※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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143話 面談

 月曜の放課後。

 

 レンと駅前で合流した。

 レンは制服のままでも整ってる。俺は指定された通り、動きやすい服。こういうところは実務だ。

 

「……場所、ここ?」

「そう」

 

 看板には、上品な文字で事務所名が出ていた。派手じゃない。けど、ちゃんとしてる空気がある。

 

 受付で名前を告げると、すぐ通された。

 通路の壁にポスターが並ぶ。ドラマ、CM、舞台。

 “仕事”の匂いがする。

 

 レンが小声で言った。

 

「……すごいね」

「慣れろ」

「……うん」

 

 面談室に入ると、女性のマネージャーが名刺を差し出した。

 

「初めまして。浅野久美(あさのくみ)です。今日は来てくれてありがとう」

「あなたたち、学生さんよね。学業優先で組むから安心して」

 

 母さんの紹介、というのが効いてるのが分かる。話が早い。

 

「今日は“所属”の話じゃないよ。登録して、短期の案件をいくつか紹介する形。合わなかったらやめていい。気楽にね」

 

 レンがほっとした顔になる。

 俺はうなずいた。

 

「分かった」

「いい返事」

 

 浅野さんが笑う。

 

「じゃあ簡単に。身長、靴のサイズ、得意なこと、苦手なこと」

「あと、顔写真と全身。今から撮るね」

 

 レンが一拍置いてから言う。

 

「……苦手なこと、あります」

「言って。現場で困る前に知りたい」

「……大声」

 

 レンが言って、すぐ自分で補足する。

 

「テンション上がると、出ちゃう時があります」

 

 浅野さんが笑った。

 

「それ、苦手っていうより“特徴”」

「使える時に使おう」

 

 レンが少しだけ照れる。

 

「……はい」

 

 俺も聞かれる。

 

「あなたは?」

 

「長く立ってられること、指示があれば動けます」

「最高。現場が欲しがるタイプ」

 

 浅野さんが即答して、端末を叩く。

 

「じゃあ早速、軽いの入れようか」

「来週、ホテルのホールで撮るCM。『冬のギフト』」

「スーツで立って、受け取って、笑う。台詞は一言だけ」

 

 レンが目を丸くした。

 

「……もう?」

「そう。動き早い方がいいでしょ」

 

 俺はうなずく。

 

「やる」

 

 レンも一拍置いて、頷いた。

 

「……やる」

 

 マネージャーが満足そうに笑う。

 

「よし。じゃあ契約の紙、ここだけ読んで」

「未成年だから、保護者の同意も必要。お母さん、後で連絡していい?」

「してくれ」

 

 俺が即答すると、レンが小さく息を吐いた。

 

「佐久間くんの方は?」

 

 レンが小さく息を吸って頷いた。

 

「……僕の方は、これから」

「大丈夫」

 

浅野さんはさらっと言う。

 

「今は“登録”まで。案件入れる前に同意取ればいい」

 

 レンの肩が少し落ち着いたのが分かった。

 

「じゃあ次」

 

 浅野さんが立つ。

 

「プロフィール写真撮る。顔と全身。あと、簡単なカメラテスト。怖くないよ」

 

 撮影スペースは、白い背景とライトだけ。余計なものがない。

 

「まずは立って」

「肩の力抜いて。顎は少し引く」

 

 浅野さんの指示は具体的で、迷いがない。

 レンが固まってるのが分かる。

 

「レン、息」

 

 俺が短く言うと、レンが一拍置いて頷いた。

 

「……うん」

 

 カメラが切られる。シャッター音。

 レンは最初ぎこちなかったけど、三枚目で急に整った。真面目な顔が、ちゃんと“画”になる。

 

「いいね」

 

 浅野さんが言う。

 

「作らなくていい。今の顔が使える」

 

 レンが、ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

 次は俺。

 

「目線、こっち」

「……そう。笑わなくていい。落ち着いた方が合う」

 

 撮られてるのに、変に意識しない。

 こういうのは、やることが決まってる方が楽だ。

 

「よし。次、カメラテスト」

 

 浅野さんが小さな台本を二冊、机に置いた。

 

「一行だけ。短い役」

「CMの想定。ギフトカウンターで“受け取る側”」

 

 台本を開く。

 

 台詞は一行。

 

『ありがとうございます』

 

 それだけ。

 

 浅野さんが言う。

 

「言い方、二種類やって」

「一つは丁寧」

「もう一つは、嬉しさが少し出る」

 

 レンが先にやる。

 声は小さい。でも、丁寧さは完璧だった。

 

『……ありがとうございます』

 

「うん、きれい」

 

 浅野さんが頷く。

 

「じゃあもう一つ。嬉しい方」

 

 レンが一瞬迷って――次に出した声が、少しだけ大きくなった。

 

『ありがとうございます!』

 

 出した瞬間、レンが「あ」となって固まる。自分で声量に驚いた顔。

 

 浅野さんは、笑った。

 

「今のがいい」

「出ちゃった、じゃなくて、出せた」

「レンくん、それ使えるよ」

 

 レンの耳が赤い。

 

「……はい」

 

 俺の番。

 

 丁寧に。

 

『ありがとうございます』

 

 余計な飾りは入れない。

 受け取る時の手の動きだけ、きっちり。

 

「うん。安定」

 

 浅野さんが言う。

 

「じゃあ“嬉しい”」

 

 俺は一拍置いて、ほんの少しだけ息を柔らかくする。

 

『ありがとうございます』

 

 同じ言葉でも、温度が変わる。

 それだけでいい。

 

「いいね」

 

 浅野さんは即答した。

 

「二人とも、今すぐ入れられる」

 

 レンが目を丸くする。

 

「……今すぐ?」

「うん」

 

 浅野さんはタブレットを見せた。

 

「来週、ホテルで撮るCM。冬のギフト」

「二人セットで欲しいって案件がある。年齢も身長差も、ちょうどいい」

 

 レンが俺を見る。

 俺は頷く。

 

「やる」

 

 レンも一拍置いて、頷いた。

 

「……やります」

「よし。決まり」

「学校に支障出ない時間で組む」

「現場はスタッフが多い。保護者の同伴もOK」

 

 レンが少し安心した顔になった。

 

「母さん、来るかも」

 

 俺が言うと、浅野さんは「それがいい」とでも言うように頷いた。

 

「じゃあ、詳細は後で送る」

「集合時間、服装、持ち物」

「それと――」

 

 浅野さんが笑う。

 

「遅れない。それが一番大事。それさえ守れば、あとは私が何とかする」

「分かった」

「……はい」

 

 ビルを出ると、夕方の空気が冷たかった。

 レンが、歩きながら小さく言う。

 

「……決まっちゃったね」

「始まっただけ」

「……うん」

 

 レンは一拍置いて、少しだけ声が弾む。

 

「……ちょっと、楽しいかも」

「それでいい」

 

 俺はスマホを取り出して、母さんに送った。

 

『面談終わった。来週CM案件入った。詳細あとで来る』

 

 すぐ返事。

 

『了解。いいじゃない。レンくんの親御さんにも先に話すのよ。あと、内緒は最後までね』

 

 最後の一文が、母さんらしい。

 

 レンにも言う。

 

「親、今日言え」

 

 レンが息を吸って、頷いた。

 

「……言う」

「日和にも、まだ言わない」

「驚かせたい」

 

「そうしろ」

 

 駅のホームで電車を待ちながら、俺は頭の中で計算する。

 ギャラ。交通費。回数。

 命の誕生日。恵のクリスマス。

 

 やることは増えた。

 でも、嫌じゃない。

 

 レンが、ぽつりと言った。

 

「……隼人」

「今日、初めて“僕に任せる場所”ができた気がする」

 

「そうだな」

 

「……嬉しい」

 

 レンの声が少し大きくなりかけて、本人が気づいて口を押さえる。

 

「……やば。大きな声出ちゃう」

「出ていい時に出せ」

 

 俺が言うと、レンが笑った。

 

「……うん」

 

 電車が来る。

 

 扉が開いて、俺たちは乗り込んだ。

 この一歩は、たぶん小さい。

 

 けど、ちゃんと“次”に繋がる一歩だ。

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