※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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133話 誕生日

 10月2日。

 

 朝から、妙に静かだった。

 

 別邸の廊下を歩いても、執事の気配が薄い。母さんも、いつもなら「おはよう、ね」って言うのに、今日はやけにあっさりしてる。

 

「今日、夕方は空けときなさいよ」

 

 それだけ。

 

「何」

 

「いいから」

 

 母さんはそれ以上言わない。わざとだ。

 

 学校に行けば、レンも日和も普段通り。恵も、いつもの顔で挨拶だけして去っていく。命は――いつも通り丁寧で、表情が読めない。

 

 でも、命は俺の横にいる時間が長い。離れない距離のまま、何も言わない。

 

 放課後。

 

 迎えの車が本邸の方へ向かう。

 

「……本邸?」

 

 俺が言うと、運転手は何も言わずに前を見たままだった。こういうときは、全員グルだ。

 

 本邸の食堂に入った瞬間、分かった。

 

 座卓の上に、いつもより品数がある。赤飯。刺身。焼き物。菓子の皿。普段より少しだけ“祝い”の匂い。

 

 澄乃さんが座っていて、綾乃さんが腕を組んでいる。母さんは隣で、ニヤニヤを隠せてない。

 

 命は俺の隣の座椅子に、当たり前みたいに座る。

 

 そして――恵とレンと日和も、いる。

 

 レンは少しだけ背筋が固い。日和は落ち着かないのに、ニコニコしてる。恵は完璧な顔で、湯飲みに手を添えていた。

 

 澄乃さんが、楽しそうに言った。

 

「坊や。座りなさい」

 

「……何だこれ」

 

 俺が言うと、母さんが肩を揺らす。

 

「何だこれ、じゃないわよ」

「今日、何の日か分かってるでしょ」

 

 俺は一拍置く。

 

「……誕生日」

「そう!」

 

 日和が手を叩いた。

 

「ハヤトさんおめでとー!」

 

 レンも小さく頷く。

 

「……おめでとう、ハヤト」

 

 恵が上品に微笑んだ。

 

「お誕生日、おめでとうございますわ。ハヤト様」

 

 命が一拍置いて、丁寧に言う。

 

「……お誕生日、おめでとうございます。ハヤトさん」

 

 声は崩れない。でも、言い切ったあと、息が少しだけ柔らかい。

 

 綾乃さんが淡々と締める。

 

「今日は誕生日会。以上」

「食べる。祝う。終わり」

 

 澄乃さんが笑う。

 

「九条家とも婚約するなんて、坊やもよくやるわね。誕生日まで賑やかで、結構結構」

「お母さん、そこ繋げなくていい」

 

 綾乃さんが即ツッコミして、場が少しだけ緩んだ。

 

「では、乾杯を」

 

 執事が言って、グラスが揃う。

 

 澄乃さんが短く言った。

 

「坊やの健康に」

 

 全員がグラスを軽く合わせる。

 

「乾杯」

 

 料理が進む。赤飯が出される。母さんの目が潤みかけて、すぐ誤魔化す。

 

「今日はね、好きなものをちゃんと並べたのよ。お祝いなんだからね」

「……泣いてないわよ」

 

 誰も突っ込まないのが優しさだ。

 

 途中で、日和が身を乗り出す。

 

「プレゼント! 順番に渡す!」

「順番はいるのか」

「いる!」

 

 日和は即答だ。

 

 最初にレンが、小さな箱を差し出した。

 

「……これ。派手なのじゃないけど」

 

 中は、シンプルな革のカードケースだった。色も落ち着いてる。

 

「これ。カードケース」

「助かる」

 

 俺が言うと、レンは少し安心したみたいに肩の力を抜いた。

 

 日和は、妙に大きい袋を出した。

 

「はいこれ――お菓子詰め合わせ!」

「テンション上がるやつ、これ好きだろってやつ!」

 

 母さんが微笑ましそうにする。

 

「日和ちゃん、かわいいわね」

 

 恵は次に、細い箱を静かに置いた。

 

「ハヤトさん。これは、控えめにいたしました」

 

 中は、シンプルなタイピンだった。目立たないのに、質が分かる。

 

「今後、必要になるでしょう」

「——席の場でも」

 

「分かった。使う」

 

 恵が満足そうに頷く。

 

「ええ。きっと似合いますわ」

 

 最後に、命が小さな包みを出した。派手じゃない。丁寧に包んだ布。

 

「……隼人さん」

「よろしければ」

 

 俺が受け取って開けると、中は――腕時計だった。シンプルで、余計な飾りがない。けど、質だけは分かる。

 

「……時間を、見失わないように、これから……予定が増えますので」

 

 命らしい。言い方も、選ぶものも。

 

「ありがとう」

 

 俺が言うと、命は一拍置いて頷く。

 

「……はい」

 

 それだけなのに、場が静かに温かくなる。

 

 食事が終盤に差しかかって、綾乃さんが言った。

 

「誕生日会はここまで」

「明日、学校がある。夜更かしは禁止」

「了解」

 

 俺が短く返すと、澄乃さんが湯飲みを置いた。

 

「坊や」

「祝われるのは、守られるだけじゃなくて」

「守る側に立つってことでもあるわよ」

 

 俺は頷く。

 

「分かってる」

 

 命が隣で、少しだけ息を吐いた。

 腕を組む。今日も離れない。

 それで十分だった。

 

 食堂を出ると、廊下の灯りが少しだけ落ちていて、家の音が遠くなる。座椅子の軋みも、箸の音も消える。

 命は俺の腕を組んだまま歩く。強くはない。けど、ほどけないくらい

 

「……別邸、戻りますか」

「戻る」

 

 短く返すと、命は小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 外は夜の空気で冷えていた。敷地の灯りが道を作ってる。誰もいない。知らない人の目もない。

 

 命は、安心したみたいに体を寄せた。

 

 別邸に入る。玄関の灯りが柔らかい。靴を脱いで、廊下を進む。

 

 リビングに入った瞬間、命が息を吐いた。

 

「……静かですね」

「静かだな」

 

 俺がそう言うと、命は腕を組んだまま、ソファじゃなく座椅子の方へ誘導するみたいに歩いた。生活が和室寄りになってきてる。

 

「お茶、淹れます」

「俺がやる」

「……私がやります」

 

 珍しく譲らない。

 

 命はキッチンに立って、湯を沸かして、茶葉を計って、迷いなく動く。段取りが強い家で育った動きだ。見てるだけで落ち着く。

 

 湯飲みが二つ、机に置かれる。

 

「どうぞ」

「ありがとう」

 

 俺が受け取ると、命は俺の隣に座った。向かいじゃない。隣。

 

 腕もそのまま。服越しに、熱が伝わる距離。

 

 俺は湯飲みを一口飲んで言う。

 

「今日、疲れた?」

 

 命は一拍置く。

 

「……少しだけ」

「でも……嫌な疲れでは、ありません」

「ならいい」

 

 命は小さく頷いた。

 

「……隼人さん」

「ん」

 

 命の声が少しだけ小さくなる。

 

「誕生日……嬉しかったですか」

 

 聞き方が、慎重だ。答えを急がせない距離。

 

「嬉しかった」

 

 短く返すと、命の指先が俺の腕を一度だけ、軽く押さえた。確認みたいに。

 

「……良かったです」

 

 その「良かった」が、いつもより柔らかい。

 

 少し間が空く。気まずくはない。静かに湯気が揺れてるだけ。

 

 俺は言う。

 

「時計、ありがとう」

 

 命は目を伏せずに頷く。

 

「……予定が増えます」

「見失わないように、と思って」

「見失わない」

 

 俺が言うと、命は一拍置いて、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「……はい」

 

 俺は続ける。

 

「命も、無理するな」

「……無理は、しません」

「でも……席からは降りません」

 

 言い切った。最近の命は、こういうところが強い。

 

「分かった」

 

 俺は湯飲みを置いた。

 

 命の腕が、ゆっくり俺の腕に絡み直される。さっきより少し、しっかり。

 

 命が小さく言う。

 

「……今日みたいに」

「皆がいるところで、落ち着いて話せるのは……助かります」

 

「俺も」

 

 命は少しだけ驚いた顔をした。ほんの一瞬。すぐ読みにくい顔に戻る。

 

「……隼人さんも?」

「うん」

 

 それだけで、命の呼吸が深くなった。

 

 命は視線を落として、でも逃げずに言った。

 

「……好きだと言われたのは」

「正直……怖いです」

「怖い?」

「はい、嬉しいから、失くしたくない、と思ってしまう」

 

 命の言葉は、飾りがない。だから刺さる。

 

 俺は短く言う。

 

「失くさない」

 

 命のまつげが揺れる。

 

「……約束、ですか」

「約束」

 

 即答すると、命は息を吐いた。軽くなる音。

 

「……はい」

 

 腕を組んだまま、命が俺の肩にほんの少しだけ寄りかかる。

 

「ハヤトさん……その、今日も……良いですか?」

「いいよ」

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