※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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131話 大々的に

 茶屋は簾の向こうで人の気配が薄かった。湯気の立つ茶碗の音だけがする。

 

 恵は背筋を崩さずに座っている。けど、指先が茶碗の縁をなぞって止まる。落ち着いてるふりをしてるのが分かる。

 

「……ハヤトさん」

 

 恵が言う。

 

「わたくしは、曖昧が苦手ですの」

「大丈夫だと分かっていても、置いていかれるみたいで——」

 

 そこで、恵は言葉を切った。言い切らない。珍しい。

 

 俺は茶碗を置いて、恵を見る。

 

「恵」

「……はい」

「不安にさせたな」

 

 短く言うと、恵が瞬きをした。謝られると思ってなかった顔だ。

 俺は続ける。

 

「俺は恵の事、好きだ」

 

 恵の呼吸が一瞬止まって、それからゆっくり戻る。目が揺れる。笑わない。崩れないようにしてる。

 

「……」

 

 声が出ないまま、恵は一拍置いた。

 

「……今、言うのですの」

「今がいい」

「……ずるいですわね」

 

 恵はそう言って、やっと小さく笑った。お嬢様の笑みじゃない。人っぽい方。

 

「その一言で、全部……ほどけてしまいます」

 

 恵はそう言って、茶碗に指を添えたまま息を整えた。崩れない。けど、崩れそうなところをちゃんと自分で押さえてる。

 

 俺は頷く。

 

「ほどけていい」

 

 恵の目が揺れて、すぐ戻る。

 

「……では」

 

 恵は俺をまっすぐ見た。言葉を探すんじゃない。決めた言葉を置きにくる目だ。

 

「先ほどの——“そのつもりだ”」

「……撤回、ありませんわね」

 

 真っ直ぐだった。逃げ道を閉じてくる言い方。

 俺は視線を逸らさない。

 

「ない」

 

 短い。受け止める音だけを残す。

 

 恵が、ようやく息を吐いた。

 

「……はい」

 

 少しだけ震えた「はい」だった。

 恵はすぐに“段取り”の顔に戻る。泣かない。けど、指先が一度だけ茶碗の縁を押さえて離す。

 

「形にいたしましょう」

「形?」

「ええ」

「席を置きます」

 

 俺は一拍置く。

 

「……どうする」

 

 恵は迷わない。

 

「婚約のパーティを開きますわ」

 

 恵は最初から決めた顔で、淡々と言い切った。

 

「大々的にやります」

 

 俺が少し眉を動かすと、恵は落ち着いたまま続ける。

 

「曖昧を残したくありませんの」

「“噂”のまま転がすより、こちらの言葉で固めた方が早い」

「招待状を出します。学園関係者、関係する家、必要な筋——全部、こちらで選びますわ」

「騒がれるな」

「ええ。だから、騒がせ方もこちらで決めます」

 

 恵はさらっと言う。財閥の顔だ。

 

「会場は一流ホテルのホール。入場は招待制。身元確認。警備は二重」

「撮影は可にします。ただし、撮っていい範囲と出していい範囲は、こちらが決めます」

「余計な煽りは、そこで止まりますわ」

 

 俺は短く言う。

 

「……やるなら徹底しろ」

「当然ですわ」

 

 恵は頷いて、最後に一言だけ落とした。

 

「“大々的”は、守るためです」

「あなたを、噂の餌にしないために」

 

 俺は聞く。

 

「場所は?」

「会場は——都心のホテルの最上階。ホールを丸ごと貸し切ります」

「入場は完全招待制。身元確認、警備は二重」

「撮影は可にします。ただし、撮っていい範囲と出していい範囲は、こちらが決めます」

 

 俺は言う。

 

「命は」

 

 恵の表情が、ほんの一瞬だけ柔らかくなった。

 

「そこは、あなたが先に言ってくださいませ」

「命さんの席を崩すつもりはありません」

「むしろ——同じ席に座ってもらう必要があります」

「必要?」

「ええ、“わたくしが婚約する”だけなら、あなたと二人で勝手に決めたことになります」

「それは、命さんを不安にさせます」

「……だから、最初から一緒に。最初から席を見せる」

 

 言い方が、優しい。恵なりの誠実さだ。

 

 俺は頷く。

 

「分かった。俺が言う」

「はい」

 

 恵は少しだけ息を吐いてから、淡々と日時を置く。

 

「来週末」

「あなたの学校と、御堂家の都合が崩れない日」

「二時間で終わる会にします。長いと疲れますもの」

「短くていい」

「ええ。短く、でも確実に」

 

 恵は視線を上げて、もう一度だけ言った。

 

「ハヤトさん」

「ん」

「今日の“好きだ”」

「……逃げない、ですよね」

「逃げない」

 

 俺が即答すると、恵は小さく笑った。

 

「では、次は」

「“婚約おめでとう”を、内側で先に言わせてくださいませ」

 

 俺は茶を一口飲んだ。

 

 温かい。

 

 曖昧じゃない言葉が増えると、体の余計な力が抜ける。

 

「帰ったら、命に言う」

「はい」

「わたくしは、待ちますわ」

「あなたが整える順番で」

 

 恵は立ち上がり、最後に丁寧に頭を下げた。

 

「本日は、ありがとうございました」

「——婚約の準備、始めますわ」

「頼む」

 

 短く返して、俺も席を立つ。

 

 門の外に戻る車の中で、次に言う言葉を頭の中で整えた。

 言い方は決めてる。

 

 でも、命の前では——順番がある。どこから置くかで、揺れ方が変わる。

 

 車が別邸の門の外で止まる。

 俺が降りると、恵は窓を少しだけ下げた。

 

「ハヤトさん」

「ん」

「大々的に、やりますわ」

「けれど、決める前に——命さんに、あなたの言葉を渡してください」

「分かってる」

 

 短く返すと、恵は小さく頷いた。

 

「……では」

 

 窓が上がる。車が静かに去る。

 門をくぐって、別邸へ入る。

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