御堂家のリビングは、いつもより人が多かった。
澄乃さんがソファに座っていて、綾乃さんはその斜め向かい。由紀子姉さんもいて、命と恵と千佳まで揃っている。珍しく、家の空気が「集まっている」方に寄っていた。
テレビはつけっぱなしで、音だけが淡々と流れていた。
番組が切り替わる。
冬の光。小さな箱。リボン。
ホテルのロビーみたいな場所で、手元が映る。
次の瞬間。
俺の顔が、画面に出た。
部屋が、一拍止まる。
千佳の手が止まる。
命は湯呑みを置く指先がわずかに遅れて、恵は黙って画面を見ている。由紀子姉さんの視線が俺に移って、綾乃さんは息を飲んだ顔のまま固まった。
澄乃さんだけが、ふっと楽しそうに笑った。
CMの中の俺が、短く言う。
「……ありがとうございます」
ロゴが出て、「ギフト」の文字が出て、CMが終わる。
終わったのに、誰もすぐには言葉を出さない。
「……ハヤト兄?」
千佳が最初に声を出した。
「うん」
俺は短く返す。
「隼人さん」
命が俺を見る。
「……今のは」
「母さんの紹介で、ちょっと手伝っただけ」
綾乃さんが目を丸くしたまま言う。
「ちょっと……?」
俺は肩をすくめる。
「映っただけ」
「映っただけで、CMですの?」
恵が落ち着いた声で言う。
由紀子姉さんが呆れたみたいに言った。
「“ちょっと”の尺度が、もう違うよ」
「由紀子姉さん、それ言わないで」
俺が言うと、由紀子姉さんは小さく笑う。
「だって事実でしょ」
澄乃さんが湯呑みを持ち上げて言う。
「坊や、上手だったわね」
「……澄乃さん」
俺がそう呼ぶと、澄乃さんは嬉しそうに目を細めた。
命が一拍置いて、静かに言う。
「……驚きました」
俺は命の方を見る。
「悪い」
「……いいえ」
命は否定してから、言葉を探して少しだけ間を置いた。
「……でも」
その先は言わない。
言わない代わりに、袖の端を軽く摘む。
綾乃さんがまだ半分信じられない顔で言った。
「隼人くん、ほんとに“手伝っただけ”?」
「うん」
俺は短く頷く。
「一日だけ」
「それだけで、あの出来なのね」
由紀子姉さんが息をついて言う。
「やっぱり血筋ってあるのかな」
「そうなのかな」
俺が言うと、由紀子姉さんは素直に頷いた。
澄乃さんが楽しそうに言った。
「でもね、坊や」
「はい」
「家に帰ってきたら、いつも通りでいいのよ」
「分かってる」
その一言で、部屋の空気が落ち着く。
驚きはある。
でも、騒ぎにはしない。
珍しく全員が揃ったからこそ、線のこちら側がちゃんと“いつも通り”で俺を受け止めてくれるのが、よく分かった。
千佳がまだテレビを見たまま言った。
「次、いつ流れるの? もう一回見たい」
「分からない」
俺が言うと、恵が頷いた。
「放映枠と期間は確認いたしますわ」
「頼む」
綾乃さんが落ち着かない顔のまま、俺を見る。
「隼人さん。……学校で、何か言われたりしない?」
「まだ」
由紀子姉さんが淡々と言う。
「言われる。たぶん、じわじわ」
命が湯呑みを両手で持ったまま、静かに言った。
「……隼人さん。外で、困ることが増えますか」
「困りはしないと思う」
「……そうですか」
命はそれ以上聞かない。聞かないのに、指先だけが俺の袖の端をつまんでる。
澄乃さんが楽しそうに言った。
「坊や、うまく隠したつもりだったの?」
「隠してたわけじゃない」
俺は短く言う。
「言うタイミングがなかった」
「ふふ。そういうことにしておきましょうね」
千佳が身を乗り出した。
「テレビ出るなんてすごい!」
綾乃さんが俺に向けて、少しだけ柔らかく言った。
「隼人さん。ごはん、ちゃんと食べていますか?」
「食べてます」
「ならいいです」
その一言が、母親の声だった。
俺は変に照れそうになって、視線を逸らした。
命が小さく息を吐いた。
「……驚きました。でも」
命はそこで言葉を切る。
代わりに、袖をつまむ指に力を少しだけ足す。
「……帰ってきてくれて、よかったです」
「俺も」
俺が短く言うと、命のまつ毛が一瞬だけ揺れた。
澄乃さんが満足そうに頷く。
「うんうん。坊やは帰ってくるのが上手ね」
「澄乃さん、またそういう」
「褒めてるのよ」
恵が席を立って言った。
「では、私は確認に入りますわ。すぐ戻ります」
「うん」
由紀子姉さんが立ち上がる。
「私も手伝う。母さん、湯冷めするから上着」
綾乃さんが苦笑した。
「分かった」
千佳はまだ名残惜しそうにテレビを見ていたけど、命が一言だけ言った。
「……千佳。宿題」
「うっ……命姉、容赦ない」
千佳が渋い顔で立ち上がって、廊下へ逃げる。
リビングが少し静かになる。
俺は立ち上がって、命の近くへ行った。
「……命」
「はい」
「驚かせた」
「……驚きました」
命はそこで一拍置く。
「でも、隼人さんが隠していたわけではないのも分かります」
「うん」
「……次からは」
命の言葉が止まる。
「何」
命は小さく頷いた。
「……先に、ひと言だけください。『今日はこういう日です』と」
「分かった」
「そうする」
命の指先が、ようやく袖から離れた。
その代わり、腕に絡む。いつもの形に戻る。
「……はい」
テレビの画面は、もう別のCMに変わっていた。
でも、家の中には確かに残っている。
“始まった”という感覚だけが。