※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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123話 文化祭

 シフトが終わった。

 

 手袋を外して、袖口を整える。ジャケットの前を軽く払って、襟元を指で直した。せっかくなので着替えはしないでおく、宣伝にもなりそうだし。

 

「ハヤト様、ありがとうございました!」

 

 クラス委員が頭を下げる。

 

「お疲れ」

 

 短く返して、教室を出た。

 

 廊下に出ると、文化祭の音が一気に戻ってくる。呼び込みの声、笑い声、BGM。揚げ物の匂いが混じって、腹が少し鳴った。

 

 隣に、命が来る。

 

「……お疲れさまです、ハヤトさん」

「命もな」

 

 命は半歩後ろに下がらない。腕は組んでないのに、ぴったり横にくっつく距離で歩く。肩が触れそうなほど近い。

 

 視線が痛いくらい寄ってくる。スマホのレンズも向く。

 

「執事いる!」

「写真いいですか!?」

「いいよ」

 

 俺は短く返す。

 

「撮るなら、邪魔すんな」

「は、はい!」

 

 それだけで道が空く。変な世界だ。

 

 命が小さく言った。

 

「……宣伝、になっていますね」

「狙い通り」

 

 俺が言うと、命の息が少しだけ長くなる。安心したときの間だ。

 

「少し回るか」

「……はい。ご一緒します」

 

 校舎の外に出ると、空気が少し楽だった。人は多いけど、壁がないぶん逃げ道がある。

 

 そのまま、ソースの匂いに引かれて歩く。鉄板の音。甘い匂い。聞き覚えのある声が、遠くから突き抜けてくる。

 

「いらっしゃいませー! たこ焼き! あつあつ! 外カリ中トロ!」

 

 日和の声だ。

 屋台の前はちゃんと列ができてた。並ぶ場所も分かりやすい。掲示も丁寧。恵の仕事だ。

 恵がこっちに気づいて、上品に手を振る。

 

「ハヤトさん、命さん。いらっしゃいませですわ」

 

 日和がぱっと振り返って笑う。

 

「ハヤトさん! 命さん! 来た来た! 執事のまま来るの強すぎ!」

「宣伝かねてる」

 

 俺が言うと、日和が嬉しそうに頷く。

 

「最高! 写真撮っていい!?」

「大丈夫」

 

 命が一拍置いて、小さく補足する。

 

「……通り道の邪魔にならないように」

 

「命さん、さすが!」

 

 日和が笑う。

 鉄板の横に、レンがいた。レンも執事服のまま。袖を少しまくって、手際よく丸を返してる。

 ……自由時間のはずなのに。

 

「レン、何してる」

 

 俺が言うと、レンは一瞬だけ目を上げて、淡々と返した。

 

「……僕、暇だった。手伝いに来た」

「優しい! レン最高!」

「テンション高いな」

 

 その短いやり取りを、命が静かに見てる。表情は変わらないけど、目の奥が少し柔らかい。

 

 恵がすっと間に入った。

 

「お二人とも、何味になさいます? ソース、ねぎ塩、明太マヨ。あと——日和の“文化祭限定”がございますわ」

 

 レンが一回だけ、声が大きくなる。

 

「それ、いい!」

 

 言ったあとで、レンはすぐ静かになって、鉄板へ視線を戻す。

 

「……いや。うん。面白い」

 

 命が小さく聞いた。

 

「……限定、とは」

 

「見た目は普通! でも中身がちょっと違うのが混ざってる!」

 

「激辛はやめろ」

 

 俺が即座に止める。

 

「分かった! 激辛は無し!」

 

 日和が素直に引っ込めた。

 

 俺はソースを指す。

 

「俺はこれ」

 

 命は一拍置いて頷く。

 

「……ねぎ塩で」

 

 レンが頷いて、箱を差し出した。

 

「……どうぞ。熱いから、気をつけて」

 

「ありがと、レン」

 

 命にも同じように渡す。

 

「……命さんも。火傷しないで」

 

「……ありがとうございます、レンさん」

 

 ベンチに移動して食べる。命は俺の隣に座る。腕は組んでない。でも、肩が触れそうな距離のまま離れない。

 

 命が一口食べて、息をふっと吐いてから、短く言った。

 

「……おいしいです」

 

「良かった」

 

 俺が返すと、命は小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 文化祭の喧騒の中で、俺の隣だけが少し静かになった。

 たこ焼きを食べ終えて、紙皿を捨てる。指先に残ったソースの匂いが、文化祭らしくて嫌じゃない。

 

 命は俺の隣から離れない。腕は組んでないのに、肩が触れそうな距離を保ったまま歩く。人の視線が来ても、引かない。

 

「次、どこ行く」

 

 俺が言うと、命は一拍置いて答えた。

 

「……劇が、あるそうです」

「劇?」

「はい。ダンスも、同じ教室で……時間が決まっているようです」

 

 命がそう言うなら、見たいんだろう。あの言い方は、迷ってるふりをした決定だ。

 

「行こう」

「……はい」

 

 校舎の奥の方へ向かう。廊下の掲示に、手書きのタイムテーブルが貼ってあった。

 

『演劇(十五分) → ダンス(十分) → 休憩(五分)』

『以後、繰り返し』

 

 俺はそれを見て、命に言う。

 

「次、間に合う」

 

「……助かります」

 

 教室の前には、すでに人が集まっていた。ざわざわしてる。スマホも多い。俺の執事服が目に入ると、視線が一度だけ強くなる。

 

「執事いる」

「写真いいですか?」

「今は無理、またあとでね」

 

 俺が短く言うと、道が空いた。命はその横を、当たり前みたいに付いてくる。離れない。

 

 教室の中は暗い。カーテンが閉められて、簡易の舞台が作られている。椅子は足りなくて、後ろは立ち見。

 

 命が小さく言った。

 

「……ここ、立っていても大丈夫です」

「座れるとこ探す」

 

 俺がそう言って視線を巡らせると、壁際に二席だけ空いていた。俺はそこへ歩き、短く声をかける。

 

「すみません。ここ座っていい?」

 

 相手が俺を見る。執事服。男。少し戸惑ってから、慌てて頷く。

 

「ど、どうぞ! ハヤト様!」

「ありがと」

 

 俺と命は並んで座った。命は距離を詰める。肩が触れそうで、触れない。けど、離れない。

 

 照明が落ちて、劇が始まる。

 

 内容はシンプルだった。学園ものの短い恋愛劇。役者の女子たちは練習してきたんだろう、台詞がよく通る。笑いどころもちゃんとある。

 

 俺は見てるだけ。命は、表情は変えない。でも、面白い場面で息をふっと吐く。声にはしない。けど、それで分かる。

 

 クライマックスで、役者が言う。

 

「……私は、逃げない。あなたの隣にいるって決めたから!」

 

 客席が「おお〜」って沸く。

 

 命の指先が、膝の上でほんの少しだけ動いた。握って、ほどく。ああいう台詞は、命に刺さる。

 

 俺は横目で命を見る。

 

「どう?」

 

 命は一拍置いて、短く答えた。

 

「……良いです」

 

 言い切らないくせに、今は言い切った。小さいのに重い。

 

 劇が終わると、拍手が起きる。役者が一礼して、舞台裏へ下がった。

 

 すぐに照明が変わって、次の準備が始まる。机が下げられて、スピーカーの位置が動く。前に空間ができた。

 

 ダンス。

 

 BGMが鳴った瞬間、客席の空気が変わる。さっきより明るい。スマホが一斉に上がる。

 

 命が小さく言った。

 

「……撮影、すごいですね」

 

「文化祭だ」

 

 短く返す。

 

 曲が始まる。女子たちが揃って動く。タイミングが合ってて、足さばきが軽い。歓声が上がる。黄色い声も混じる。

 

「かわいい!」

「やば、キレある!」

 

 俺は黙って見てる。命は、視線を外さない。興味があるときの命はそうだ。

 

 曲の途中、センターの子がターンを決めた瞬間、命の息が一つだけ浅くなる。驚いた反応だ。声は出さないけど、ちゃんと感動してる。

 

 終盤、決めポーズ。拍手と歓声が重なる。

 

 命が、ほんの少しだけ俺に寄った。肩が触れた。

 

「……綺麗です」

 

 その言葉は、ダンスに向けたものなのに、妙に俺の胸に残った。

 

「そうだな」

 

 俺は短く返した。

 

 照明が戻って、観客が立ち上がり始める。次の回に向けて人が動く。俺も立つ。

 

「次、どうする」

 

 俺が言うと、命は一拍置いて——今日は、いつもより短い。

 

「……もう少し、回りたいです」

「分かった、お腹すいてる?」

「はい」

「カレー食べてかない?」

「はい」

 

 俺は歩き出す。命はぴったり隣に来る。

 

 命とそのあとも文化祭を楽しんだ。

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