※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

163 / 238
163話 隼人のプレゼント

 玄関の方から、コートの擦れる音がした。

 ドアが開く。

 

「あら」

 

 明るい声。

 

「何これ。プレゼント交換?」

 

 母さんが帰ってきた。

 外の冷気を連れて、でも顔は仕事のまま笑っている。

 

「ただいま」

 

 母さんが言う。

 

「私も混ぜて」

 

 千佳が目を丸くした。

 

「沙織さん!」

 

 千佳が言ってから、すぐ言い直す。

 

「……沙織お母さん!」

「おかえり」

 

 由紀子姉さんが言う。

 

「沙織母さん、タイミング良い」

「でしょ?」

 

 母さんは手を振って、紙袋を二つテーブルに置いた。

 

「現場帰りだけど、ちゃんと用意してたの」

 

 澄乃さんが目を細める。

 

「沙織さん、忙しいのに偉いわねえ」

「偉いって言われると照れる」

 

 母さんが笑う。

 

「でも今日は、家の日でしょ」

 

 母さんは息を整えてから言った。

 

「じゃあ、配る」

「手短にね。仕事の癖」

 

 まず、綾乃さんに小さな箱。

 

「綾乃さん」

 

 母さんが言う。

 

「これ、バスローブ。湯上がりに羽織って。寒いとき、地味に効くから」

 

 綾乃さんが受け取る。

 

「助かります」

 

 次に、由紀子姉さん。

 

「由紀子さん」

 

 母さんが言う。

 

「薄いノート。予定書きやすい」

「うん」

 

 由紀子姉さんが受け取る。

 

「ちょうどいい」

 

 命へは、細いリボンみたいな包み。

 

「命さん」

 

 母さんが言う。

 

「髪、まとめるとき使えるやつ。目立たないの」

「……ありがとうございます」

 

 命が小さく頷く。

 

「嬉しいです」

 

 恵へは、缶の小さな箱。

 

「恵さん」

 

 母さんが言う。

 

「紅茶。撮影の合間に飲むと落ち着くやつ。味、強くない」

「まあ」

 

 恵が受け取って微笑む。

 

「流石ですわ。気が利いております」

「気は利かせるのが仕事だからね」

 

 母さんが笑う。

 

 澄乃さんには、柔らかい布の包み。

 

「澄乃さん」

 

 母さんが言う。

 

「ひざ掛け。軽いやつ」

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「ありがとう。大事にする」

 

 千佳には、封筒みたいな袋。

 

「千佳ちゃん」

 

 母さんが言う。

 

「シールと、可愛いメモ。勉強の邪魔にならない程度に」

「え、やば!」

 

 千佳が言ってから、姿勢を正す。

 

「……ありがとうございます!」

 

「よろしい」

 

 母さんが指で軽く丸を作った。

 

 最後に俺へ。

 母さんは小さい袋を放って寄こす。

 

「隼人」

 

 母さんが言う。

 

「薄手のマフラー、喉守るやつ。現場、冷えるから」

「分かった」

 

 俺は短く言う。

 

「ありがとう」

「うん」

 

 母さんが頷く。

 

「無理はしない。そこだけ」

 

 小さな包みがテーブルに増えて、部屋の空気が少し柔らかくなった。

 笑い声は大きくない。でも、ちゃんとある。

 

 俺の番だ。

 

 母さんが俺を見て、目を細めた。

 

「ハヤトからもあるのよねこの日のためにバイトしてたもんね」

 

 綾乃さんが言った。

 

「最近、何かしてると思ってたの」

 

 空気が一瞬止まる。

 恵も目を細めた。

 

「そういうことでしたのね」

 

 千佳が身を乗り出す。

 

「え、本当?ハヤト兄、何買ったの!」

 

 命は何も言わない。

 でも指先が、膝の上で小さく動いた。

 

 澄乃さんが笑う。

 

「坊や、ちゃんと隠してたのねえ」

 

 俺は頷いて、席を立った。

 用意していた包みを、テーブルの端に置く。音を立てないように。

 

「先に、澄乃さん」

 

 澄乃さんが嬉しそうに笑う。

 

「まあ」

 

 俺は小さな箱を差し出す。

 

「マグカップ」

「ふふ」

 

 澄乃さんが受け取って、指先で箱の角を撫でた。

 

「こういうのが一番よ」

「毎日、手に触れるものだもの」

「毎日使ってください」

「はいはい」

 

 澄乃さんが笑って、箱を胸の前に抱えた。

 

 次は綾乃さん。

 

「綾乃さん」

 

 俺は包みを渡す。

 

「香水。控えめなやつ」

 

 綾乃さんが一拍置いて、受け取った。

 

「……ありがとうございます。こういうの、選ぶの難しかったでしょう」

「難しかった」

 

 俺は正直に言う。

 

「難しかったです。でも、これにしました」

 

 綾乃さんの表情がやわらぐ。

 

「大事にします」

 

 由紀子姉さん。

 

「由紀子姉さん」

 

 俺はキーケースを置く。

 

 由紀子姉さんは開けて確認して、淡々と頷いた。

 

「うん、助かる」

「よかった」

 

 俺が言うと、由紀子姉さんは短く言った。

 

「ありがとう」

 

 その一言が、やけに重い。

 

「千佳」

 

 俺は可愛い柄の文房具セットを差し出す。

 

「え、かわいい!」

 

 千佳が声を上げて、すぐ口を押さえる。

 

「……ありがとう!ハヤト兄」

 

 千佳が胸を張る。

 

「命姉にも見せる!」

 

 命が小さく頷いた。

 

「……はい」

 

 千佳の目がまた明るくなる。

 

「次は、母さん」

 

 母さんが一瞬だけ目を丸くしてから、すぐ笑った。

 

「私もあるの?」

「当然だろ」

 

 俺がそう言うと、母さんは笑顔になる。

 俺はストールを差し出す。

 

「これ」

 

 母さんは受け取って、包みを開ける前に手のひらで重さを確かめた。

 癖みたいな動き。

 

「……いい」

 

 母さんが言う。

 

「現場でも使えるやつだね」

「寒くなるからな」

 

 俺は短く言う。

 

「首、守れるように」

 

 母さんが少しだけ口元を上げる。

 

「分かった、守る」

 

 それだけ言って、ストールを膝の上に置いた。

 軽く触る指が丁寧で、ちゃんと嬉しいのが伝わる。

 

「次、恵」

 

 恵が背筋を伸ばす。

 驚きは表に出さない。でも目だけが少し動く。

 

 俺は二つ包みを置いた。

 

「ブローチ」

「ペン」

 

 恵がまずブローチを開ける。

 一拍置いて、静かに頷いた。

 

「上品ですわ」

「場を選びません」

 

 次にペン。

 恵は手に取って重さを確かめ、目だけ上げた。

 

「隼人さん」

 

 恵が言う。

 

「これは、私に刺さりますわね」

「よかった」

「ええ」

 

 恵は微笑む。

 

「大切にいたしますわ」

 

 余計に飾らない言葉が、逆に重い。

 恵らしい受け取り方だった。

 

 残ったのは、命。

 

 空気が一段静かになる。

 命は最初から騒がない。だから余計に、目が向く。

 

 俺は小さな箱を先に出した。

 

「命」

 

 命が俺を見る。

 

「……はい」

 

「ネックレス」

 

 命は箱を受け取って、指先でふたを押さえた。

 開けるのが丁寧すぎて、時間が少しだけ伸びる。

 

 細いチェーンが灯りを拾う。

 

「……綺麗」

「似合う」

 

 俺が短く言うと、命は一拍置いて頷く。

 

「……ありがとうございます」

 

 俺は次の包みを手に取る。

 少し大きい。軽くない。

 

「命」

 

 命が小さく息を吸う。

 

「……はい」

「次はコート」

 

 俺は包みを差し出した。

 

「袖は直せる」

「合わなければ交換もできる」

 

 命は包みを受け取って、指先で端を押さえた。

 開け方が丁寧すぎて、周りの音が消える。

 

 生地の色は落ち着いている。

 形はまっすぐで、余計がない。

 

 命の目が、一瞬だけ揺れた。

 

「……私に、これを」

 

 俺は言う。

 命がゆっくり頷く。

 

「……はい、ありがとうございます」

 

 俺は一拍置いた。

 

「誕生日、おめでとう」

 

 命の指が止まる。

 それから、ほんの少しだけ口元がやわらかくなった。

 

「……ありがとうございます、隼人さん」

 

 澄乃さんが、ふふっと笑う気配がした。

 綾乃さんが息を飲んで、すぐに黙る。

 由紀子姉さんは視線だけで頷いた。

 

 命はネックレスの箱とコートの包みを、膝の上に揃える。

 揃え方が、いつもより丁寧だった。

 

「とても……とても、うれしいです」

「よかった」

 

 命の指先が、俺の袖を軽く摘む。

 それだけで、特別になった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。