※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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157話 白線の向こう8

 土日の現場は、同じ教室セットでも空気が違う。

 今日は「決める日」だと、入った瞬間に分かった。

 

 机の配置が、昨日より少しだけ狭い。

 囲う形になってる。逃げ道が減る。だから画が締まる。

 

 監督が手を叩いた。

 

「今日で教室は決着まで撮る」

「紡が席を取る」

「透花が認める」

「瀬良が最後に一言。短く、逃げ道を消す」

「了解です」

 

 白石さくらさんが頷く。

 中田涼子さんは笑ってるけど、目が少しだけ鋭い。中心の顔だ。

 

 助監督の声が落ちる。

 

「よーい」

「スタート」

 

 教室。

 

 透花が中心の席にいる。取り巻きが周りを固める。

 紡は少し離れた位置でプリントを揃えている。代理の仕事の延長みたいに見える位置。

 

 取り巻きが言う。

 

「ねえ、今日もそれやるの?」

「透花の代わり、いつまで?」

 

 紡は顔を上げる。返事は急がない。

 一拍置いてから言う。

 

「代わりじゃない」

「頼まれた分をやってるだけ」

 

 取り巻きが笑う。

 

「同じじゃん」

 

 透花が軽く言う。

 

「紡ちゃん。落ち着いて」

 

 優しい言い方に見える。

 でも中心の声は、相手を下げることもある。

 

 紡は透花を見る。

 頭は下げない。

 

「落ち着いてます」

「私は、私でやります」

 

 教室が止まる。

 中心に向かって、その言い方は珍しい。

 

 取り巻きが噛みつく。

 

「透花に向かって何それ」

「代理のくせに」

 

 紡が息を吸う。

 言い返すんじゃない。線を引くために言う。

 

「その呼び方、やめてください」

「私の名前で呼んで」

 

 透花の笑みが一拍遅れる。

 迷いが出る。でも、長くは出さない。中心は迷い続けられない。

 

 透花はゆっくり立ち上がる。

 教室の空気が、透花に寄る。

 

「……分かった」

 

 透花は取り巻きを見た。

 

「今日から『代理』って言うの、やめて」

 

 取り巻きが言葉を失う。

 中心が決めたら、ルールになる。

 

 透花は次に、紡を見る。

 

「紡ちゃん」

「席、こっち」

 

 透花が、自分の隣の席を指で示す。

 中心の隣。注目グループの内側。いちばん分かりやすい場所。

 

 紡の目が揺れる。

 嬉しさじゃない。重さに揺れてる。

 

「……いいんですか」

 

 透花は短く言う。

 

「私が決めた」

 

 取り巻きが小さく言う。

 

「でも……」

 

 透花は視線だけで止める。

 

「でも、じゃない」

 

 教室が静かになる。

 紡は一歩進む。

 

 そこで俺の役が、最後に入る。

 

 俺は壁際から一歩だけ出て言う。

 

「行け」

 

 短い。

 でも、その一言で、紡の迷いが終わる。

 

 紡が頷く。

 

「……はい」

 

 紡が席に着く。

 中心の隣に座っても、へりくだらない姿勢で座る。

 

 紡が透花を見る。

 

「私、ここでやります」

「透花さんの代わりじゃない」

 

 透花が一拍置く。

 それから、笑った。

 

「うん」

「じゃあ、よろしく」

 

 紡が返す。

 

「よろしくお願いします」

 

 ここで初めて、紡の声が落ち着く。

 席を得た声になる。

 

「カット!」

 

 監督が手を上げた。

 

「OK。今の透花の『私が決めた』、最高」

「紡の『ここでやります』も刺さった」

「瀬良の『行け』、短いのに決まった」

 

 教室セットの空気が、やっとほどける。

 スタッフが動き出して、現実の音が戻る。

 

 白石さんが息を吐いた。

 

「……やっと、座れました」

「そうだな」

 

 俺は短く言う。

 

「よかった」

 

 中田さんが笑う。

 

「ね。やっとだよ」

 

 監督が香盤を見て言った。

 

「教室は回収できた。次は余韻」

「“席ができた後”の静けさを一本だけ撮って終わろう」

 

 助監督が声を張る。

 

「次、余韻の一本! 準備お願いします!」

 

 助監督の声が飛ぶと、教室の中がもう一度だけ静かになる。

 机の位置はそのまま。人の立ち位置だけが、少しだけ整え直される。

 

 監督が言った。

 

「余韻は台詞なし。席が決まった後の空気だけ、透花は中心のまま。でも、支配じゃない」

「紡は落ち着く。でも、媚びない。瀬良は入らない。距離で見せる」

「了解」

 

 俺は壁際のテープに戻る。

 入らない。入らないのに、見えるように。

 

「よーい」

「スタート」

 

 教室。

 

 透花が席にいる。いつもの中心の場所。

 でもさっきと違うのは、周りが黙ってることだ。

 

 紡が隣でプリントを揃える。

 手の動きが落ち着いている。速くもしない。遅くもしない。

 

 取り巻きが、少し離れた場所で視線を泳がせる。

 言いたいことがある顔をしてる。でも、言えない。

 

 透花がペンを回して、軽く息を吐く。

 それだけで、教室の温度が整う。

 

 紡が顔を上げる。

 透花と視線が一瞬だけ重なる。

 

 紡が小さく頷く。

 透花が笑って返す。

 

 たったそれだけ。

 

 でも、さっきの「席」が本物になったのが分かる。

 

「カット」

 

 監督の声が優しかった。

 

「OK。今の一枚で締まる」

 

 教室の中に、現場の音が戻る。

 椅子が鳴って、スタッフが動いて、ケーブルを巻く音がする。

 

 助監督が言った。

 

「本日、教室終了! 撤収入ります!」

 

 白石さくらさんが深く息を吐いた。

 

「……ありがとうございました」

「お疲れ」

 

 俺は短く返す。

 

 中田涼子さんが白石さんの肩を軽く叩いた。

 

「お疲れ。よくやったね」

「はい」

 

 白石さんの声が、さっきより落ち着いていた。

 

 監督がこっちを見て言う。

 

「瀬良、今日の最後」

「余計なことしてないのがいい。短い一言で決まってる」

 

「了解です」

 

 浅野さんが俺の横に来る。

 

「教室の山は回収できた。次からは余韻と、次の流れの仕込み」

「次は何」

 

「透花が“中心として認めた後”、外でどう見られるか」

 浅野さんは短く言った。

「噂が変わる」

 

「分かった」

 

 更衣室で私服に戻って、スマホを出す。

 

 短く送る。

 

 隼人

『今終わった。これから帰る』

 

 少し間があって、返事が来た。

 

 命

『はい。お待ちしています』

 

 短い。

 でも、それで十分だ。

 

 ポケットに入れて、スタジオを出る。

 外の空気が冷たい。

 

 線の向こう側に立つ役をやって。

 線のこちら側へ帰る。

 

 その往復が、今の俺のリズムになっていた。

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