※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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150話 小さな寄り道

 月曜の朝でも、体は軽い。

 週末が忙しくても、俺はちゃんと切り替えられる。

 

 玄関で靴を履いていると、命が横に並んだ。言葉は少ないのに、手が先に来る。

 

「……行きましょう、隼人さん」

「ああ」

 

 命の腕が、自然に俺の腕に絡む。外でも、もうこれが当たり前になっている。

 

 門を出たところで、澄乃さんの声がした。

 

「坊や、いってらっしゃい」

「行ってきます。澄乃さん」

 

 澄乃さんは穏やかに笑って、手を振った。送り出すだけ。背中に余計な心配を乗せない。

 

 校門をくぐった瞬間、視線が刺さる。

 悪意じゃない。希少な男子と、腕を組む命。形が見えると、人は勝手に納得したがる。

 

 命は気にしない顔をして、ほんの少しだけ指先を強くする。

 

「……今日は、風が冷たいですね」

「手、冷たい?」

「……少し」

 

 俺は歩幅を合わせたまま、命の手をそっと取る。強く握らない。

 

「こっち」

 

 手をつないだまま、その手ごと俺のコートのポケットに入れる。

 命の指先が一瞬止まって、すぐに力が抜けた。

 

「……温かいです」

「ならいい」

 

 命は視線を前に戻したまま、小さく頷く。

 

「……はい」

 

 昼休み、屋上。

 

 扉を開けた瞬間、日常の音が戻ってきた。

 

「お、ハヤトさん」

 

 日和が先に気づく。テンポは早いけど、騒がない。

 

「命さん、今日も安定してる」

「……こんにちは、日和さん」

 

 命が丁寧に返す。

 

「こんにちは、日和」

 

恵が淑やかに言う。

 

「席が整っているのは結構ですけれど、風邪だけは召しませんように」

「恵、そういうとこ母」

「褒め言葉として受け取りますわ」

 

 レンは少し遅れてやってきて、息を吐いた。

 

「おはよう。……風、冷たいね。レン、ほら、こっち」

 

日和が当たり前みたいに場所を作る。呼び捨てはレンだけ。そこだけで距離が分かる。

 

 俺は壁にもたれて、水を一口飲んだ。

 

 日和が軽く、でも外さずに言う。

 

「週末、用事あったんでしょ。……ちゃんと寝た?」

「寝た」

「よし。じゃ、今日はそれでいいや」

 

 深掘りしない。そこで止める。空気が軽くなる。

 

 恵が扇子もないのに扇子みたいな間で言う。

 

「放課後の予定は、詰まっていませんの?」

「今日は大丈夫」

 

 命が俺の腕にそっと触れたまま、静かに言った。

 

「……無理は、していませんか」

 

 俺は短く頷く。

 

「してない」

 

 レンが小さく目を丸くした。

 

「……なんか、みんな、優しいね」

「レン、今さら?」

 

 日和が笑う。

 

「優しいっていうか、普通に守るだけ」

 

 レンは照れたみたいに視線を逸らして、でも声は少しだけ大きくなる。

 

「……僕も、ちゃんとする」

「お、いいね。レン、行こ」

「うん」

 

 日和が引っ張って、レンがついてくる。自然すぎて、見ていて安心する。

 

 屋上の空気が、いつもの温度に戻ったところで、スマホが震えた。

 

 浅野さんだ。

 

『次回:水曜 放課後 17:10入り。軽い合わせ(台本読み直し)』

 

 俺は画面を伏せて、息をひとつ吐いた。

 

 日常に戻っても、止まらない。

 でも、屋上がある。命の腕がある。

 

 日和が俺の顔を見て、軽く言う。

 

「用事?」

「……分かる?」

「分かるよ。だからさ」

 

 日和は笑って、だけど声は落とす。

 

「今日は、帰り道だけはちゃんと楽しいやつ。命さん、連れてってあげて」

 

 命が小さく頷く。

 

「……はい。連れていきます」

 

 恵が満足そうに言う。

 

「素晴らしいですわ。日常は、積み上げてこそですもの」

 

 レンが小声で言った。

 

「……みんな、頼もしい」

 

 日常に戻っても、俺の中の線は消えない。

 でも、線のこちら側に“帰る場所”がある。

 

 それだけで、次も行ける。

 

 チャイムが鳴って、昼休みが終わる合図が校舎に響いた。

 

「じゃ、戻ろ」

 

 日和が軽く言う。

 

「ええ」

 

 恵が頷く。

 

「午後の授業は、さぼれませんわ」

「……僕も戻る」

 

 レンが小さく言う。

 

 いつもの流れで、屋上の空気がたたまれていく。

 

 放課後。門を出ると、風が冷たかった。

 

 命はいつも通り俺の腕に絡む。

 恵も隣に並んで、歩幅をきっちり揃える。

 

「……帰りましょう、隼人さん」

 

「ああ」

 

「寄り道は、できますわ」

 

恵がさらっと言う。

 

「時間は押しておりませんもの」

 

 日和の言葉を思い出す。

 “帰り道は普通に”。それだけでいい。

 

 命が前を見たまま言う。

 

「……寄り道、しますか」

「したい」

 

 恵が小さく頷く。

 

「では、甘いものにいたしましょう。隼人さんはお好きでしょう」

 

 命が一拍置いて、静かに言った。

 

「……私も、甘いものは嫌いではありません」

 

 商店街の手前で、恵が店を一つ選ぶ。派手じゃない、でも品がいい焼き菓子屋。

 

「ここ。最近できたの。並びすぎないのも、よろしいですわ」

 

 店に入ると甘い匂いがする。

 恵は店員に丁寧に頭を下げてから、命に視線を向けた。

 

「命、選びなさいませ」

「……はい」

 

 命は迷わず二つ。俺には一つ、恵には一つ。

 外に出ると、命が袋を抱えて小さく言う。

 

「……楽しいですね」

「そうだな」

 

 俺が短く返す。

 恵が満足そうに言った。

 

「日常は、こういう小さな寄り道で整いますわ」

 

 別邸に戻ると、玄関の灯りがついていた。

 靴を脱いだところで、奥から足音が走ってくる。

 

「命姉ー!」

 

 千佳が顔を出した。久しぶりに“ちゃんと来た”感じだ。毎日会ってても、こうやって突撃してくるのは久々。

 

 命が一拍置いて、いつも通りに返す。

 

「……千佳。どうしました」

 

「今日、いいことあった!」

 

 千佳は俺を見つけると、目を輝かせた。

 

「ハヤト兄もいる! 聞いて!」

「聞く」

 

 千佳は胸の前でプリントを振った。

 

「小テスト、めっちゃ良かった!」

 

 紙の端が少し折れてる。握りしめてきたんだろう。

 

「ほら、これ!」

 

 命が覗き込む。

 

「……すごいですね」

 

「でしょ! 前回より上がったの!」

 

 千佳は照れたみたいに笑って、でも誇らしそうに言う。

 

「先生に“ちゃんと積み上げたね”って言われた。私、そういうの嬉しい」

 

 俺は短く言う。

 

「努力したな」

「うん!」

 

 千佳は勢いよく頷いて、命の方を見る。

 

「命姉も褒めて!」

 

 命が一拍置いて、丁寧に言った。

 

「……よく頑張りました。千佳は、続けられるのが強いです」

「命姉が言うと、重くて嬉しい!」

 

 千佳は笑ってから、ふと俺と命の腕に目を向ける。

 

「てか今日も腕組み。ラブラブすぎ~」

「……はい。ラブラブです」

 

 命は表情を崩さないまま言い切った。

 

 千佳が満足そうに頷く。

 

「じゃ、私、今日の点数見せびらかしてくる」

 

 千佳は手を振って、廊下の奥へ走っていった。

 

「またね、命姉! ハヤト兄も!」

 

 軽い足音が消える。

 

 家の中の温度が、少しだけ上がった。

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