※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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130話 庭園で散歩

 土曜日。

 

 別邸の朝は静かだった。箱はもう減って、生活の形になってる。

 

 俺が着替えていると、命が先に起きていた。表情はいつも通り読みにくい。でも、湯の匂いがする。湯飲みが二つ、低い机に並んでた。

 

「……おはようございます、隼人さん」

「おはよう」

 

 命は一拍置く。

 

「今日は……」

「行く」

 

 俺が短く言うと、命は頷いた。

 

「……はい」

 

 それだけで十分だった。言葉を増やすと、余計に揺れる。

 

 玄関で靴を履く前、命が小さく言った。

 

「帰ったら……話してください」

「分かった」

 

 俺が言うと、命の指先が一度だけ動いて止まる。

 

「……行ってらっしゃいませ」

「行ってくる」

 

 別邸の門の外に、黒い車が止まっていた。目立たない。けど、気配が整ってる。

 

 後部座席の窓が下りて、恵が見えた。いつものお嬢様の顔。だけど今日は、少しだけ息が浅い。

 

「ハヤトさん。お待ちしておりましたわ」

「待たせた?」

「いいえ。時間通りです」

 

 俺が乗り込むと、車は静かに動き出した。

 

「人目は避けますわ」

「今日は、話すための時間ですもの」

「分かった」

 

 恵は頷く。嬉しそうに笑う……まではしない。真剣だ。

 

 最初は食事。

 個室。店の名前は聞かなかった。恵が押さえた。こういう段取りは早い。

 小さな前菜と椀ものが運ばれてくる。会席寄りの、軽い流れだ。

 俺は箸を取る。恵も箸先を揃えて、言った。

 

「改めて、来てくださって、ありがとうございます」

「約束したからな」

「ええ」

 

 恵はまっすぐ俺を見る。

 

「わたくしは、曖昧が苦手ですの」

「都合の良い枠に入れられるのは……困ります」

「入れない」

 

 俺は即答した。

 

 恵が少しだけ息を吐く。

 

「……その言い方、ずるいですわね、安心してしまいます」

 

 俺は黙って食べる。言い訳はしない。

 

 恵が続ける。

 

「命さんと、あなたが席を作ったのは知っています。それを壊したいわけではありません」

「壊させない」

「ええ。だからこそ、わたくしの席も——」

 

 恵は一拍置いて、言い切った。

 

「ちゃんと、欲しいのです」

「分かった」

 

 短く返す。

 

「今日、何を決めたい」

 

 恵は少し驚いた顔をして、すぐ整えた。

 

「……二つ、ひとつはあなたの気持ち、もうひとつはこれからの形ですわ」

「気持ちは?」

「わたくしは、ハヤトさんをお慕い申し上げております」

 

 声は落ち着いてる。

 

「軽い言葉ではありません」

 

 俺は頷いた。

 

「受け取った」

 

 恵の目が一瞬だけ揺れる。嬉しいのに、泣かない。泣き方も選ぶタイプだ。

 

「……ありがとうございます」

 

 食事を終えて、車で移動した。

 庭園。

 人は少ない時間帯だった。恵が選んだんだろう。風の音がする。砂利を踏む音がする。

 

 俺たちは並んで歩く。向かい合うより楽だ。

 恵が言う。

 

「ここなら、見られても“散歩”で済みますわ」

「そう」

 

 しばらく歩いて、恵が足を止めた。

 

 池の横。木陰。

 

「ハヤトさん、命さんのことを大事にしているのは分かります」

「大事にしてる」

「ええ」

 

 恵は一拍置く。

 

「では、わたくしは?」

 

 問いじゃない。確認だ。

 

 俺は迷わず言った。

 

「恵も大事にする」

 

 恵が瞬きをする。

 

「……それは、同じ重さで?」

「比べない」

「恵の席も作る。俺が」

 

 恵の指先が、手袋もない手でスカートの端をつまんで離す。

 

「……“作る”」

「それは、いつですの」

 

「恵が決めろ」

「俺は、逃げない」

 

 言ったあと、庭園の風の音だけが少し残った。

 

 恵はすぐに笑わない。瞬きを一度して、俺を見上げる。いつもの綺麗な表情のまま、目だけが揺れてる。

 

「……本当に、ずるいですわね」

「そうか」

「ええ」

 

 恵は息を吐いて、少しだけ肩の力を抜いた。

 

「“席をください”と言えば、あなたは逃げない」

「“こうしてほしい”と言えば、あなたは受け止める」

 

 俺は頷く。

 

「言え」

 

 恵が小さく笑う。お嬢様の笑みじゃない。人っぽい方だ。

 

「では、まず一つ目」

 

 恵は俺を見上げて、言い切った。

 

「“約束”をくださいませ」

「約束?」

「ええ、曖昧にしないための、言葉ではなく——行動の約束ですわ」

「何を」

 

 恵は即答した。迷いがない声だ。

 

「何かを決めるときは、必ず先に私に言ってくださいませ」

「命さんに先に話すのは構いません」

「けれど、私の知らないところで“形”が固まるのは困りますの」

 

 俺は一拍置いて、頷いた。

 

「分かった」

 

 恵の息が、ほんの少しだけほどける。

 

「……ありがとうございます」

 

 恵の指先がスカートの端をつまんで離す。緊張してる。

 

「二つ目」

「言葉をください」

「言葉?」

「ええ」

 

 恵はまっすぐ言う。

 

「あなたは、必要なことだけ言う方ですわ」

「それで十分だと分かっていても——」

「わたくしは、“私は選ばれている”と分かる言葉が欲しい」

 

 俺は一拍置いて、言った。

 

「恵は、俺が選ぶ。足りない分は俺が埋める」

 

 恵が息を止めて、ゆっくり吐く。

 

「……はい」

 

 その「はい」は軽くない。嬉しさを隠してる重さだ。

 

 俺は続けた。

 

「他に」

 

 恵は視線を落として、また上げた。

 

「三つ目は——今日じゃなくていいですわ」

「言えよ」

 

 俺が言うと、恵は少しだけ笑って、覚悟を置いた。

 恵は視線を落とさずに言った。

 

「……ハヤトさん」

 

 一拍。

 

「私とも、婚約してください」

 

 言い切りだった。お願いじゃなく、宣言に近い。

 俺は恵を見る。逃げ道はない。

 俺は頷く。

 

「最初からそのつもりだ」

 

 恵の目が一瞬だけ細くなる。

 

「……ありがとうございます」

 

 しばらく歩く。砂利の音が一定に続く。

 

 庭園の端、木陰の茶屋が見えてきた。恵が歩幅を少し緩める。話す場所を変える合図だ。

 

「茶屋、行くか」

 

 俺が言うと、恵は小さく頷いた。

 

「ええ。ここからは、座って話したいですわ」

 

 簾の向こうの席に入る。

 

 茶の香りが落ち着く。外の音が薄くなる。

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