※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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156話 ギフトフェアのCM

 御堂家のリビングは、いつもより人が多かった。

 

 澄乃さんがソファに座っていて、綾乃さんはその斜め向かい。由紀子姉さんもいて、命と恵と千佳まで揃っている。珍しく、家の空気が「集まっている」方に寄っていた。

 

 テレビはつけっぱなしで、音だけが淡々と流れていた。

 

 番組が切り替わる。

 

 冬の光。小さな箱。リボン。

 ホテルのロビーみたいな場所で、手元が映る。

 

 次の瞬間。

 

 俺の顔が、画面に出た。

 

 部屋が、一拍止まる。

 

 千佳の手が止まる。

 命は湯呑みを置く指先がわずかに遅れて、恵は黙って画面を見ている。由紀子姉さんの視線が俺に移って、綾乃さんは息を飲んだ顔のまま固まった。

 

 澄乃さんだけが、ふっと楽しそうに笑った。

 

 CMの中の俺が、短く言う。

 

「……ありがとうございます」

 

 ロゴが出て、「ギフト」の文字が出て、CMが終わる。

 

 終わったのに、誰もすぐには言葉を出さない。

 

「……ハヤト兄?」

 

 千佳が最初に声を出した。

 

「うん」

 

 俺は短く返す。

 

「隼人さん」

 

 命が俺を見る。

 

「……今のは」

「母さんの紹介で、ちょっと手伝っただけ」

 

 綾乃さんが目を丸くしたまま言う。

 

「ちょっと……?」

 

 俺は肩をすくめる。

 

「映っただけ」

「映っただけで、CMですの?」

 

 恵が落ち着いた声で言う。

 

 由紀子姉さんが呆れたみたいに言った。

 

「“ちょっと”の尺度が、もう違うよ」

「由紀子姉さん、それ言わないで」

 

 俺が言うと、由紀子姉さんは小さく笑う。

 

「だって事実でしょ」

 

 澄乃さんが湯呑みを持ち上げて言う。

 

「坊や、上手だったわね」

「……澄乃さん」

 

 俺がそう呼ぶと、澄乃さんは嬉しそうに目を細めた。

 命が一拍置いて、静かに言う。

 

「……驚きました」

 

 俺は命の方を見る。

 

「悪い」

「……いいえ」

 

 命は否定してから、言葉を探して少しだけ間を置いた。

 

「……でも」

 

 その先は言わない。

 言わない代わりに、袖の端を軽く摘む。

 

 綾乃さんがまだ半分信じられない顔で言った。

 

「隼人くん、ほんとに“手伝っただけ”?」

「うん」

 

 俺は短く頷く。

 

「一日だけ」

「それだけで、あの出来なのね」

 

 由紀子姉さんが息をついて言う。

 

「やっぱり血筋ってあるのかな」

「そうなのかな」

 

 俺が言うと、由紀子姉さんは素直に頷いた。

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「でもね、坊や」

「はい」

「家に帰ってきたら、いつも通りでいいのよ」

「分かってる」

 

 その一言で、部屋の空気が落ち着く。

 

 驚きはある。

 でも、騒ぎにはしない。

 

 珍しく全員が揃ったからこそ、線のこちら側がちゃんと“いつも通り”で俺を受け止めてくれるのが、よく分かった。

 

 千佳がまだテレビを見たまま言った。

 

「次、いつ流れるの? もう一回見たい」

「分からない」

 

 俺が言うと、恵が頷いた。

 

「放映枠と期間は確認いたしますわ」

「頼む」

 

 綾乃さんが落ち着かない顔のまま、俺を見る。

 

「隼人さん。……学校で、何か言われたりしない?」

「まだ」

 

 由紀子姉さんが淡々と言う。

 

「言われる。たぶん、じわじわ」

 

 命が湯呑みを両手で持ったまま、静かに言った。

 

「……隼人さん。外で、困ることが増えますか」

「困りはしないと思う」

「……そうですか」

 

 命はそれ以上聞かない。聞かないのに、指先だけが俺の袖の端をつまんでる。

 

 澄乃さんが楽しそうに言った。

 

「坊や、うまく隠したつもりだったの?」

「隠してたわけじゃない」

 

 俺は短く言う。

 

「言うタイミングがなかった」

「ふふ。そういうことにしておきましょうね」

 

 千佳が身を乗り出した。

 

「テレビ出るなんてすごい!」

 

 綾乃さんが俺に向けて、少しだけ柔らかく言った。

 

「隼人さん。ごはん、ちゃんと食べていますか?」

「食べてます」

「ならいいです」

 

 その一言が、母親の声だった。

 俺は変に照れそうになって、視線を逸らした。

 

 命が小さく息を吐いた。

 

「……驚きました。でも」

 

 命はそこで言葉を切る。

 代わりに、袖をつまむ指に力を少しだけ足す。

 

「……帰ってきてくれて、よかったです」

「俺も」

 

 俺が短く言うと、命のまつ毛が一瞬だけ揺れた。

 

 澄乃さんが満足そうに頷く。

 

「うんうん。坊やは帰ってくるのが上手ね」

「澄乃さん、またそういう」

「褒めてるのよ」

 

 恵が席を立って言った。

 

「では、私は確認に入りますわ。すぐ戻ります」

「うん」

 

 由紀子姉さんが立ち上がる。

 

「私も手伝う。母さん、湯冷めするから上着」

 

 綾乃さんが苦笑した。

 

「分かった」

 

 千佳はまだ名残惜しそうにテレビを見ていたけど、命が一言だけ言った。

 

「……千佳。宿題」

「うっ……命姉、容赦ない」

 

 千佳が渋い顔で立ち上がって、廊下へ逃げる。

 

 リビングが少し静かになる。

 俺は立ち上がって、命の近くへ行った。

 

「……命」

「はい」

「驚かせた」

「……驚きました」

 

 命はそこで一拍置く。

 

「でも、隼人さんが隠していたわけではないのも分かります」

「うん」

「……次からは」

 

 命の言葉が止まる。

 

「何」

 

 命は小さく頷いた。

 

「……先に、ひと言だけください。『今日はこういう日です』と」

「分かった」

「そうする」

 

 命の指先が、ようやく袖から離れた。

 その代わり、腕に絡む。いつもの形に戻る。

 

「……はい」

 

 テレビの画面は、もう別のCMに変わっていた。

 でも、家の中には確かに残っている。

 

 “始まった”という感覚だけが。

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