※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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151話 白線の向こう3

 水曜。放課後。

 

 授業が終わって、俺は真っ直ぐ校門へ向かった。命の腕が自然に絡む。恵も隣で歩幅を揃える。いつもの形のまま、いつもの顔で。

 

「今日は、少し寄り道ですか」

 

 恵が上品に言う。

 

「いや。今日は直で行く」

「……用事、ですね」

 

 命が言う。

 

「うん。終わったら戻る」

 

 俺がそう言うと、命の指先が少しだけ強くなる。

 

「……はい」

 

 校門の前で、恵が立ち止まった。

 

「では、ここで。隼人さん」

「ありがとう」

「当然ですわ。帰りの目安だけは、忘れずに」

「分かった」

 

 命が小さく頭を下げる。

 

「……気をつけてください」

「大丈夫」

 

 短く言って、俺は走らずに早足になった。

 

 現場は前回と同じスタジオ。今日は「合わせ」だけの予定だった。

 でも、入ってすぐ空気が違うのが分かった。

 

 人が増えてる。スタッフの声も少し低い。動きが速い。

 

 浅野さんが俺を見つけて近づく。

 

「ハヤトくん、来たね。更衣室先に。今日は変更がある」

「変更?」

「一条透花役――中田涼子さんが現場入りした。顔合わせ兼ねて、撮れるところは撮る」

 

 俺は頷いた。

 

「分かりました。俺、何を押さえる?」

「まずは“輪の中心”の空気。君はそこに立つだけで線が引ける。台詞も少し足す」

「足すのは歓迎」

 

 自分で言って、少し笑いそうになる。

 俺は台詞が少ない枠だ。けど、足すなら足すで、ちゃんと使う。

 

 教室セットに入ると、中央に一人だけ別の温度がいた。

 

 中田涼子。

 何というか雰囲気が温かい。

 

 涼子さんは俺を見て、にこりと笑った。

 

「瀬良役の人よね。今日はよろしくね」

 

 声は柔らかい。だけど、距離は詰めさせない。

 俺は一歩だけ近づいて止まる。礼は崩さない。

 

「よろしく。俺は天城隼人」

 

 涼子さんの眉がほんの少し上がる。

 “自分から名乗る”のが意外だったのかもしれない。

 

「ふふ。ちゃんと喋るんだ」

「必要なら喋る」

 

 監督がすぐに入ってくる。

 

「いい、その温度。中田さん、強いね。天城君は“強く言わない強さ”で合わせて」

 

 涼子さんが軽く頷く。

 

「うん。じゃ、さくらちゃん呼ぶ?」

 

 高瀬紡役――白石さくらさんが入ってくる。台本を胸に抱えてる。代理としてグループに入る緊張が、目に出てた。

 

「お疲れさまです。白石さくらです。よろしくお願いします」

 

 声は小さめだけど、言い切りははっきりしている。

 

 中田涼子さんが立ち上がって、軽く手を振った。

 

「よろしくね、さくらちゃん。今日も一緒に頑張ろ」

 

 浅野さんが横から補足する。

 

「ハヤトくん、さくらさんとは初日に顔は合わせてるけど、ちゃんと挨拶するのは今日が初めてよね」

 

 俺は一歩前に出て、短く言った。

 

「ハヤトです。よろしく」

 

 白石さんが少しだけ肩の力を抜いて、頭を下げる。

 

「よろしくお願いします」

 

 監督が手を叩いた。

 

「本番いきます! よーい!」

 

 俺は位置に立つ。

 台詞が増えても、やることは変わらない。

 

 止める。

 余計を削る。

 必要な一言だけ残す。

 

「スタート!」

 

 透花の輪の中心が、今日の現場を動かし始めた。

 

 高瀬紡役――白石さくらさんが教室の入口に立つ。手元の紙を握りしめて、視線だけが落ち着かない。代理として入ってくる“初日”の顔だ。

 

 中田涼子さんは椅子に座ったまま、笑う。

 笑ってるのに、教室の空気がそっちに寄る。

 

「紡ちゃん、これお願い」

 

 透花としての声は柔らかい。

 でも頼み方は命令に近い。輪の中心は、そういう温度で回る。

 

「……はい。一条さん」

 

 紡が一歩入った瞬間、周りの視線が集まる。

 台詞は少ないのに、そこだけで“輪に入った”が伝わる。

 

 取り巻き役の子が、わざと遅れて言う。

 

「代理って、便利だね」

 

 紡の指が紙を握り直す。返し方が分からない顔。

 

 俺は動かないまま、先に言葉を落とした。

 

「高瀬。最初に言っとく」

 

 紡が俺を見る。

 

「代理でも関係ない。やることやればいい」

 

 余計な慰めじゃない。線を引くだけ。

 教室の空気が少しだけ戻る。

 

「やさしいのね、瀬良くん」

 

 透花が笑う。

 

「やさしくない。面倒が増えるのが嫌なだけだ」

「それを、やさしいって言うの」

 

 透花の一言で、また空気が整う。中心は自分で締め直せる。

 

「カット!」

 

 監督の声が入る。

 

「いい。今の流れ、全員そのまま。次、寄り。瀬良、目線だけもう少し下げて。紡は息を一回飲んでから返事」

 

「了解」

 

 白石さんが小さく頷いて、深呼吸をする。

 中田さんが笑って言う。

 

「もう一回いこ。大丈夫」

 

 素の声だ。

 でも、次の瞬間には役に戻る。

 

「寄り、いきます! よーい!」

「スタート!」

 

 カメラが近い。逃げがきかない。

 紡が紙を差し出す。

 

「……一条さんに頼まれて。今日だけ、代わりに回してます」

 

 紡が自分で言った。

 その一行で、代理の理由がちゃんと立つ。

 

 取り巻きの視線が動く。

 透花が軽く顎を上げる。

 

「そう。だから、お願いね」

 

 俺は余計に動かない。

 言葉を一つだけ足す。

 

「高瀬。迷うな」

 

 紡の目が一瞬だけ戻る。

 

「……はい」

 

 その返事が、画として足りる。

 

「カット。OK!」

 

 監督が頷いた。

 

「次、外観(校門前)に移る! “注目グループ”の圧を外でも見せる。瀬良は歩くだけで線ができるから、歩きで押さえる」

 

 助監督が叫ぶ。

 

「移動! 外観、段取り急いで!」

 

 スタッフが一斉に動く。

 俺はジャケットの襟を整えて、浅野さんの方を見た。

 

「次、俺の動きは?」

「校門前。まず透花が出てくる。次に紡。最後に君が横切って、空気を変える。台詞は一言だけ増える」

「何て?」

 

 浅野さんが香盤を指でなぞる。

 

「『……そこじゃない』。ルートを変える台詞。短く、誘導」

「分かった」

 

 外に出ると、夕方の光が冷たくてきれいだった。

 校門セットの前に、白いテープがまた貼られている。立ち位置。動線。視線。

 

 止める。

 導く。

 それだけで、物語が進む。

 

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