※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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138話 昼休み、屋上

 昼休み。

 

 午前中のざわつきは、もうだいぶ薄れていた。視線はまだある。でも、いちいち反応してたら授業にならない──みんな、そこに戻っていく。

 

 俺と命は屋上へ向かった。腕は組んだまま。階段を上がる足音が、いつもより少しだけ大きく聞こえる。

 

 屋上の扉を開けると、風が抜けた。日差しは暖かいのに、空気はちゃんと秋だ。

 

「こっちこっち!」

 

 日和が手を振る。レンはその隣で、静かに座っていた。恵もいる。いつも通り、背筋が綺麗に伸びてる。

 

 俺は短く言う。

 

「レン、日和、恵」

「ハヤトさん、こちらです」

 

 恵が上品に言う。

 命が丁寧に会釈した。

 

「……お邪魔いたします」

「お邪魔じゃないよ!」

 

 日和が笑って、レンの腕に当たり前みたいに絡む。

 

「ね、レン」

「……うん」

 

 レンは少しだけ目を伏せて、でも逃げずに頷いた。

 

 俺と命も座る。自然に隣。腕はほどいて、弁当を広げる。

 

 ふと、恵と目が合った。

 

 恵が──一瞬だけ固まって、顔を赤くした。

 

 珍しい。ほんとに。

 

 昨日の夜が頭をよぎる。パーティのあと、少しだけ時間を作って、俺は恵をちゃんと受け止めた。言葉も、距離も。

 

 だから、今の赤面は分かりやすい。

 

 恵は視線をそらして、咳払いみたいに口元を押さえる。

 

「……お弁当、良い香りですわね」

 

 誤魔化し方まで綺麗だ。

 

 日和がニヤニヤする。

 

「恵、なんか今日かわいくない?」

「顔、赤いよ?」

「……日和」

 

 恵は上品に圧を乗せる。

 

「食事中ですわ」

「はいはい~」

 

 命は何も言わない。箸は止まらない。

 恵のことは、もう身内だ。

 だから崩れない。

 

 俺は恵の方を見ないまま、短く言った。

 

「食べろ」

「……はい」

 

 恵の返事が、小さくなる。いつもより。

 

 レンが控えめに言う。

 

「……今日は、静かだね」

「学校も……戻ってきた」

 

 日和が頷いた。

 

「朝がピークだったねー」

「でもさ、屋上は平和。最高」

 

 命が丁寧に言う。

 

「……平和なのは、大切です」

「落ち着いて食べられるだけで……助かります」

「そうだな」

 

 俺が短く返すと、命は一拍置いて頷く。

 

「……はい」

 

 恵が箸を整えてから、俺の方を見た。目が合いそうで、合わないギリギリ。

 

「ハヤトさん」

「……午後も、無理はなさらないでくださいませ」

「無理しない」

「……ええ」

 

 また、少しだけ赤い。

 

 日和が肩を揺らして笑う。

 

「いやもう、今日の恵、わかりやすすぎだよ~」

「レン、見て! 恵、ちゃんと人間してる!」

「……日和」

 

 レンが小さくたしなめる。

 

「……言い方」

「ごめんごめん」

 

 風が吹く。弁当の包みが少しめくれる。日常の音が戻ってくる。

 

 俺は弁当を食べながら思う。

 外が騒いでも、昼は腹が減る。授業は進む。昼休みは来る。

 

 その中で、恵が赤くなって、日和が笑って、レンが静かに頷いて、命が隣で崩れない。

 戻ってきた。

 ちゃんと、日常に。

 

 日和がレンの腕に絡んだまま、唐揚げを一つ取る。

 

「これうまっ」

「……よかった」

 

 レンは小さく言って、落ち着いた顔でお茶を飲む。

 恵はまだ少しだけ顔が赤い。俺と目が合いそうになるたび、視線をずらすのが分かりやすい。

 

 命は、いつも通りだ。崩れない。箸の動きも一定。そこに“余計なもの”を持ち込まない。

 だからこそ、次の一言が刺さった。

 命が、箸を置いて言う。

 

「……恵さん」

「はい、命さん」

「うちに引っ越しませんか」

 

 一瞬、屋上の風の音だけになる。

 

 俺は命を見る。

 

「……引っ越しって、うちに?」

 

 命は頷く。表情は読みにくいのに、迷いはない。

 恵が固まって、目を瞬いた。

 

「……引っ越し、ですの?」

「はい」

 

 命は丁寧に続ける。

 

「同じ家の中のほうが、予定も安全も整います」

「……外が騒ぐ時ほど、内側を乱したくありません」

 

 言い方が命らしい。冷静で、段取りの言葉なのに──ちゃんと“迎える”になってる。

 

 俺は恵を見る。

 

「……驚くよな。恵、無理はするな」

 

 恵は一拍置いて、小さく息を吐いた。

 

「……驚きましたわ」

「でも……提案としては、合理的です」

 

 恵は強がらない。珍しく、ちゃんと“考える顔”になる。

 

「ただ」

「九条家としては、簡単に決められる話でもありませんの」

「私個人の気持ちだけで動くと……家の顔が立ちません」

 

 命が頷く。

 

「……承知しています」

「ですので、無理強いはしません」

「恵さんが“良い”と思ったら、で」

 

 俺は短く言う。

 

「決めるのは恵だ」

「……はい」

 

 恵は箸を置いて、膝の上で指を組んだ。いつもの“お嬢様の圧”じゃない。素の悩み方だ。

 

「もし、私が引っ越したら」

「命さんと、どういう距離で暮らすのか」

「ハヤトさんと、どう整えるのか」

「……そこを、曖昧にしたくありませんの」

 

 命が、即答しない。珍しい。ちゃんと相手の言葉を待ってから言う。

 

「……距離は」

 

 命は一拍置いて、恵をまっすぐ見た。

 

「“こうします”じゃなくて、恵さんと一緒に決めたいです」

「生活も、ルールも」

「誰かだけが我慢する形にはしません」

「寝室も……同じにしましょう。隼人さんと、私と、恵さんで」

「それと——お付きの方も一緒に」

「近くに部屋を用意して、普段通り動けるようにします」

 

 俺も短く足す。

 

「嫌なことは、しない」

 

 恵は目を伏せて、少しだけ笑った。

 

「……そういう所ですわ」

「安心するのに、照れますわ」

 

 日和がニヤニヤする。

 

「恵、今の言い方かわいい」

「日和」

 

 恵は上品に圧を乗せる。

 

「食事中ですわ」

「はーい」

 

 レンが小さく咳払いして、場を落ち着かせる。

 

 恵は、もう一度だけ考えてから顔を上げた。

 

「……分かりましたわ」

「前向きに、受けます」

「ただし──母に確認いたします」

「当然だ」

 

 俺が言うと、恵は頷いた。

 

「ええ」

 

 恵はスマホを取り出して、指先を迷わせない。画面に打つ文字が早い。

 恵はスマホを伏せて、息を吐いた。

 

「……返答は早いと思います」

「母は、こういう話は即決ですの」

 

 命が静かに頷く。

 

「……ありがとうございます」

 

 恵は少しだけ顔を赤くして、でも逃げない。

 

「……命さん、迎えてくださるなら九条家として、正式な手順で入りますわ」

 

 俺は短く言う。

 

「それでいい」

 

 恵のスマホが震えた。

 

 恵が画面を見て、一拍置いてから言う。

 

「……来ましたわ」

 

 屋上の風が、また少し強く吹いた。

 

 日常の中に、次の段取りが入ってくる。

 

 でも──誰も、もう揺れない。

 

 整えるだけだ。

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