※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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134話 婚約パーティ

 翌週末。

 

 朝から本邸が落ち着かない。人が増えて、音が増えて、でも全部が整ってる。御堂家の整い方と、九条家の整え方は似てるのに、圧が違う。

 

 別邸のリビングで、命が俺のネクタイを結び直した。指先は迷わない。顔は相変わらず読みにくい。

 

「……こちらで、よろしいです」

「ありがとう」

 

 腕時計を留める。命がくれたやつだ。文字盤が静かで、余計な主張がない。

 

 命は自分の準備も済ませていた。派手じゃない。でも、御堂家の令嬢として“負けない”整い方だ。今日は主役じゃない。だからこそ、崩れない。

 

「命」

「……はい」

「今日は、外にしない」

 

 短く言うと、命は一拍置いて頷いた。

 

「……承知しました」

 

 その返事が、強い。

 

 会場はホテルの大きなホールだった。

 

 入口の前からもう違う。招待状の確認、本人確認、警備。笑って通れる空気じゃない。九条家が“守るために大々的にやる”って言った意味が分かる。

 

 中に入ると、照明が柔らかくて眩しい。花も多い。音も多い。けど、雑じゃない。全部が計算されてる。

 

 俺は恵の隣に立つ――その前に、命を見た。

 

 命の席は、主役席のすぐ近く。外にしない。約束通りだ。

 

 命もこっちを見て、一拍置いて頷いた。

 

 大丈夫、って言葉はない。でも、分かる。

 

 恵が隣で、小さく息を吐く。

 

「ハヤトさん」

「ん」

「逃げませんわね」

「逃げない」

 

 恵は笑った。お嬢様の笑み。今日はそれでいい。

 

 司会が進行を始める。挨拶、祝辞、乾杯。カメラのフラッシュが何度か走る。撮影は可。けど、好き放題じゃない。撮る場所も、撮る時間も決められている。

 

 恵の母――九条家の当主の挨拶は短くて鋭かった。

 

「噂ではなく、事実としてお知らせします」

 

 そう言って、俺と恵が前に出る。

 

 会場の空気が一段静かになる。

 

 恵がマイクを持った。声は落ち着いている。震えない。

 

「本日はお集まりいただき、ありがとうございます」

「本日をもって、九条家は——天城ハヤト様との婚約を内外に示します」

 

 “示します”が九条家らしい。宣言だ。

 

 俺の番が来る。俺は短く言う。

 

「私、天城隼人は、九条恵さんと婚約します。あわせて、御堂命さんとも婚約しています。

どちらも曖昧にしません。」

 

 会場が一度、息をする。拍手が来る。黄色い声も混じる。でも、全部が管理された熱だ。

 視線が刺さる瞬間もある。

 そのたびに、俺は命の席を見る。

 

 命は崩れていない。表情は読めない。でも、指先が膝の上で一度だけ動いて止まる。揺れてる。けど、降りない。

 

 それでいい。

 

 乾杯が終わって、立食が始まる。

 

 挨拶に来る人間の数が多い。肩書きの匂いがする。俺は必要な返事だけ返す。恵はその横で、全部を受け止めて流していく。段取りの化け物だ。

 

 合間に、俺は命のところへ行く。

 

 命の周りは“空けられている”。自然に。誰も不用意に近づかない。御堂家の空気と、九条家の警備が重なってる。

 

 命が俺を見る。

 

「……お疲れではありませんか」

「平気」

 

 俺は席の近くで止まって言った。

 

「ここ、きついか」

 

 命は一拍置いて答える。

 

「……きつい、というより」

「……多いです。目が」

「分かった」

 

 俺は短く頷く。

 

「少しだけ、外へ行くか」

 

 命が迷う。迷ってから、頷いた。

 

「……はい」

 

 腕を組む。命はすぐ後ろ。距離は離れない。

 

 廊下の静けさに出ると、命が息を吐いた。

 

「……助かります」

「うん」

 

 それだけで、命の肩がほんの少し落ちた。

 

 俺は言う。

 

「今日、ありがとう」

「……何が、ですか」

「席から降りなかった。ありがとう」

 

 命は一拍置いて、目を伏せないまま答えた。

 

「……降りません」

「隼人さんが、先に言ってくださったので」

 

 俺は頷く。

 

「これからも先に言う」

 

 命のまつげが一度揺れた。

 

「……はい」

 

 その「はい」が、いつもより柔らかい。

 

 ホールに戻る。

 

 今度は写真の時間が来る。主役の二人の写真。家同士の写真。席に関わる人間の写真。

 

 恵が目で合図した。命を呼ぶ合図だ。外にしないための。

 

 命が前に出る。

 

 フラッシュが走る。視線が集まる。命は崩れない。御堂家の令嬢として、胸を張る。

 

 俺は立つ位置を少しだけ調整した。

 

 命が“外”に見えない位置に。

 

 恵が小さく言う。

 

「……ありがとうございます、ハヤトさん」

「当たり前だ」

 

 命が一拍置いて頷いた。

 

「……はい」

 

 パーティが一段落して、控室の前の静かな廊下。

 人が引いて、音が薄くなる。恵は背筋を伸ばしたまま、最後の指示を終えてスマホをしまった。

 俺は恵の隣に立って、短く言う。

 

「恵。今日、すごかった」

「……当然ですわ」

 

 返事は強い。けど、声がほんの少しだけ小さい。

 

 俺は続けた。

 

「九条恵――お前ほどいい女と婚約できて、俺は幸せだ」

 

 恵の指先が、ドレスの端で止まる。ほんの一瞬。息の間が変わる。

 

「……っ」

 

 恵は言い返そうとして、言葉が出ない。珍しい。

 

 俺は追い打ちしない。短く置く。

 

「助かった。誇れる」

 

 恵が、ゆっくり息を吐いた。目を伏せる。いつもの“完璧なお嬢様”が、少しだけほどける。

 

「……ハヤト様」

「ん」

「ひとつ、言っておきますわ」

「笑わないでくださいませ」

「笑わない」

 

 恵は一拍置いて、声を小さくした。

 

「わたくし……今みたいに」

「はっきり言われるのが……弱いんですの」

「弱い?」

「ええ褒められる、とか」

「名前を、きちんと呼ばれるとか」

「……恥ずかしいのに、嬉しいんです」

 

 俺は頷く。

 

「分かった」

 

 恵が顔を上げる。

 

「……分かった、だけ?」

「受け止める。恵が嫌じゃない範囲で、言う」

 

 恵の息が、ふっとほどけた。

 

「……本当に、ずるいですわね」

 

 照れ隠しみたいに、恵が言う。

 

「いい男ですわね」

「だろ」

 

 恵が一瞬固まって、それから肩を落として笑った。

 

「……やっぱり、ずるいですわ」

 

 夜が進んで、会は終わりに近づく。

 

 最後の挨拶で、恵はきっちり締めた。

 

「本日はありがとうございました」

「九条家は、責任を持って整えます」

 

 拍手。

 

 人が引いていく。ホールの音が薄くなる。

 俺は命の方へ行く。今なら腕を組める場所がある。人の目が薄い廊下の角。

 命が俺の隣に来る。

 腕を組む。今日も離れない。

 命が小さく言う。

 

「……終わりましたね」

「終わった」

 

 短く返すと、命はほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「……おめでとうございます、隼人さん」

「ありがとう」

 

 俺は言う。

 

「恵に会ってくる。今日は帰らない」

 

 そう言うと命は理解してくれたようだ。

 少し先で、恵がスタッフに囲まれていた。最後の確認を飛ばしてる。完璧な顔のまま、疲れを見せない。

 

 俺が近づくと、恵はすぐ気づいた。

 

「ハヤト様」

「少し、時間あるか」

 

 恵の目が一瞬だけ揺れる。嬉しい方だ。

 

「……ええ。今なら」

 

 俺は命を見る。

 

「俺、行ってくる」

 

 命は一拍置いて、はっきり頷いた。

 

「……行ってらっしゃいませ」

 

 俺は恵に向き直る。

 

「今夜は、恵の時間にする」

「ちゃんと受け止める」

 

 恵が、静かに息を吐いた。

 

「……はい」

 

 俺は短く続けた。

 

「今日恵を抱く」

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