※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

154 / 238
154話 白線の向こう6

 今日も今日とて撮影だ。

 スタジオに着くと、昨日より音が少ない。

 静かというより、集中の前の静けさだ。

 

「着きました」

 

 浅野さんが頷く。

 

「うん。今日は教室。透花と紡の関係を一段進める。君は止めるだけじゃなく、最後に一言入れる」

「何て」

「現場で決める。監督が欲しがってる」

「了解」

 

 教室セットに入る。

 中田涼子さんは椅子に座って台本を開いている。白石さくらさんは入口近くで手元を確認していた。

 

「お疲れさまです」

 

 白石さんが言う。

 

「お疲れ」

 

 中田さんが軽く笑う。

 

「今日で教室、区切りつけよ」

「はい」

 

 監督が手を叩いた。

 

「今日の山。紡が初めて止まる。透花が初めて迷う。瀬良が初めて言葉を足す」

「派手にしない。間で見せる」

 

「了解」

 

 助監督の声。

 

「本番いきます。よーい」

「スタート」

 

 紡が教室に入ってくる。

 注目グループの席の周りに視線が集まる。透花は笑っている。笑いながら、逃げ道を消していく。

 

「紡ちゃん。今日もお願い」

「……はい。一条さん」

 

 取り巻きが言う。

 

「今日も代理?」

 

 紡が答えようとして言葉が詰まる。

 ここで言い返したら負ける。黙ったら飲まれる。どっちも苦しい。

 

 透花がさらっと言う。

 

「うん。必要でしょ」

 

 軽い。

 軽いのに、決定だ。

 

 取り巻きが笑う。

 

「便利だね」

 

 空気が尖る。

 紡の手が一瞬だけ固くなる。

 

 紡が小さく息を吸って言った。

 

「便利でいいなら、やります」

 

 教室が止まる。

 言い返しじゃない。受けて立つ言い方だ。

 

 透花の笑みが一拍遅れる。

 中心が初めて迷う瞬間。

 

 紡は続ける。

 

「でも、私がやるなら、私のやり方でやります」

 

 透花が目を細める。

 

「……へえ」

 

 取り巻きが口を挟む。

 

「調子乗ってない?」

 

 そこで俺が、壁際から一歩だけ出る。

 

「やめとけ」

 

 声は強くしない。短く落とす。

 

 取り巻きがこっちを見る。

 

「瀬良くん、またそれ」

「面倒が増える」

 

 それだけで線が引ける。

 余計な火が消える。

 

 透花がゆっくり立ち上がる。

 中心が動くと、教室の温度が変わる。

 

「紡ちゃん」

「はい」

「いいよ。やり方、見せて」

 

 紡が頷く。

 

「……分かりました」

 

 ここで終わらせないために、俺は最後に一言だけ足した。

 

「行け」

 

 紡の肩が少しだけ下がる。

 足が前に出る。

 

「カット!」

 

 監督が手を上げた。

 

「今の、いい。紡の“越えた”が出た。透花の“一拍”も取れた」

「もう一回。同じ流れ。瀬良の『行け』だけ、もっと小さく」

 

「了解」

 

 同じシーンを数テイク。

 間を変えて、目線を変えて、言葉を削っていく。

 

 最後のテイクが終わって、教室セットの空気がほどけた。

 

「OK。ここまで」

 

 監督が手を上げる。

 助監督がすぐ続ける。

 

「次、同じ教室で続き撮ります! 反発の場面! 取り巻き寄りから!」

 

 浅野さんが俺の横に来た。

 

「次のシーン、少し重くなる。紡が矢面に立つ回」

「分かった。俺は?」

「止めるだけじゃ足りない。今日だけ一歩出る」

 

 俺は頷いた。

 

「了解」

 

 段取りが整う。椅子の配置が少し変わる。中心グループの席が、前より“囲む”形になる。

 

 監督が説明する。

 

「紡が自分の線を引いた直後。周りが黙ってない」

「透花は中心として守るか切るか。迷いは一拍だけ」

「瀬良は言葉を増やす。でも、説教はしない」

 

「よーい」

 

「スタート」

 

 教室。

 

 紡が席に座って、手元のプリントを揃えている。

 やり方を変えた結果が、目に見える形になっている。

 

 取り巻き役の子が、笑って言う。

 

「ねえ、聞いた? 代理が仕切ってるって」

 

 別の子が続ける。

 

「透花の代わりのくせにね」

 

 紡が顔を上げる。言い返さない。逃げもしない。

 その間が、逆に刺さる。

 

 取り巻きが一歩近づく。

 

「調子に乗ってない?」

 

 紡が静かに言う。

 

「乗ってない」

「必要なことをやってるだけ」

 

 言い方が真っ直ぐすぎて、相手の笑いが止まる。

 

 透花が、笑ったまま言う。

 

「そうだよ。必要だから頼んでる」

 

 守る言葉なのに、中心の言い方だ。

 守る代わりに、支配も見せる。

 

 取り巻きが引かない。

 

「透花がそう言うなら、便利だね」

「代わりが盾になってくれる」

 

 空気が尖る。

 紡が息を吸う。

 

「盾じゃない」

「私の名前で言わないで」

 

 そこで、教室が止まる。

 反発が形になる瞬間。

 

 透花の笑みが一拍遅れる。

 中心が初めて迷う。

 

 俺は壁際から一歩だけ出る。

 

「やめろ」

 

 取り巻きがこっちを見る。

 

「瀬良くん、透花の味方?」

 

「違う」

「今のは、ただの邪魔だ」

 

 短く落とす。強くしない。

 でも線は引ける。

 

 取り巻きが言い返そうとする。

 

「邪魔って――」

「続けるなら」

 

 俺は言葉を切って、視線だけで止める。

 それ以上は言わない。

 

 透花が、ゆっくり息を吐く。

 

「……そこまで」

 

 笑みは戻らない。戻さない。

 中心が“決める”声になる。

 

「私が頼んだ。文句があるなら、私に言って」

 

 取り巻きが黙る。

 中心に逆らうのは、損だと分かってる。

 

 紡は透花を見て、頭を下げない。

 代わりのまま終わらない目だ。

 

「ありがとうございます」

「でも、私は私でやります」

 

 透花が一拍置いて言う。

 

「……うん。好きにして」

 

 許可じゃない。認める前の言葉。

 でも、線の向こうへ行く入口にはなる。

 

「カット!」

 

 監督が頷いた。

 

「いい。今の透花の『そこまで』が効いた」

「瀬良も一歩出た。説教してないのがいい」

 

 白石さくらさんが小さく息を吐いた。

 

「……きついですね、この空気」

 

 中田涼子さんが軽く笑う。

 

「きついけど、面白いとこだよ」

 

 俺は短く言った。

 

「大丈夫」

「紡、ちゃんと立ててる」

 

 白石さんが少しだけ肩を落とした。

 

「ありがとうございます」

 

「もう一回いきます!」

 助監督が声を張る。

 

 同じ場面を、角度を変えて数テイク。

 反発の強さ、透花の一拍、紡の目。

 俺は言い過ぎない範囲で線だけ引く。

 

 最後のテイクが終わる。

 

「カット。OK!」

 

 監督が言った。

 

「反発、取れた。次は“それが外に漏れる”」

「噂と視線が教室の外まで伸びる」

 

 浅野さんがメモを見て言う。

 

「次回、外観と廊下。クライマックス前の一番しんどいとこ」

 

「分かった」

 

 反発は撮れた。

 次は、それが外に広がる。そこが“転”の本番になる。

 

 俺は水を一口飲んで、台本を閉じた。

 次の線を越える準備をした。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。