頭を下げた。

 

「ハヤト様、レン様、本当にありがとうございました!」

 

 レンは小さく返す。

 

「……僕も、楽しかった」

 

 言ってから、少しだけ照れる。

 俺は短く。

 

「お疲れ」

 

 教室を出る直前、命が俺の隣に並んだ。

 そして、迷いみたいな一瞬のあと——腕を組んでくる。

 当たり前になりつつある形。

 

「……帰りましょう」

「行こう」

 

 廊下の向こうから、まだ文化祭のざわめきが聞こえる。

 でも俺の中は、静かだった。

 派手に盛り上がっても、崩れなかった。

 それが一番、嬉しい。

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