食事が終わって、皿が下げられる。ツリーの灯りだけが残って、部屋の空気が少し静かになった。
俺は何も出さない。
今日は、先にみんなの番だ。
千佳が落ち着かない足で椅子を揺らしている。
由紀子姉さんはグラスの水を一口飲んで、視線だけで千佳を止めた。
恵が口を開く。
「皆さま」
恵は上品に微笑んだ。
「プレゼントをお渡ししてもよろしいですか」
綾乃さんが頷く。
「いいですよ。むしろ、待っていました」
澄乃さんが楽しそうに言った。
「いいわねえ。こういうの」
命は小さく頷く。
「……はい」
恵が立ち上がる。
紙袋の角が崩れていない。包みの向きも揃っている。
「では、まずは私から」
恵が言う。
「皆さまへ。同じものを揃えましたわ」
恵は全員に、上質なハンカチを配っていく。
柄は同じ。色だけが、それぞれ少しずつ違う。
揃っているのに、雑じゃない。
綾乃さんが受け取って言う。
「恵さん、こういうの上手ですね」
「当然ですわ」
恵がさらりと返す。
「日常で使えるものが、一番品が出ますの」
澄乃さんが広げて、目を細めた。
「上等」
「触っただけで分かるわ」
「触るのは、正しい確認ですわ」
恵が穏やかに頷く。
恵は一度、全員の手元を見てから続けた。
「それから」
「こちらは、それぞれに」
包みの種類が変わる。
ここからが、恵の“踏み込み”だ。
恵は最初に命へ、小さな箱を置いた。
「命」
恵が言う。
「真珠のヘアピンですわ。揺れませんし、品も崩れません」
命が箱を受け取る。
「……ありがとうございます」
恵は満足そうに頷いた。
次に澄乃さん。
「澄乃さま」
恵が箱を差し出す。
「上質な紅茶ですわ。香りは強すぎないものを選びました。毎日、気分で淹れてくださいませ」
澄乃さんが嬉しそうに笑った。
「まあ」
「恵、分かってる」
「分かっておりますわ」
綾乃さんへ。
「綾乃さま」
恵が包みを渡す。
「ルームフレグランスですわ。香りは控えめに。お部屋の空気だけ、整える程度に」
綾乃さんが包みを受け取り、少し目を丸くした。
「ありがとう。こういうの、嬉しいです」
「気に入っていただけると幸いですわ」
由紀子姉さんへ。
「由紀子様、薄いペンケースですわ。仕事の邪魔になりません」
由紀子姉さんが受け取って、中身を確かめる。
「うん」
「助かる」
「そう言うと思いましたわ」
最後に千佳。
「千佳」
恵が小さな箱を差し出す。
「限定色のペンですわ。可愛いのに、書きやすい」
千佳が目を輝かせた。
「え、なにそれ!すご!」
千佳は言ってから、姿勢を正す。
「……ありがとうございます!」
恵が微笑む。
「よろしいですわ」
恵が席に戻ると、テーブルの上の空気が一段整った。
派手じゃない。けど、格がある。
次は綾乃さんだ
小さな箱をいくつもテーブルに置く。焼き菓子の香りが、ふわっと広がった。
「はい。皆さん」
綾乃さんが言う。
「食後のおまけです。小分けにしてありますから、好きに持っていってください」
千佳が目を輝かせる。
「やった!」
「走らない」
由紀子姉さんが淡々と言う。
「走らない!」
千佳が姿勢を正す。
その動きが面白くて、綾乃さんが笑った。
澄乃さんが箱を手に取る。
「こういうの、嬉しいのよ。甘いのって、家の機嫌を良くするもの」
「澄乃さん、甘いの好きだもんね」
綾乃さんが返す。
「好きねえ」
澄乃さんが笑う。
「坊やも、ね」
俺は返事をしない。
してもいいけど、今は黙ってる。
次は由紀子姉さん。
由紀子姉さんは、紙袋じゃない。
封筒みたいな薄い包みをいくつか並べた。無駄がない。
「はい」
その一言で、全員分を順番に置いていく。
中身はリップクリーム。香りが強くない、きちんとしたやつ。
綾乃さんが受け取って言う。
「こういうの、助かる」
「助かるやつを選んだ」
由紀子姉さんが淡々と返す。
命が包みを開けて、少しだけ目を伏せた。
「……ありがとうございます」
「乾燥する」
由紀子姉さんが言う。
「使え」
「はい」
短いやり取りなのに、ちゃんと温かい。
千佳が言う。
「私の色、かわいい!」
「似合いますわ」
恵が微笑む。
その一言で、千佳の背筋が伸びる。
命が、次に小さな袋を出した。
命は大きく動かない。
でも、置く手つきが丁寧だから、目が向く。
「皆さまへ」
命が言う。
「ハンドクリームです。香りは控えめにいたしました」
綾乃さんが目を丸くする。
「命が選んだの?」
「……はい」
命が小さく頷く。
「冬ですので」
澄乃さんが嬉しそうに笑った。
「命らしい」
「手を大事にするの、いいわよ」
由紀子姉さんが包みを受け取り、淡々と言う。
「助かる」
命が小さく息を吐く。
それだけで、十分なんだと思う。
最後に千佳が立った。
両手に小さな束。
しおりだ。
「えっと!」
千佳が言う。
「これ、みんなに!」
手作りのしおりだ。
「ハヤト兄。これ」
千佳が言う。
「特別」
受け取った瞬間、指先に“つるっ”とした感触が来る。
ラミネート。ちゃんと固い。角も丸くしてある。
表にはシールが貼ってあった。
星と、小さなハート。
その上に、丸い文字。
俺は息をひとつ吐いて、裏返す。
そこに書いてある。
『友だちは宝物。でもケンカすると石ころになる』
一瞬、頭の中で意味を組み立てたところで――耐えきれなかった。
「ブハッ」
思わず吹き出してしまった
「え、いま……笑った?」
千佳が目を丸くして、すぐに顔を明るくした。
「ハヤト兄、笑った……!」
怒るんじゃなくて、嬉しそうに言うのが千佳だ。
「……悪い。油断した」
「やった! 笑顔にできた!」
千佳は両手をぎゅっと握って、小さく跳ねるみたいに喜んだ。
俺は視線を戻して、もう一度文を読む。
“石ころになる”が千佳らしい。ユニークだ。
「……石ころにはしない」
俺が言うと、千佳が振り向いた。
「ほんと?」
「ほんと」
俺は短く頷く。
「ケンカしても、戻す」
千佳が嬉しそうに笑う。
「じゃあ、宝物!」
「宝物だ」
俺はしおりをそっと閉じて、胸ポケットに入れた。
なくしたらダメだ。これは、そういうやつだ。
澄乃さんが受け取って、すぐ笑った。
「かわいい。千佳の字って、元気ねえ」
澄乃さんには”できないって言ったら、できないままだよ”と書かれてある
「元気!」
千佳が胸を張る。
綾乃さんがカードを見て言う。
「ありがとう。嬉しい」
千佳が照れて、命を見る。
「命姉も!」
「……はい」
命が受け取る。
「大切にします」
千佳の顔が、ぱっと明るくなった。