朝から、体が重い。
寝不足ってやつだ。
昨日は少し張り切りすぎてしまった
電車の揺れが、いつもより長く感じる。
隣には命。腕は自然に組んでる。もう当たり前になった。
「……大丈夫ですか」
命が小さく聞く。
「平気」
短く返すと、命はそれ以上は言わない。
言わないけど、歩幅を俺に合わせる。そういう優しさだ。
学校に着く。
いつも通り授業が進む。いつも通り……のふりをして、頭の片隅で数字を弾く。
12月24日。命の誕生日。
同時にクリスマス。
それと――恵にも、ちゃんと用意する。
そうプレゼントだ
昼休み。
俺はレンの机の横で止まった。
「レン。少し来い」
レンは一拍置いて頷く。
「……うん」
人の少ない廊下の端。窓の光が床に線を落としている。
俺は言った。
「来たるクリスマスに備えて金、貯めようぜ」
レンが瞬きをする。
「……急だね」
「必要だ、命の誕生日とクリスマス、恵の分も用意する」
レンは少し黙ってから、小さく頷いた。
「……うん」
俺は続ける。
「母さんに紹介してもらおう、事務所。俳優のバイト。エキストラとか、広告とか」
レンが固まる。
「……俳優?」
「そう、稼げる。経験にもなる。それに、楽しそうだ」
レンは口を開いて閉じる。迷いが顔に出る。
「……僕、向いてるかな」
「わからん。でも、やってみれば分かる」
レンが小さく笑った。
「……その言い方、隼人らしい」
「やるか、やらないかだ」
レンは一拍置いて、静かな声で言った。
「……やる。僕も、日和にちゃんと用意したい」
そこでレンの声量が少し上がる。
「……こういうの、テンション上がる」
言った本人が照れて、すぐ落ち着く。
「……ごめん」
「気にするな」
俺は短く返す。
「で、内緒だ。命と恵と日和には、まだ言わない」
レンが頷いた。
「……サプライズにするんだね」
「そう」
放課後、家。
玄関で靴を脱いだ瞬間、母さんの声が飛ぶ。
今日は母さん早かったみたいだ。
「おかえり。疲れてる?」
「寝不足」
「まったく。ちゃんと寝なさい」
「貴方の事だから、どうせ二人と夜遅くまでエッチしたんでしょ」
小言はいつも通り。俺は要点だけ言う。
「母さん。事務所、紹介して。レンも一緒に」
母さんが目を細める。
「あら。俳優のバイト?急にどうしたの」
「プレゼント代」
母さんはすぐ察した顔をした。
「命ちゃんの誕生日、もう意識してるのね。恵ちゃんの分も?」
「そう」
母さんは一度だけ頷いて、すぐスマホを取り出した。
「いいじゃない、経験にもなるしね。うちの知り合いの事務所なら、変な現場に放り込むことはしないわよ」
「助かる」
「ふふ」
母さんは画面を操作しながら言う。
「これで私も共犯ね」
母さんは悪戯っぽく笑って、指を止めた。
「面談、入れるわ。レンくんの予定も聞いて」
「分かった」
母さんは短く締める。
「やるなら、さっさと動く」
「稼ぐのも、覚えるのも早い方がいい」
母さんはスマホを操作したまま、指を止めない。
「……よし。返事、早いわね」
画面を見ながら、母さんが口元だけで笑う。
「知り合いのマネージャーが“面談だけならすぐ入れられる”って、月曜の放課後。行ける?」
「行く」
「レンくんも?」
「行けるはず」
「じゃあ、決まり」
母さんはスマホを机に置いて、俺を見る。
「場所と時間、送るわ。持ち物は学生証。あと、学校の予定が分かるもの。手帳でもスマホでも」
「分かった」
母さんは背もたれに寄りかかって、ふっと息を吐いた。
妊娠してから、こういう“ひと息”が増えた気がする。今日もリビングの端にノートPCが開きっぱなしだ。
「で」
母さんが急に、声の調子を軽くする。
「内緒にするなら、最後までちゃんと隠しなさい。途中でバレたら、台無しよ」
「分かってる」
「よろしい」
母さんはにやっとした。
「なんだかんだ、男の子ってサプライズ下手だからね」
「俺はやる」
「はいはい。頼もしいこと」
母さんは笑ってから、真面目な顔に戻った。
「事務所はちゃんとしてる。斡旋も管理もある。でも“現場”ってものは、行ってみないと分からないことがあるのも事実、困ったら、すぐ言いなさい。それだけ」
「分かった」
母さんはうなずく。
「それと。稼ぐのも大事だけど、ちゃんと楽しみなさい。経験って、そういうのも含むんだから」
俺は一拍置いてから、短く返した。
「……分かった」
自室に戻って、スマホを開く。
レンに送る文は、短くていい。
『月曜放課後。事務所の面談入った。行けるか』
すぐ既読がついて、返事が来る。
『……行ける。隼人、ありがとう』
その文字を見て、俺は息を吐いた。
ここまで来たら、もう動くだけだ。
続けて、もう一通。
『持ち物:学生証、予定が分かるもの。あと動きやすい服で』
『了解』
俺はスマホを伏せる。
プレゼントのために働く。
それだけの話なのに――なんでこんなに気が引き締まるんだろうな。
翌日。
昼休みの屋上は、風が冷たかった。季節が進んでるのが分かる。
レンと日和が先に来ていて、命と俺が後から上がる。
恵は少し遅れて現れた。相変わらず姿勢が綺麗で、目が合うと一瞬だけ頬が赤くなる――けど、すぐに整える。
俺は何も言わない。言ったら余計に崩れる。
「今日、寒いね」
日和がレンの腕に自然に絡む。最近の二人はそれが当たり前になってきた。
「……うん。風が強い」
レンは少し声を抑えめに言って、弁当を開く。
命は俺の隣に座った。距離が近い。
もう“いつも通り”だ。
「……お弁当、スープジャーに温かいものを入れました」
命が淡々と言う。
「冷えますので」
「助かる」
恵が咳払いをして、平然を装う。
「命さんは、本当に気が利きますわね」
「……当たり前です」
命の返しが少しだけ強い。
ちゃんと“自分の場所”がある感じ。
俺はレンに視線を投げた。
レンは小さくうなずく。
昼飯が半分ほど進んだところで、俺は立った。
「レン。ちょっと」
「……うん」
レンも立つ。
日和がすぐ反応する。
「え、なに? 二人でどっか行くの?」
「すぐ戻る」
それだけ言って、屋上の端に移動する。フェンスの影で、声を落とす。
「月曜、行けるな」
「……行ける」
レンが小さくうなずいてから、ぽつりと付け足す。
「僕、緊張する」
「緊張していい、やるだけだ」
「……うん」
レンが息を吐いて、少しだけ顔を上げる。
「隼人、僕さ、日和にちゃんと渡したい。……今まで、もらってばっかりだったから」
「分かった」
俺は短く返す。
それで十分だ。
戻ると、恵が鋭い目でこちらを見ていた。
「随分と、真面目なお話ですのね」
命が何も言わずに弁当を食べ続ける。
気にしてないふりが上手い。
俺は恵を見て、さらっと返した。
「用事」
「用事、で済ませるところが」
恵が小さく笑う。
「隼人さんらしいですわね」
「そう?」
「そうですわ」
俺は弁当の続きを食べた。
ここで余計なことは言わない。サプライズは最後まで。