翌日の放課後。
教室の喧騒が少し落ち着いたころ、俺は鞄を肩にかけた。
日和が机に肘をついて、にやっとする。
「行くの? 打ち合わせ」
「行く」
レンが小さく手を振った。
「気をつけて」
「うん」
命は席の横で立っていて、俺の方を見た。
いつも通りの表情。でも、目だけが少しだけ真剣だ。
「……無理は、しないでください」
「しない」
短く返すと、命は小さく頷いた。
校門を出ると、冬の空気が刺さる。
駅までの道を早足で歩き、電車に乗る。
スマホが震えた。浅野さん。
『ハヤト君、スタジオの受付で名前言って。三階の会議室。遅れそうなら連絡』
「承知しました。今、駅です」
『焦らなくていい。まず“空気”見てきなさい』
「はい」
通話が切れる。
スタジオに着くと、入口のガラス扉の向こうがもう別の世界だった。
人が早い。声が短い。紙が動く。時間が動く。
「天城隼人です。浅野さんから呼ばれていて――」
受付の人がすぐに確認して、首から下げる入館証を渡してくる。
「三階です。エレベーター奥になります」
「ありがとうございます」
エレベーターを降りると、廊下の先に会議室。
ドアの前で一度だけ息を整えて、ノックする。
「失礼します」
中は長机が並んでいて、資料の束。モニター。
すでに何人か座っていた。スーツの人、パーカーの人、台本に付箋だらけの人。
浅野さんが奥から手を上げる。
「ハヤト君。こっち」
「失礼します。よろしくお願いします」
浅野さんの隣に立つと、浅野さんが短く紹介した。
「今日が顔合わせ。監督、プロデューサー、脚本、アクション班。――で、ハヤト君は三号の参謀役。後半に限定変身の枠」
視線が集まる。
俺は一度だけ頭を下げた。
「天城隼人です。よろしくお願いいたします」
監督が軽く頷いて言った。
「来てくれて助かる。君の役は“現場を整える人”だ。派手じゃない。でも、一番頼りにされる」
「承知しました」
プロデューサーが資料を滑らせる。
「まず全体の方針。全36話で、後半の5回だけ変身。第25、28、31、34、36。これは確定で進めます」
浅野さんが俺の方を見た。
「ハヤト君、質問ある?」
俺は資料に目を落として、必要なところだけ確認する。
「……参謀の立ち位置は、二人のライダーの外側で固定ですか。現場に出る回数は、どの程度を想定していますか」
監督がすぐ答えた。
「基本は外。だが、外だから見えるものがある。現場に出る回数は多い。戦うためじゃない。守るために出る」
俺は頷いた。
「分かりました」
脚本家が言葉を継いだ。
「参謀の台詞は少ない。でも、決めるところだけ長くする。ハヤト君の“言い切る力”を使いたい」
浅野さんが、俺の背中を押すみたいに言った。
「ほらな。やることは同じだ」
俺は短く返した。
「はい。役に嘘は入れません」
会議室の空気が少しだけ締まる。
次のページがめくられた。
「じゃあ、読み合わせから入ろう」
読み合わせが一周終わった。
台本を閉じる音が重なって、会議室の空気が少しだけ緩む。
監督がペンを置いて、俺を見た。
「ハヤト君」
「はい」
監督は、笑う手前の顔で頷く。
「うん。いいわ」
その一言で、周りのスタッフの視線が集まった。
監督は台本に視線を落としたまま、続ける。
「余計な芝居を足さないで、言葉だけで届かせるでしょ。……それ、出来そうで出来ない子が多いの」
プロデューサーが資料を胸に抱えたまま、ふっと息を吐く。
「助かるわ。参謀役って、変に“賢い顔”だけされると薄く見えるのよね。でもハヤト君、薄くならない」
助監督も頷いて、控えめに言う。
「声を張ってないのに、ちゃんと聞こえるの。距離感が崩れないの、いいなって思いました」
監督が顔を上げて、言葉を選ぶみたいに少しだけ間を置く。
「男の子の芝居って、気合いで押しちゃうと途端に雑になりやすいの。大きくやれば届くって思いがちで。――でもハヤト君は、立ってるだけで残るわ」
俺は短く頭を下げた。
「ありがとうございます」
監督はすぐに甘くしない。そこもプロだ。
「褒めてる。けど、条件つきね」
台本のある箇所を、指先で軽く叩く。
「参謀は“落ち着いて見える”だけじゃ足りないの。背負ってる感じが必要。ハヤト君、そこ作れると思う。今の読みで分かったから」
「承知しました」
制作の人が、少しだけ前のめりになる。
「あとね、ここの一言。長くしなくていいんだけど、最後だけ温度を落としてほしいの。怖くするんじゃなくて、“決めてる”って伝える感じ」
「分かりました。調整します」
監督が小さく笑って、手を叩いた。
「じゃ、次いきましょ。ここ、もう一回。台詞は変えない。――間だけ変えるわね」
会議室の空気がまた締まって、ページがめくられた。
俺は姿勢を整える。
褒められたからじゃない。
求められている形が、はっきりしたから。