※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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129話 約束

 文化祭が終わって、少し経った。

 

 廊下の視線はまだ残ってる。でも、刺さり方が違う。もう“祭り”じゃない。日常の中に沈んでいく段階だ。

 昼休み。

 俺が弁当のふたを開けた瞬間、教室の入口が静かにざわついた。

 恵が立っていた。扉のところで、俺だけを見る。

 

「ハヤトさん。少し、よろしいですか」

「今?」

「ええ。昼休みのうちに、済ませたい用がございますの」

 

 俺は立った。レンがこちらを見るが、何も言わない。俺も言わない。

 廊下に出る。

 恵は先に歩いて、踊り場で止まった。窓の光が床にまっすぐ落ちている。人の気配が薄い。恵がここを選んだのが分かる。

 

 恵がこちらを向いた。

 

 いつものお嬢様口調。けど、目は真面目だ。

 

「前に、伺いましたわね」

「わたくしのことを——曖昧にはしない、と」

 

 俺は頷く。

 

「言った」

「ええ」

 

 恵は一拍置く。

 

「そのとき、ハヤトさんは仰いました」

「“今じゃない”。文化祭が先。外が騒ぐ時期に、内側を乱したくない、と」

 

 俺は短く返す。

 

「そう」

 

 恵は視線を逸らさない。

 

「では、今は?」

 

 確認じゃない。約束を回収しに来てる。

 

 俺は答える。

 

「落ち着いた」

 

 恵の息が、ほんの少しだけほどけた。けど、笑わない。先に言うべき言葉がある顔だ。

 

「……なら」

「ハヤトさん。デートに行きませんこと?」

 

 直球だった。前と同じ。だけど今度は、外の熱も、内側の席も、一度整えたあとだ。

 

「休日に。きちんと時間を取って、人目が気になるなら、こちらで手配しますわ」

「曖昧に扱われないために——わたくしは、あなたと“話す場所”が欲しいのです」

 

 俺は恵を見る。

 

 完璧な顔。けど指先が、制服の端を少しだけつまんでる。緊張してる。

 

「いつ」

 

 俺が聞くと、恵はすぐ答えた。

 

「今週末。土曜日、昼から夕方まで。無理のない範囲で」

 

 俺は一拍置いた。

 

 過去の自分の言葉を、そのまま拾う。

 

「曖昧にはしない」

 

 それから、短く。

 

「行く」

 

 恵が瞬きをする。嬉しさが一瞬だけ出て、すぐに整う。

 

「……ありがとうございます、ハヤトさん」

 

 そして、少しだけ声を落とした。

 

「命さんには——わたくしからは言いませんわ」

「あなたが必要だと思ったら、あなたが言えばいい」

「分かった。言っておく」

 

 恵は頷いて、最後にきちんと頭を下げた。

 

「では、詳細は今ここで決めますわ」

 

 恵はそう言って、スマホを取り出した。迷いがない。

 

「今週末、土曜日。十二時、人目を避けます。迎えは家まで車を回しますわ」

「……前の家じゃない」

 

 恵が瞬きをする。

 

「どういうことですの?」

「引っ越した」

 

 短く言う。余計な説明はしない。

 

「御堂家の別邸。今はそこ」

 

 恵は一拍置いて、すぐ理解した顔になる。驚きより先に、“段取り”の目だ。

 

「なるほど」

「では、別邸に車を回しますわ」

「頼む」

「承りましたわ」

 

 恵はスマホにメモを打ち込んで、顔を上げる。

 

「……早いですわね。内側を固めた、ということですのね」

「そう」

 

 恵は小さく息を吐いた。寂しさは出さない。でも、目だけが少しだけ揺れる。

 

「……分かりました」

「では当日は十二時。詳細はメッセージで送りますわ」

 

 恵はスマホをしまって、俺を見た。

 

「ひとつだけ。確認ですわ」

「何」

「命さんには、いつ伝えますの?」

 

 俺は一拍置く。

 

「今日」

 

 恵が瞬きをする。短い答えのわりに重いからだ。

 

「……ええ」

 

 恵は口元だけ笑って、お嬢様の顔に戻す。

 

「では、わたくしは待ちますわ」

「あなたが決めた順番で。あなたの言葉で」

 

「分かった」

 

 俺がそう言うと、恵は一歩だけ下がって、丁寧に頭を下げた。

 

「土曜日。お待ちしております、ハヤトさん」

 

「俺も行く」

 

 それだけ言って、俺は踊り場を離れた。

 

 別邸に戻ると、玄関の灯りがついていた。

 

 中は静かだ。箱はもう減って、生活の形になってきている。洗濯物の匂いと、湯気の気配が少し混じる。

 

 廊下を進むと、命がいた。リビングの入口。私服で、髪をまとめてる。手には小さなトレイ。湯飲みが二つ。

 

「……お帰りなさい、ハヤトさん」

「ただいま」

 

 命は一拍置いて、湯飲みを差し出した。

 

「……温かい方が良いと思って」

「助かる」

 

 俺が受け取って座ると、命も向かいの椅子——じゃない。座椅子にゆっくり腰を下ろした。背もたれに少しだけ寄りかかる。疲れてるんだろう。

 

 それでも、姿勢は崩れない。

 

 俺は湯飲みを一口飲んで、言う。

 

「命」

「……はい」

 

 命の目が上がる。読みにくい顔。でも、耳はちゃんとこっちを向いてる。

 

 俺は回りくどくしない。

 

「恵と、土曜に会う」

 

 命が瞬きをする。

 

「……二人で、ですか」

「二人で」

 

 俺は間を置かず、次を出す。

 

「恵とは、将来――結婚するつもりだ」

 

 命の指先が、湯飲みの縁を軽く押さえた。力が入って、すぐ抜ける。

 

 声は崩れない。でも、息の間が変わる。

 

「……そう、ですか」

「言うのが遅くなって、済まない」

 

 命が一拍置いた。

 

「……遅い、とは」

「引っ越しもあって、バタついた」

「でも本当は、早く言うべきだった」

 

 命は視線を落とさない。けど、まつげが一度だけ揺れた。

 

「……謝る必要は、ありません」

「ただ……今、聞いたので」

「分かった」

 

 俺は短く返す。

 

「隠さない」

「曖昧にも、しない」

 

 命は一拍置いて、頷く。

 

「……分かりました」

 

 俺は続ける。短く、逃げ道を作らない言い方で。

 

「土曜は、その確認をする」

「恵が、俺と向き合う時間を求めた。俺も向き合う」

 

 命のまつげが一度だけ揺れた。

 

「……私は」

 

 言いかけて止まる。いつもの癖。言い切る前の間。

 

 俺は待つ。急かさない。

 

 命は息を吐いて、言葉を選ぶ。

 

「……嫌では、ありません」

「ただ……少し、揺れます」

「分かった」

 

 俺は短く返す。

 

「揺れていい」

「でも、席は崩さない」

 

 命が小さく頷く。

 

「……はい」

 

 俺は湯飲みを置いた。

 

「俺は命とも、ちゃんと決めてる」

「だから言った。先に」

 

 命の指先が、座椅子の肘を軽く握って、ほどく。

 

「……聞きたいです」

「恵さんと……いつ頃、どういう形で進めるつもりなのか」

 

「帰ったら話す。全部言う」

 

 命は一拍置いて、はっきり言った。

 

「……お願いします」

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