※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

173 / 238
173話 ルーシッドライダーズ読み合わせ初日

 翌日の放課後。

 教室の喧騒が少し落ち着いたころ、俺は鞄を肩にかけた。

 

 日和が机に肘をついて、にやっとする。

 

「行くの? 打ち合わせ」

「行く」

 

 レンが小さく手を振った。

 

「気をつけて」

「うん」

 

 命は席の横で立っていて、俺の方を見た。

 いつも通りの表情。でも、目だけが少しだけ真剣だ。

 

「……無理は、しないでください」

「しない」

 

 短く返すと、命は小さく頷いた。

 

 校門を出ると、冬の空気が刺さる。

 駅までの道を早足で歩き、電車に乗る。

 

 スマホが震えた。浅野さん。

 

『ハヤト君、スタジオの受付で名前言って。三階の会議室。遅れそうなら連絡』

「承知しました。今、駅です」

『焦らなくていい。まず“空気”見てきなさい』

「はい」

 

 通話が切れる。

 

 スタジオに着くと、入口のガラス扉の向こうがもう別の世界だった。

 人が早い。声が短い。紙が動く。時間が動く。

 

「天城隼人です。浅野さんから呼ばれていて――」

 

 受付の人がすぐに確認して、首から下げる入館証を渡してくる。

 

「三階です。エレベーター奥になります」

「ありがとうございます」

 

 エレベーターを降りると、廊下の先に会議室。

 ドアの前で一度だけ息を整えて、ノックする。

 

「失礼します」

 

 中は長机が並んでいて、資料の束。モニター。

 すでに何人か座っていた。スーツの人、パーカーの人、台本に付箋だらけの人。

 

 浅野さんが奥から手を上げる。

 

「ハヤト君。こっち」

「失礼します。よろしくお願いします」

 

 浅野さんの隣に立つと、浅野さんが短く紹介した。

 

「今日が顔合わせ。監督、プロデューサー、脚本、アクション班。――で、ハヤト君は三号の参謀役。後半に限定変身の枠」

 

 視線が集まる。

 俺は一度だけ頭を下げた。

 

「天城隼人です。よろしくお願いいたします」

 

 監督が軽く頷いて言った。

 

「来てくれて助かる。君の役は“現場を整える人”だ。派手じゃない。でも、一番頼りにされる」

「承知しました」

 

 プロデューサーが資料を滑らせる。

 

「まず全体の方針。全36話で、後半の5回だけ変身。第25、28、31、34、36。これは確定で進めます」

 

 浅野さんが俺の方を見た。

 

「ハヤト君、質問ある?」

 

 俺は資料に目を落として、必要なところだけ確認する。

 

「……参謀の立ち位置は、二人のライダーの外側で固定ですか。現場に出る回数は、どの程度を想定していますか」

 

 監督がすぐ答えた。

 

「基本は外。だが、外だから見えるものがある。現場に出る回数は多い。戦うためじゃない。守るために出る」

 

 俺は頷いた。

 

「分かりました」

 

 脚本家が言葉を継いだ。

 

「参謀の台詞は少ない。でも、決めるところだけ長くする。ハヤト君の“言い切る力”を使いたい」

 

 浅野さんが、俺の背中を押すみたいに言った。

 

「ほらな。やることは同じだ」

 

 俺は短く返した。

 

「はい。役に嘘は入れません」

 

 会議室の空気が少しだけ締まる。

 次のページがめくられた。

 

「じゃあ、読み合わせから入ろう」

 

 読み合わせが一周終わった。

 

 台本を閉じる音が重なって、会議室の空気が少しだけ緩む。

 監督がペンを置いて、俺を見た。

 

「ハヤト君」

「はい」

 

 監督は、笑う手前の顔で頷く。

 

「うん。いいわ」

 

 その一言で、周りのスタッフの視線が集まった。

 監督は台本に視線を落としたまま、続ける。

 

「余計な芝居を足さないで、言葉だけで届かせるでしょ。……それ、出来そうで出来ない子が多いの」

 

 プロデューサーが資料を胸に抱えたまま、ふっと息を吐く。

 

「助かるわ。参謀役って、変に“賢い顔”だけされると薄く見えるのよね。でもハヤト君、薄くならない」

 

 助監督も頷いて、控えめに言う。

 

「声を張ってないのに、ちゃんと聞こえるの。距離感が崩れないの、いいなって思いました」

 

 監督が顔を上げて、言葉を選ぶみたいに少しだけ間を置く。

 

「男の子の芝居って、気合いで押しちゃうと途端に雑になりやすいの。大きくやれば届くって思いがちで。――でもハヤト君は、立ってるだけで残るわ」

 

 俺は短く頭を下げた。

 

「ありがとうございます」

 

 監督はすぐに甘くしない。そこもプロだ。

 

「褒めてる。けど、条件つきね」

 

 台本のある箇所を、指先で軽く叩く。

 

「参謀は“落ち着いて見える”だけじゃ足りないの。背負ってる感じが必要。ハヤト君、そこ作れると思う。今の読みで分かったから」

「承知しました」

 

 制作の人が、少しだけ前のめりになる。

 

「あとね、ここの一言。長くしなくていいんだけど、最後だけ温度を落としてほしいの。怖くするんじゃなくて、“決めてる”って伝える感じ」

「分かりました。調整します」

 

 監督が小さく笑って、手を叩いた。

 

「じゃ、次いきましょ。ここ、もう一回。台詞は変えない。――間だけ変えるわね」

 

 会議室の空気がまた締まって、ページがめくられた。

 俺は姿勢を整える。

 

 褒められたからじゃない。

 求められている形が、はっきりしたから。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。