※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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172話 三学期はじめ

 冬休みが終わった。

 

 朝の空気が、硬い。

 校門をくぐるだけで、肩が勝手に上がる。

 

 教室は久しぶりの騒がしさだった。

 机を叩く音。コートを脱ぐ音。遅刻ぎりぎりの足音。

 ――全部、戻ってきた感じがする。

 

 昼休みの終わり。

 屋上に行く流れになったけど、扉の向こうは寒すぎて無理だった。

 

「今日は屋上、無理。風、殺しに来てる」

 

 日和が即断する。

 

「賛成」

 

 レンも頷く。

 

 結局、屋上前の踊り場に集まった。

 階段の途中。コンクリの冷たさと、外の光だけが近い場所。

 

 恵は手袋をしたまま、壁にもたれた。

 命はいつも通りの距離で立っている。表情は読めないけど、首元のマフラーがきっちりしてる。

 

 日和が俺の顔を見て、にやっとした。

 

「で? 冬休み明け一発目。ハヤトさん、なんか顔が“やること増えました”って顔」

「……増えた」

 

 言うと、レンが目を丸くする。

 

「え、なに。部活?」

「違う」

 

 俺は短く息を吐いて、みんなの視線が揃うのを待った。

 こういうとき、変に引っぱるのは性に合わない。

 

「大きい仕事が入って、受けることにした」

 

 一拍。

 

 日和が先に声を出す。

 

「は? でかいってどれくらいでかいの」

「……ドラマ」

 

 レンが「えっ」と小さく声を漏らす。

 命は瞬きが一つ増えた。分かりやすくはないけど、反応はある。

 

 恵は落ち着いたまま、ただ目を細める。

 

「連続、ですの?」

「……連続」

 

 日和が階段の手すりを叩く。

 

「え、連ドラ!? やば。いつから? 撮影いつ?」

「まだ確定じゃない。準備から」

 

 レンが少しだけ身を乗り出した。

 

「役は? 主役?」

「助演」

 

 日和がすぐに食いつく。

 

「助演で連ドラって普通に強い。で、どんな役?」

「……参謀」

 

 恵がふっと笑う。

 

「似合いますわね。外から回す方」

「言い方」

 

 俺が返すと、恵は肩をすくめた。

 

「褒めていますの」

 

 命が小さく頷く。

 

「……ハヤトさんに合うと思います。落ち着いて状況を見られますから」

 

 その言い方が丁寧すぎて、逆に熱が上がる。

 俺は顔に出さない。

 

「ありがとう」

 

 日和が腕を組んで、わざとらしく真面目な顔を作る。

 

「で。参謀ってことは、頭使うやつね。現場で“こっちです”って言うやつね」

「そう」

 

「なるほど。じゃあさ、今日の放課後、祝う? 冬休み明けだし」

「寒いから無理」

「即答!」

 

 レンが小さく笑って、俺の方を見る。

 

「でも、すごいね。冬休み終わってすぐにそれ。……忙しくなる?」

 

「なる」

 

 短く言うと、日和が親指を立てた。

 

「よし。じゃあ、忙しくなる前に。今日は情報聞き出す日。全部吐いちゃいなよ~」

「無理」

 

 そのやり取りに、恵が楽しそうに目を細める。

 命は笑っていない。でも、空気が少しだけ柔らかくなっているのが分かった。

 

 俺は踊り場の窓の外を見る。白い光。冬の空。

 

 大きな仕事。

 学校に戻って、すぐにこれ。

 

 ――でも、やることは同じだ。

 

 役に嘘を入れない。

 

 日和が手すりにもたれて、俺の顔を覗き込む。

 

「で、どんなドラマ? 学園? 刑事? 恋愛?」

「言えない」

「出た。言えない。はいはい、秘密ね」

 

 日和はわざとらしく頷いて、すぐ次に行く。

 

「じゃあさ、言えないなら“言える範囲”で。制服? スーツ? どっち?」

「……スーツ」

 

 レンが小さく息を吸った。

 

「スーツ……似合いそう」

「やめろ」

「え、褒めたのに」

 

 恵が楽しそうに笑う。

 

「参謀でスーツ。わたくし、もう映像が浮かびますわ。腕を組んで立っていそうですもの」

「腕組まない」

「する顔ですわ」

 

 日和が指を鳴らした。

 

「はい決定。スーツで腕組んで、静かに“行きましょう”って言う」

「言わない」

「言うって。視聴者が死ぬって」

 

 一瞬考える。どうだろうな俺が本気を出せば行けるか?

 

 命は少しだけ間を置いて、丁寧に言った。

 

「……準備も大変そうですね。アクションも、ありますか」

「ある」

 

 命の視線が一瞬だけ俺の肩に落ちる。

 怪我の心配をしてる。表情には出ないのに分かる。

 

「無茶はしない」

「……はい」

 

 その返事が、短いのに妙に重い。

 俺は頷いて、それ以上は言わなかった。

 

 レンがふっと表情を和らげた。

 

「でも、冬休み明けにそれって、すごいね。……嬉しい?」

「……嬉しい」

 

 言った瞬間、日和が大げさに身を乗り出す。

 

「出た! 今、嬉しいって言った! レア!」

「言ったけど」

「よし、今日記念日。冬休み明け“ハヤト嬉しい”記念日」

 

 恵が上品に頷く。

 

「カレンダーに書きますわ」

「やめろ」

 

 軽口が続くのに、踊り場の空気は不思議と落ち着いていた。

 屋上より寒くない。声が響きすぎない。ちょうどいい距離。

 

 チャイムが鳴って、階段の下から足音が増える。

 

「戻るか」

 俺が言うと、日和が即答する。

 

「戻る戻る。寒いのは嫌。授業はもっと嫌だけど」

「どっちも嫌なんだ」

 

 レンが笑って、先に降り始める。

 恵は手袋を整えながら、俺にだけ聞こえるくらいの声で言った。

 

「……忙しくなっても、崩れませんことね」

「崩さない」

 

 命が最後に小さく会釈する。

 

「……頑張ってください」

「ありがとう」

 

 教室に戻る途中、俺のスマホが震えた。

 表示は浅野さん。

 

『ハヤト君、明日放課後。顔合わせの資料、渡す。短時間でいい』

 

 俺は画面を一度見て、スマホをしまった。

 

 冬休みは終わった。

 学校も、日常も、戻ってきた。

 

 その上に、新しい仕事が乗る。

 

 階段を降りながら、俺は息を整える。

 焦らない。浮かれない。

 ――積むだけだ。

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