※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

170 / 238
170話 分厚いお年玉

 年が明けた。

 家の中の空気が、少しだけ澄んでいる。

 

「明けましておめでとうございます」

 

 綾乃さんが丁寧に言う。

 

「本年も、よろしくお願いいたします」

 

 綾乃さんの挨拶に始まり各々新年のあいさつを交わす

 

 千鶴さんが言う。

 

「……今年こそ、うっかり減らす!」

「千鶴」

 

 綾乃さんが丁寧に言う。

 

「目標は、良いですね」

「はい、お母様!」

 

 千鶴さんが頷く。

 

 渡会さんが大きな箱を運んでくる。

 黒塗りの重箱が、段になっている。

 

「おせちをご用意いたしました」

 

 渡会風香が言う。

 

「皆さま、お席へどうぞ」

「来た来た」

 

 沙織が言う。

 

「お正月の本体」

「本体って言い方」

 

 由紀子姉さんが言う。

 

「でも分かる」

 

 こたつの上が片づけられて、真ん中が空く。

 重箱が置かれて、艶が灯りを返した。

 

「わあ」

 

 千佳が言った。

 すぐ声を落とす。

 

「……わあ」

「……これが御堂家のおせち。強いわね」

「強いって何」

 

 由紀子姉さんが言う。

 

「情報量」

 

 沙織が即答する。

 

「全部入ってる」

「確かに」

 

 俺は短く言った。

 

 綾乃さんが丁寧に言う。

 

「皆さま」

「今年も、よろしくお願いいたします」

 

「よろしくお願いいたします」

 

 声が揃う。

 丁寧な声も、軽い声も、同じ方向に落ちる。

 

 澄乃さんが俺を見る。

 

「坊や」

 

 澄乃さんが言う。

 

「今年も、元気でいなさい」

「元気だよ」

 

 俺が返すと、澄乃さんは楽しそうに笑った。

 

「ふふ」

「よし」

 

 恵が箸を揃える。

 

「では」

 

 恵が言う。

 上品に、きっちり。

 

「まずは」

「皆さまが取りやすいように」

「取り分けますわ」

 

「恵様が仕切ると」

 陽菜乃さんが言う。

「安心しますね」

 

「当然ですわ」

 

 恵が上品に返す。

 

「整っている方が美しいですもの」

 

 沙織が言う。

 

「数の子のプチプチする食感が好きです」

 

 千鶴さんが言う。

 

「プチプチ好きです」

「千鶴まずは少しずつにしましょうね」

「はい、お母様」

 

 千鶴さんが頷く。

 

 命が小さく言った。

 

「……伊達巻」

 

 命の箸先が止まる。

 

「好き?」

 

 俺が聞く。

 

「……はい」

 

 命が頷く。

 

「少しだけ」

 

 俺は恵に視線を向ける。

 恵がすぐ理解して、伊達巻を一切れ取り分けた。

 

「命様」

 

 恵が言う。

 

「どうぞ」

「……ありがとうございます」

 

 命が受け取る。

 その動きが丁寧で、静かで、いつも通りだ。

 

 千佳が黒豆を食べて、目を丸くした。

 

「黒豆おいしい」

 

 陽菜乃さんが、重箱の中を一段ずつ見ていく。

 丁寧に、確認する目だ。

 

「品数が多いですね」

 

 陽菜乃さんが言う。

 

「準備は、大変だったのではありませんか」

「恐れ入ります。皆さまが揃う日ですので、いつもより、少しだけ」

 

 渡会さんが答える

 

 その“少しだけ”が、この家の少しだけじゃない。

 俺は黙って、箸を動かす。

 

 だし巻きの甘さ。

 数の子の歯ごたえ。

 昆布の旨味。

 それぞれが、冬の終わりと始まりの境目を埋めていく。

 

「ハヤトさん」

 

 恵が言う。

 

「今年はもう少し、家の中の共有を増やしてくださいませ」

「分かった」

 

 俺が言う。

 

「必要な分は言う」

「十分ですわ」

 

 恵が上品に頷く。

 

 命が箸を置いて、小さく言った。

 

「……来年も」

 

 命が言う。

 

「こうして、揃うのがいいです」

「揃うよ、俺が戻る」

 

 命の指先が、こたつ布団の端を軽く摘んだ。

 いつもの癖。

 でも今日は、少しだけ強い。

 

「……はい」

 

 命が頷く。

 

 澄乃さんが楽しそうに笑った。

 

「ふふ、いい年になりそうねえ」

 

 箱の中の色が減っていく。

 代わりに、部屋の中の温度が増える。

 

 おせちが一段減って、箸の音が落ち着いた頃。

 

「坊や」

 

 澄乃さんが言う。

 

「ちょっと、こちらへ」

「うん」

 

 俺は席を立つ。

 

 こたつの熱から一歩外れると、廊下の空気が少し冷たい。

 澄乃さんの部屋の前で止まる。

 

「入って」

 

 澄乃さんが言う。

 

「立ってると寒いわ」

「失礼します」

 

 俺が入ると、澄乃さんは小さな盆を差し出した。

 その上に、白い封筒が一つ。

 

「はい」

 

 澄乃さんが言う。

 

「お年玉よ、坊や、受け取りなさい」

「多いでしょ」

 

 俺は言う。

 

「気持ちだけでいい」

「気持ちだからよ」

 

 澄乃さんが言う。

 

「受け取りなさい。こういうのは、素直が一番」

「……分かった」

 

 俺が封筒を受け取る。

 

 ずし、と手の中が沈んだ。

 厚い。

 紙じゃない重さがある。

 

「顔」

 

 澄乃さんが言う。

 

「分かりやすいわね」

「分かりやすくない」

 

 俺が返すと、澄乃さんは楽しそうに笑った。

 

「ふふ、坊やはそれでいいの」

「澄乃さん、ありがとう」

 

 俺が言う。

 

「うん」

 

 澄乃さんが頷く。

 

「よし、戻りなさい」

「はい」

 

 俺は封筒を懐にしまって、部屋を出た。

 

 廊下に出た瞬間、今度は声がかかる。

 

「隼人さん」

 

 綾乃さんの声だ。

 丁寧で、落ち着いている。

 

「少し、よろしいですか」

「はい」

 

 俺が答える。

 

 綾乃さんの部屋に入ると、テーブルの上にもう一つ封筒が置かれていた。

 同じ形。

 でも、厚みが違う。

 

「お正月ですので」

 

 綾乃さんが言う。

 

「形式だけは、きちんといたしますね」

「形式の厚みじゃない」

 

 俺は言う。

 

「これ、受け取ってください」

 

 綾乃さんが丁寧に言う。

 

「恋人として、そして御堂家の女としてハヤトさんには助けられています」

「……助かってるのは俺も」

 

 俺が言う。

 

「ここに戻ると、肩の力が抜けます」

「ありがとうございます」

 

 綾乃さんが微笑む。

 

「では」

「はい」

 

 綾乃さんが封筒を差し出す。

 

 俺は受け取る。

 澄乃さんのより薄い。

 でも、十分重い。

 

 俺は封筒を見てから、しまう。

 

「ありがとう、綾乃さん」

 

 俺が言う。

 

「どういたしまして」

 

 綾乃さんが丁寧に返す。

 

「熱いお茶を淹れておきました、戻る前にどうぞ」

「いただきます」

 

 湯呑みを口に当てる。

 熱が落ちる。

 落ち着く。

 

 そのあと、自分の部屋に戻って封筒を並べた。

 澄乃さんの方は、百万円。

 綾乃さんの方は、五十万円。

 

 厚みの差は、数字の差だった。

 手の中に残る重さだけは、同じくらい現実だった。

 

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。