※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

153 / 238
中田涼子が一条透花役
白石さくらが高瀬紡ぎ役


153話 白線の向こう5

 土曜の朝。外はもう明るい。

 

 玄関で靴を履いていると、命が廊下の端に立っていた。恵も一緒だ。いつもの並び。

 

「……行ってらっしゃいませ、隼人さん」

「行ってくる」

 

 恵がきっぱり言う。

 

「帰りの目安だけは送ってくださいませ」

「分かった」

 

 命が一拍置いて頷く。

 

「……無理は、しませんように」

「しない」

 

 短く返して、外に出る。

 

 門を出たところでスマホが震えた。

 

 浅野

『本番(土)

 集合 8:20/回し 9:30

 場所:廊下セット→階段セット

 小道具あり

 到着したら連絡』

 

 隼人

『了解。着いたら送る』

 

 そう返して、歩幅を上げた。

 スタジオに着くと、昨日より空気が速い。準備が進んでいて、スタッフの声が迷わない。

 浅野さんに顔だけ出す。

 

「着きました」

「うん。今日は“走り”が多い。水を飲むの忘れないで」

「了解」

 

 廊下セットに入ると、白いテープが床に貼られている。俺の位置、紡の位置、透花の位置。カメラの位置も決まってる。

 

 監督が俺を見て言った。

 

「瀬良、今日は言葉を少し増やす。説明はしないでいい。止める言葉だけ」

「分かりました」

「紡は焦る。透花は中心で動かない。瀬良が“行く方向”だけ作る」

「了解」

 

 助監督が声を張る。

 

「廊下、走りいきます! よーい!」

「スタート!」

 

 高瀬紡役――白石さくらさんが封筒を抱えて廊下に出る。足音が速い。追いかけるのは視線だ。

 

 前から取り巻き役の子が二人、わざと立つ。通れる幅が一気に狭くなる。

 

「急いでるね。代理さん」

 

 白石さんが足を止める。迷いが顔に出る。

 

 俺は前に出ない。距離は保ったまま言う。

 

「止まるな」

 

 白石さんが俺を見る。

 

「……はい」

 

「右」

 

 言葉はそれだけ。

 白石さんが右へ避けて通る。取り巻きの子たちが一瞬だけ押し黙る。

 

 その後ろで、透花役の中田涼子さんがゆっくり出てくる。笑ってる。笑ったまま、空気を握る。

 

「瀬良くん、優しい」

「優しくない」

 

 俺は短く返す。

 

「遅れる方が困る」

 

 透花が笑う。

 

「それを優しいって言うの」

 

「カット!」

 

 監督がすぐ言った。

 

「いい。今の『止まるな』効いた。もう一回。瀬良は声をもっと落とす。強くしない」

 

「了解」

 

 二回目。

 

「スタート!」

 

 同じ流れ。

 同じ場所。

 でも、間が違う。

 

 白石さんが止まりかける。

 

「止まるな」

 

 声を落とす。押しつけない。

 白石さんが迷わず動く。

 

「右」

 

 白石さんが息を吸って、右へ抜ける。

 

「カット。OK!」

 

 監督が頷いた。

 

「それ。瀬良は“言わないのに決める”が強い」

 

 助監督が叫ぶ。

 

「次、階段セット! 移動!」

 

 階段セットは狭い。人が集まるほど息が詰まる。

 だから、紡の焦りも、透花の余裕も映る。

 

 監督が言う。

 

「ここは透花が封筒の意味を出す。瀬良は言葉で守らない。方向だけ」

「分かりました」

 

 白石さんが封筒を握り直す。

 

 中田さんが軽く言う。

 

「いこ。紡ちゃん」

「はい」

 

 助監督の声。

 

「よーい!」

「スタート!」

 

 紡が階段を上がってくる。取り巻きが下で笑う。

 

「それ、大事なやつじゃん。落としたら最悪だね」

 

 紡の指が強くなる。

 

 透花が上から言う。声は柔らかい。

 

「落とさないでね。紡ちゃん」

 

 紡が頷く。

 

「……はい」

 

 紡が曲がり角で迷いかける。

 俺は一歩だけ近づいて言う。

 

「違う。こっち」

 

 紡がすぐ向きを変える。

 

「……分かりました」

「カット!」

 

 監督が頷いた。

 

「OK。今の『違う』いい。瀬良が“正解だけ渡す”感じが出てる」

 

 現場が少し緩む。スタッフが次の準備に入る。

 

 浅野さんが近づいてきた。

 

「このあと外観、数カット。終わりは夕方」

 

「了解。帰りの目安、送っとく」

「うん。助かる」

 

 俺はスマホを出して、短く送る。

 

 隼人

『今日は夕方まで。終わったら連絡する。』

 

 返信はすぐ来た。

 

 命

『はい。お帰りを待っています。』

 

 短い。

 でも、それで十分だ。

 

 俺はポケットにスマホを入れて、白いテープの上に戻った。

 土日の撮影は続く。カットは積み上がる。

 

 止まるな。

 違う。こっち。

 

 言葉を増やしても、やることは同じだった。

 

 外観のセットに移る。校門前。夕方の光を作るために、照明が少しだけ色を変えている。

 

「外観、いきます!」

 

 助監督の声が走る。

 

「透花、先。取り巻き、揃えて。紡、少し遅れて出る。瀬良は横切りで空気を変える」

 

 監督が俺を見る。

 

「瀬良。台詞は一言だけ。短く。強くしない」

「分かりました」

 

 白石さくらさんが小さく息を吸って、位置に立つ。

 中田涼子さんは笑ってるのに、中心の距離が崩れない。

 

「よーい」

「スタート」

 

 透花が門を出る。取り巻きが綺麗に揃う。

 その後ろから、紡が出る。提出を終えたはずなのに、まだ落ち着かない顔。

 

 視線が集まる。

 集まるだけで、歩きづらくなる。

 

 紡が一瞬だけ立ち止まりかけた。

 

 俺は横切りながら言う。

 

「止まるな」

 

 それだけ。

 紡が息を飲んで、足を出す。

 

 透花が振り返らずに言う。

 

「紡ちゃん、遅いよ」

 

 責めてるようで、責めてない。中心の言い方だ。

 

「……すみません」

 

 紡が小さく返す。

 

 取り巻きが笑う。

 

「代理って忙しいね」

 

 透花が笑って切る。

 

「うん。忙しい方が、使えるでしょ」

 

 軽いのに鋭い。

 空気が一瞬で静かになる。

 

「カット!」

 

 監督が頷いた。

 

「いい。今の透花の『使える』、強い。瀬良の『止まるな』も効いた。もう一回、寄り」

 

 寄りになると、逃げがなくなる。

 俺は言葉を減らす。目線を増やす。

 

「よーい、寄り!」

 

「スタート!」

 

 紡の足が迷いかける。

 俺は横切りながら、声を落として言う。

 

「……行け」

 

 紡が頷く。

 自分で動いたみたいに見える。

 

「カット。OK!」

 

 監督が手を上げた。

 

「ラスト、歩きだけ。台詞なし。透花の抜けと、紡の遅れと、瀬良の横切り。三人の距離で見せる」

「了解」

 

「よーい」

「スタート」

 

 透花が先に抜ける。取り巻きが半歩遅れて揃う。

 紡は少し遅れて出てくる。提出を終えたはずなのに、まだ視線の重さが残っている。

 

 俺は横を通るだけ。

 言葉は使わない。

 

 紡の足が、止まりかける。

 その瞬間だけ、俺は視線を落とす。

 

 止めない。触れない。

 ただ、先に歩く。

 

 紡が一拍遅れて、足を出す。

 自分で越えたみたいに見える。

 

「カット!」

 

 監督が頷いた。

 

「OK。——今日はここまで!」

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