※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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175話 ルーシッドライダーズ初日の挨拶

 撮影は、合間の時間が長い。

 

 ライトの位置を変える。

 カメラを組み替える。

 音を整える。

 現場は止まっているように見えて、ずっと動いている。

 

 俺はモニター前の端で台本を開き直していた。

 参謀、氷室斎音(ひむろさいおん)。第1話の初台詞。短い。だから誤魔化せない。

 

 監督が手を上げた。

 

「一回、五分休憩ね。――役者さん、ここで挨拶だけ済ませちゃいましょ」

 

 助監督が声を通す。

 

「はい、俳優さん集合でお願いしまーす」

 

 浅野さんが俺を手招きした。

 

「ハヤト君。こっち」

「はい」

 

 輪の中に入ると、すでに主役の二人が立っていた。

 防寒の上着を羽織ってる。朝の硬さは残っているけど、目はちゃんと前を向いてる。

 

 監督がにこっと笑う。

 

「初日だしね。空気作るためにも、さっと行こ。――まず、今日から合流の方」

 

 浅野さんが一歩前に出て、短くまとめた。

 

「天城隼人。参謀役。役名は氷室斎音(ひむろさいおん)。後半で限定変身の三号もやる。――ハヤト君、挨拶」

 

 俺は一歩前に出て、頭を下げた。

 

「天城隼人です。本日から参加させていただきます。至らない点もあると思いますが、よろしくお願いいたします」

 

 監督が頷く。

 

「よろしくね、ハヤト君。頼りにしてるわ」

 

 プロデューサーも柔らかい声で続けた。

 

「うん、よろしく。斎音って作品の背骨になるから、すごく助かる」

 

 助監督が笑って手を振る。

 

「今日から一緒に走ろうね。困ったらすぐ言って」

 

 俺は短く返す。

 

「ありがとうございます。よろしくお願いします」

 

 主演の女性が一歩前に出た。

 主人公、朝霧ひかり役。現場に馴染むのが早いタイプの空気がある。

 

「朝霧ひかり役の、白石玲(しらいしれい)です。よろしくお願いします」

 

 俺は頭を下げる。

 

「よろしくお願いいたします」

 

 二号ライダー役の女性も、すっと立つ。

 獅堂紗夜役。視線が強い。立ち方が綺麗だ。

 

「獅堂紗夜(しどうさや)役の、桐谷(きりたに)みさきです。よろしくお願いします」

「よろしくお願いいたします」

 

 その横に、もう一人。

 きれいめのコート。首元のマフラーが丁寧に巻かれている。

 男ヒロイン――朝倉澪人役。

 

 彼が軽く頭を下げた。

 

「朝倉澪人(あさくられいと)役の、神崎颯真(かんざきそうま)です。よろしくお願いします」

 

 監督がふっと笑う。

 

「澪人はね、感情の鍵を握る役。みんな、扱い丁寧にお願いね」

 

 場が少しだけ和む。

 神崎さんが穏やかに頷いた。

 

「よろしくお願いします。現場、初日なので、ご迷惑かけたらすみません」

 

 白石さんがすぐ返す。

 

「全然。むしろよろしく。澪人、頼ると思う」

 

 桐谷さんも短く頷く。

 

「うん。鍵、預けるね」

 

 浅野さんが俺の横で小さく息を吐いた。

 

「――いい感じだな」

 

 監督が手を叩く。

 

「はい、挨拶終わり。じゃあ次の段取り行くわよ。まずひかりと紗夜、立ち位置確認。斎音は“止める”だけでいいから、そこに立って」

「承知しました」

 

 輪がほどけて、各自が持ち場へ戻っていく。

 俺も台本を閉じて、指定の位置へ歩いた。

 

 挨拶は終わった。

 次は芝居で、氷室斎音(ひむろさいおん)を立たせる番だ。

 

 俺は指定の位置に立つ。

 床のテープ。目線の先。距離。

 参謀は動かない。動かないから、全部が見える。

 

 監督がこちらを見て、柔らかく言った。

 

「ハヤト君、今日の斎音は“まだ距離がある”でいいの。優しく見せなくていい。冷たくもしなくていい。整理してる人、で」

「承知しました」

 

 助監督が段取りを確認する。

 

「シーン14、会議室。ひかりと紗夜が焦って入ってくる。澪人が追いかけてくる。斎音はもう中で資料見てる。――それで行きます」

 

 プロデューサーが資料を抱えたまま、軽く笑う。

 

「カメラ寄りで行くから、手元きれいにね。斎音の“几帳面さ”が出ると助かるの」

 

「はい」

 

 机の上には資料の束。

 端が揃っていて、付箋の位置も決まっている。

 俺はペンを持って、呼吸を落とした。

 

 白石さんが位置につきながら、目だけこちらに向ける。

 

「ハヤト君、さっきの“止める”目線、すごいね。どうやって作ってるの?」

 

 俺は短く返す。

 

「止める理由を、先に決めます」

「それが参謀っぽいんだよなあ」

 

 桐谷さんが横から、さらっと言う。

 

「怒鳴らないのに止まるって、逆に怖い。いい意味で」

 

 神崎さんが小さく頷いた。

 

「僕、そこに助けられそうです」

 

 監督が手を上げる。

 

「じゃ、行くわよ。――よーい」

 

 現場が静かになる。

 必要な音だけ残って、余計な音が消える。

 

「アクション」

 

 俺は資料に視線を落としたまま、ペンを動かす。

 書き込むのは数字と矢印だけ。

 斎音の頭の中の“整理”を、手元で見せる。

 

 ドアが開く音。

 

「斎音! 今すぐ行く、間に合う!」

 

 ひかりが飛び込んでくる。勢いが強い。

 その勢いが、部屋の温度を上げる。

 

「待って、ひかり! 相手の範囲が広がってる!」

 

 紗夜が追う。声が少しだけ尖る。

 

 その後ろから、澪人が息を切らして入ってきた。

 

「二人とも……今行っても、逆に巻き込まれます」

 

 俺はまだ顔を上げない。

 焦りに引っ張られたら負けだ。

 参謀は、焦りを落とす側。

 

 ひかりが机の前まで詰め寄る。

 

「でも、誰かが――!」

 

 そこで、俺は初めて顔を上げた。

 視線をひかりに合わせる。

 

「朝霧。止まれ」

 

 短い。

 急がない。

 言い切って、置く。

 

 ひかりの足が止まる。呼吸が一瞬だけ詰まる。

 それだけで、部屋の温度が一段落ちた。

 

 俺は次に、紗夜を見る。

 

「獅堂も。言葉が尖ってる。今は要らない」

 

 紗夜が口を結ぶ。目だけが強い。

 

「……ムカつくけど、正しい」

 

 澪人の視線が、机の上の資料に落ちる。

 

「それ……僕のログの反応?」

 

 俺は一枚だけ紙を滑らせて、澪人の前に置いた。

 

「そう。鍵が動いた。お前が狙われる」

 

 ひかりが歯を食いしばる。

 

「じゃあ、守るしかない」

「守る。だが順番がある」

 

 俺は紙の端を揃えて続けた。

 

「ひかりは外に出ない。紗夜も出ない。澪人はここから動くな」

 

 ひかりが反発する。

 

「外に出なきゃ、止められない!」

 

 俺はひかりを見る。目を逸らさない。

 

「止めるのは、俺がやる」

 

 紗夜が眉を上げる。

 

「参謀が? 今ここで?」

「今ここで。二人は感情を削るな。削ったら、向こうの思う通りだ」

 

 澪人が小さく頷いた。

 

「……分かった。僕、ここにいる」

 

 監督の声。

 

「カット」

 

 次の瞬間、空気が戻る。

 監督はモニターを見ながら、穏やかに笑った。

 

「うん、斎音、立った。今の“止まれ”、すごくいい」

 

 プロデューサーも頷く。

 

「言葉が短いのに、情報量が多い。しかも押してない。ありがたい」

 

 助監督がイヤホンを押さえる。

 

「もう一回いきます。同じテンポで。――位置戻ってください」

 

 俺は短く返した。

 

「承知しました」

 

 現場がまた静かになる。

 同じシーンを、もう一度。

 

 言葉は同じ。

 でも二回目は、一回目より少しだけ深くなる。

 

 ひかりの勢いが半歩落ちる。

 紗夜の声が尖り切らずに、芯だけ残る。

 澪人が入るタイミングが、ほんの少し早い。

 

 俺はその変化を受け取って、台詞の間を微調整する。

 

「朝霧。止まれ」

 

 今度は、ほんの少しだけ優しい。

 優しいけど、甘くない。

 

 監督が小さく頷くのが、視界の端で分かった。

 

「カット。OK。次、斎音の初台詞、もう一段いくわよ」

 

 監督が言った。

 

「次は、ひかりの顔を見てから“答え”を出して。斎音は人を見て判断する。そこ、見せたいの」

「承知しました」

 

 台本のページをめくる。

 斎音の次の台詞は、少しだけ長。

 短い言葉で締めてきた分、ここで残す。

 

 浅野さんが俺の横に来て、小さく言った。

 

「今の、いい。続けろ。――ハヤト君、ここからが本番だ」

「はい」

 

 俺は息を整えて、指定の位置に戻る。

 

 次のシーン番号が呼ばれる。

 会議室の空気が、また薄くなる。

 

 そして――斎音の言葉が、初めて“説明”になる。

 大きく言わない。

 でも、置いた瞬間に、全員が同じ方向を見る言葉だ。




 
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