玄関の方から、コートの擦れる音がした。
ドアが開く。
「あら」
明るい声。
「何これ。プレゼント交換?」
母さんが帰ってきた。
外の冷気を連れて、でも顔は仕事のまま笑っている。
「ただいま」
母さんが言う。
「私も混ぜて」
千佳が目を丸くした。
「沙織さん!」
千佳が言ってから、すぐ言い直す。
「……沙織お母さん!」
「おかえり」
由紀子姉さんが言う。
「沙織母さん、タイミング良い」
「でしょ?」
母さんは手を振って、紙袋を二つテーブルに置いた。
「現場帰りだけど、ちゃんと用意してたの」
澄乃さんが目を細める。
「沙織さん、忙しいのに偉いわねえ」
「偉いって言われると照れる」
母さんが笑う。
「でも今日は、家の日でしょ」
母さんは息を整えてから言った。
「じゃあ、配る」
「手短にね。仕事の癖」
まず、綾乃さんに小さな箱。
「綾乃さん」
母さんが言う。
「これ、バスローブ。湯上がりに羽織って。寒いとき、地味に効くから」
綾乃さんが受け取る。
「助かります」
次に、由紀子姉さん。
「由紀子さん」
母さんが言う。
「薄いノート。予定書きやすい」
「うん」
由紀子姉さんが受け取る。
「ちょうどいい」
命へは、細いリボンみたいな包み。
「命さん」
母さんが言う。
「髪、まとめるとき使えるやつ。目立たないの」
「……ありがとうございます」
命が小さく頷く。
「嬉しいです」
恵へは、缶の小さな箱。
「恵さん」
母さんが言う。
「紅茶。撮影の合間に飲むと落ち着くやつ。味、強くない」
「まあ」
恵が受け取って微笑む。
「流石ですわ。気が利いております」
「気は利かせるのが仕事だからね」
母さんが笑う。
澄乃さんには、柔らかい布の包み。
「澄乃さん」
母さんが言う。
「ひざ掛け。軽いやつ」
澄乃さんが楽しそうに笑った。
「ありがとう。大事にする」
千佳には、封筒みたいな袋。
「千佳ちゃん」
母さんが言う。
「シールと、可愛いメモ。勉強の邪魔にならない程度に」
「え、やば!」
千佳が言ってから、姿勢を正す。
「……ありがとうございます!」
「よろしい」
母さんが指で軽く丸を作った。
最後に俺へ。
母さんは小さい袋を放って寄こす。
「隼人」
母さんが言う。
「薄手のマフラー、喉守るやつ。現場、冷えるから」
「分かった」
俺は短く言う。
「ありがとう」
「うん」
母さんが頷く。
「無理はしない。そこだけ」
小さな包みがテーブルに増えて、部屋の空気が少し柔らかくなった。
笑い声は大きくない。でも、ちゃんとある。
俺の番だ。
母さんが俺を見て、目を細めた。
「ハヤトからもあるのよねこの日のためにバイトしてたもんね」
綾乃さんが言った。
「最近、何かしてると思ってたの」
空気が一瞬止まる。
恵も目を細めた。
「そういうことでしたのね」
千佳が身を乗り出す。
「え、本当?ハヤト兄、何買ったの!」
命は何も言わない。
でも指先が、膝の上で小さく動いた。
澄乃さんが笑う。
「坊や、ちゃんと隠してたのねえ」
俺は頷いて、席を立った。
用意していた包みを、テーブルの端に置く。音を立てないように。
「先に、澄乃さん」
澄乃さんが嬉しそうに笑う。
「まあ」
俺は小さな箱を差し出す。
「マグカップ」
「ふふ」
澄乃さんが受け取って、指先で箱の角を撫でた。
「こういうのが一番よ」
「毎日、手に触れるものだもの」
「毎日使ってください」
「はいはい」
澄乃さんが笑って、箱を胸の前に抱えた。
次は綾乃さん。
「綾乃さん」
俺は包みを渡す。
「香水。控えめなやつ」
綾乃さんが一拍置いて、受け取った。
「……ありがとうございます。こういうの、選ぶの難しかったでしょう」
「難しかった」
俺は正直に言う。
「難しかったです。でも、これにしました」
綾乃さんの表情がやわらぐ。
「大事にします」
由紀子姉さん。
「由紀子姉さん」
俺はキーケースを置く。
由紀子姉さんは開けて確認して、淡々と頷いた。
「うん、助かる」
「よかった」
俺が言うと、由紀子姉さんは短く言った。
「ありがとう」
その一言が、やけに重い。
「千佳」
俺は可愛い柄の文房具セットを差し出す。
「え、かわいい!」
千佳が声を上げて、すぐ口を押さえる。
「……ありがとう!ハヤト兄」
千佳が胸を張る。
「命姉にも見せる!」
命が小さく頷いた。
「……はい」
千佳の目がまた明るくなる。
「次は、母さん」
母さんが一瞬だけ目を丸くしてから、すぐ笑った。
「私もあるの?」
「当然だろ」
俺がそう言うと、母さんは笑顔になる。
俺はストールを差し出す。
「これ」
母さんは受け取って、包みを開ける前に手のひらで重さを確かめた。
癖みたいな動き。
「……いい」
母さんが言う。
「現場でも使えるやつだね」
「寒くなるからな」
俺は短く言う。
「首、守れるように」
母さんが少しだけ口元を上げる。
「分かった、守る」
それだけ言って、ストールを膝の上に置いた。
軽く触る指が丁寧で、ちゃんと嬉しいのが伝わる。
「次、恵」
恵が背筋を伸ばす。
驚きは表に出さない。でも目だけが少し動く。
俺は二つ包みを置いた。
「ブローチ」
「ペン」
恵がまずブローチを開ける。
一拍置いて、静かに頷いた。
「上品ですわ」
「場を選びません」
次にペン。
恵は手に取って重さを確かめ、目だけ上げた。
「隼人さん」
恵が言う。
「これは、私に刺さりますわね」
「よかった」
「ええ」
恵は微笑む。
「大切にいたしますわ」
余計に飾らない言葉が、逆に重い。
恵らしい受け取り方だった。
残ったのは、命。
空気が一段静かになる。
命は最初から騒がない。だから余計に、目が向く。
俺は小さな箱を先に出した。
「命」
命が俺を見る。
「……はい」
「ネックレス」
命は箱を受け取って、指先でふたを押さえた。
開けるのが丁寧すぎて、時間が少しだけ伸びる。
細いチェーンが灯りを拾う。
「……綺麗」
「似合う」
俺が短く言うと、命は一拍置いて頷く。
「……ありがとうございます」
俺は次の包みを手に取る。
少し大きい。軽くない。
「命」
命が小さく息を吸う。
「……はい」
「次はコート」
俺は包みを差し出した。
「袖は直せる」
「合わなければ交換もできる」
命は包みを受け取って、指先で端を押さえた。
開け方が丁寧すぎて、周りの音が消える。
生地の色は落ち着いている。
形はまっすぐで、余計がない。
命の目が、一瞬だけ揺れた。
「……私に、これを」
俺は言う。
命がゆっくり頷く。
「……はい、ありがとうございます」
俺は一拍置いた。
「誕生日、おめでとう」
命の指が止まる。
それから、ほんの少しだけ口元がやわらかくなった。
「……ありがとうございます、隼人さん」
澄乃さんが、ふふっと笑う気配がした。
綾乃さんが息を飲んで、すぐに黙る。
由紀子姉さんは視線だけで頷いた。
命はネックレスの箱とコートの包みを、膝の上に揃える。
揃え方が、いつもより丁寧だった。
「とても……とても、うれしいです」
「よかった」
命の指先が、俺の袖を軽く摘む。
それだけで、特別になった。