正月三日。
家の中はまだ静かで、外の光だけがやけに明るい。
スマホが震えた。表示は浅野さん。
俺は姿勢を整えて出る。
「はい、ハヤトです。あけましておめでとうございます」
『あけましておめでとう。ハヤト君、今いい?』
「はい。大丈夫です」
浅野さんは余計な前置きをしない。
『話、取れた』
「……ありがとうございます」
少しだけ間が空いた。
『……ドラマだ』
俺は一拍置いて聞き返す。
「連続ですか」
『そう。ライダー系の新作。映画より、連ドラの方が合うと判断が変わった』
「参謀役、ですか」
『そこ。ハヤト君の役は助演で、戦う二人を外から回す参謀』
映画のときより、はっきりと輪郭が見えた。
毎話の積み上げ。状況整理。撤退判断。守るための言葉。そういう役だ。
「……承知しました。俺のタイプには合うと思います」
『正直、ハヤト君は便利なんだよ。短い台詞が嘘にならない。相手の芝居をちゃんと受けて、押し返し過ぎないのに存在感が落ちない。だから主役が映える。参謀役に置くと、画面が締まる』
「ありがとうございます」
『で、変身は基本しない。――ただし最終盤で5回、“限定変身”の三号になる』
限定変身。最終盤。
そこまでの積み上げがあるから、5回が効く。
「変身が“ご褒美”にならないように、意味が必要ですね」
『そう。止める役だ。暴走を止めて、決断を渡す。強さで押すんじゃない』
「分かりました」
浅野さんは少しだけ声を落とした。
『脚本、今日送る。ハヤト君読んで。明日、返事が欲しい』
「はい。拝見します」
『正月に悪いな』
「いえ。ありがたいです」
『じゃ、頼む』
通話が切れる。
画面が暗くなっても、手の中だけが熱い。
助演。参謀。
そして、最後に5回だけ前線へ出る三号。
通話が切れて、部屋の静けさが戻る。
俺はスマホを伏せて、深く息を吐いた。
ドラマ。参謀。最終盤だけの限定変身。
――やることが増える。
数分後、浅野さんからデータが届いた。
タイトルの仮が、画面に出る。
『KAMEN RIDER LUCID(仮) 第1話 台本(第一稿)』
俺はすぐ開かない。
先に机の上を片づけて、座る。読む姿勢を作る。
ページをめくっていくと、俺の役名が出た。
役は、前線じゃない。指示と判断の人間。
だけど、言葉が少ない分だけ、失敗できない。
最後の方。
“限定変身”の章で、視線が止まった。
変身は五回。
順番も、意味も、全部決まっている。
初解禁は「一手になるため」。
二回目は「避難を通す壁」。
三回目で「幹部を落とす刃」。
四回目は「連携を立て直す継ぎ手」。
そして最終盤は、「勝つ」より「街を戻すため」の限定変身。
俺は台本を閉じて、メモを取る。
台詞の重さ、立ち位置、目線の角度、呼吸を切る拍。
氷室斎音は、派手に見せる役じゃない。
順番を崩さず、必要な一手を置く役だ。
だからこそ、手元の小さな動きまで、全部画になる。
そこへ、また着信。浅野さんだった。
「はい、ハヤトです」
『早いね。読んだ?』
「ざっと通しました。役の軸は理解しました」
『助かる。で、もう一個だけ。制作側の狙い、伝えとく』
「はい」
浅野さんは淡々と言った。
『ハヤト君、今回さ。“ライダー史上初の男”で行く』
俺は一拍置いた。
「……史上初、ですか」
『そう。シリーズの世界観的に、ライダーは基本“女性の象徴”として扱われてきた。そこに男が一人入る。』
狙いは分かる。目立つ。話題になる。
でも、ただの話題作りなら、役が薄くなる。
「理由が必要ですね。男であることが、物語の意味になるように」
『そこ。制作も同じこと言ってる。だから参謀なんだよ』
浅野さんの声が少しだけ強くなる。
『前線で暴れる“初の男”じゃない。守る判断をする“初の男”。そこが新しい』
「承知しました」
『あと、はっきり言う。女受けも狙う』
「……はい」
『でも、変に媚びる方向じゃない。“誠実で安心できる男”で刺す。短い言葉で、ちゃんと守る。ハヤト君の得意分野だ』
『それに――ハヤト君の甘いマスクで、とどめを刺す』
「……わかりました」
浅野さんは息を整えるみたいに、少しだけ声のトーンを落とした。
「ハヤト君、自信を持て。間違いなく、この作品の顔になる」
「……ありがとうございます」
『中身で殴って、最後に顔で落とす。そういう設計だ』
「……承知しました」
俺は短く返す。
「やることは同じですね。役に嘘を入れない」
『そう。で、撮影入る前に準備がある。スーツ合わせ、アクションの基礎、声のトーンの確認。』
「日程は、いつになりますか」
『平日放課後で組む。顔合わせと読み合わせを先に。撮影は土日中心。いつも通りで行けるよう調整する』
浅野さんは、俺の都合を最初から織り込んでくる。
現実的で助かる。
「ありがとうございます。こちらも合わせます」
『じゃあ最後。キャッチだけ伝えとく』
「はい」
『“初の男”って言っても、煽りで終わらせない。視聴者が見たいのは、男か女かじゃなくて――「この人に守られたい」って納得できる筋。ハヤト君、それ作れる?』
俺は迷わず答えた。
「作れます」
『よし。じゃ、明日返事』
「はい。よろしくお願いします」
電話が切れる。
俺はもう一度、台本を開いた。
“史上初の男”という看板は、勝手に歩く。
だからこそ、中身が必要だ。
参謀として、言葉で空気を変える。
最終盤の一回だけ、前線に出る。
――女受けを狙うなら、なおさら。
軽さじゃなく、安心感で刺す。
俺はメモの最後に、一行だけ書いた。
「派手に見せない。守る理由を、毎話積む。」
ページをめくる指が、少しだけ速くなった。