※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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146話 読み合わせ

 浅野さんから次の札を渡された夜、俺はスマホの予定を見て、息を吐いた。

 

 放課後に読み合わせ。土日は朝から撮影。レンは土曜にスチールが入る。

 

 放課後。

 

 教室の空気が一気に軽くなる中で、俺だけが荷物を最小限にまとめた。寄り道って言い方はもう慣れた。言い換える気もない。

 

 廊下に出ると、窓の外が少しだけ赤い。冬に向かってる色だ。

 

 校門の手前で、命が俺の腕を取った。

 

 外でも、もう当たり前になってる。

 

「隼人さん。今日は……」

「用事」

「……はい」

 

 命は深掘りしない。けど、指先が少しだけ強くなる。

 

「遅くならない」

「……約束です」

「約束」

 

 命は小さく頷いて、俺の袖から手を離した。

 

 事務所の会議室は、静かだった。

 

 撮影現場みたいな慌ただしさはない。代わりに、無駄な音が消えてる。机の上に台本。水。ペン。照明も明るすぎない。

 

 入った瞬間、数人の視線が一度だけこっちを向いた。

 

 有名だからじゃない。男子が希少で、新人が来たら一回チェックが入る。それだけ。

 

 浅野さんが淡々と紹介する。

 

「本日読み合わせです。ハヤトくん、こちらへ。——皆さん、よろしくお願いします」

「お願いします」

 

 返事は短くした。長くすると、場の温度が変わる。

 

 席につくと、監督が資料を軽く整えてから言った。

 

「じゃあ、やります。今日は声を合わせて、間と温度を決める。立ち位置は次。まず、流れを切らない」

 

 ページがめくられる音が揃う。

 

 俺の役は“近寄りがたい憧れ枠”。

 

 笑わない、軽くしない、でも冷たくしすぎない。距離があるのに、目が離せないタイプ。

 

 台詞は少ない。だから、台詞の前後で勝つ。

 

「——はい、1話、頭から」

 

 読み合わせが始まる。

 

 相手役の女優が先に入って、俺の番が来る。

 

 呼吸を一回だけ整えて、言う。

 

「……そこ、通るな」

 

 声は強くしない。強くすると押しつけになる。強さは、間と目線で出す。

 

 相手役が一拍止まった。台本を見てるのに、止まった。

 

 監督がペン先で机を軽く叩く。

 

「いい。今の“止め方”は合ってる。もう一回。次は、最後の一拍だけ遅らせて」

 

「分かりました」

 

 同じ台詞でも、間を変えると空気が変わる。

 

 俺が遅らせた一拍で、相手役の呼吸が変わった。そこが欲しい。

 

「カットじゃない。続けて」監督が言う。

 

 読み合わせは流れる。途中、監督が止めるのは数回だけ。

 

「ここ、軽く言いすぎると憧れじゃなくなる。ハヤトくん、抑えていい。抑えたほうが強い」

 

「はい」

 

「その返事も、それでいい」

 

 浅野さんが横でメモを取ってる。顔は動かないけど、手の動きが早い。

 

 終盤、相手役との掛け合いが一段増えるところで、監督が言った。

 

「ここは“優しくする”じゃなくて、“逃がさない”だな。言葉を増やさないで、距離だけ詰めて」

 

 俺は台本から目を上げて、相手役を見た。

 

 台詞は短い。

 

「……行くぞ」

 

 相手役が、ほんの少し笑った。演技じゃなく、反射みたいな笑い。

 

 監督が頷く。

 

「それ。今の“行くぞ”は使える」

 

 読み合わせが終わると、会議室の空気が少しだけ緩んだ。誰かが水を飲む音がして、ようやく現実に戻る。

 

 浅野さんが俺の横に来る。

 

「今日の目的は達成。次は“合わせ”と“カメラテスト”。放課後で巻く。遅刻は論外」

 

「分かりました」

 

 監督も目線だけ寄越して言った。

 

「次、動き入れる。今日みたいに余計なことしないでくれれば、十分」

 

「はい」

 

 席を立って、会議室を出る。

 

 廊下の空気が少し冷たくて、現実に戻るスイッチになる。

 

 スマホが震えた。

 

 浅野

『次回:今週木曜 放課後 16:45入り。合わせ+カメラテスト。学校から直で。本番撮影:今週土曜 早朝集合(詳細は追って)』

 

 浅野さんからだ。

 俺は短く返した。

 

 隼人

『了解。』

 

 そのまま画面を伏せる。

 

 12/24まで、余計な寄り道はできない。

 ちゃんと積み上げて、間に合わせる。

 

 会議室を出て、外の冷たい空気を吸った瞬間に、頭の中の音が少し静かになった。

 

 読み合わせは撮影じゃない。けど、測られるのは同じだ。

 台詞が短いほど、俺の癖が出る。

 

 駅まで歩きながらスマホを見る。

 

 来週じゃ遅い。今週で詰める。

 俺は短く返した。

 

『了解。』

 

 画面を伏せて、帰路に戻る。

 

 玄関の灯りがついていた。

 扉を開けると、居間の方から声がする。

 

「お帰りなさいませ、ハヤトさん」

 

 恵の声。

 

「……おかえり」

 

 もう一つ、明るい声。

 日和だ。珍しい。

 

 居間に入ると、日和はソファの端に座っていて、手には小さな紙袋。笑ってるのに、目が先に俺の顔を見た。

 

 恵が俺の方を見て、さらっと言った。

 

「今日は日和を呼びましたの。……少しだけ、顔を出してもらいましたわ」

 

 日和が肩をすくめる。

 

「恵に呼ばれたら来るでしょ」

「ふふ、ありがたいですわ。――今どういう距離なのかしら。落ち着いて聞いておきたくて」

 

 命は少し離れた椅子に座っていた。湯呑みを両手で包んだまま、俺を見る。

 

「……お帰りなさいませ、隼人さん」

「ただいま」

 

 命の表情は薄い。でも、言葉の端が柔らかい。

 俺が靴下のまま一歩入っただけで、命の指先が少し動くのが分かった。

 

 日和が、さらっと言う。

 

「命さん、今日はそのまま待つ感じね。うん、分かった」

 

 命が一拍置いて、頷いた。

 

「……はい。隼人さんが言わないなら、待ちます」

「レンも何か隠してるけど、うん。じゃ、私も待つ」

 

 日和はあっさり同意して、空気を重くしないまま次に進めた。

 

「その代わり、体調だけは申告して。倒れたら、さすがに笑えないから」

 

 笑いを混ぜた釘。そこが日和らしい。

 

「平気」

「よし」

 

 日和はそこで引く。引き際が早い。深掘りしない。

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