※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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18話 御堂命(みどうみこと)との出会い

 入学式の朝は、少しだけ早かった。通勤ラッシュにはまだ遠い時間帯の電車は思ったより空いていて、新しいブレザーの生地が擦れる音だけがやけに耳につく。向かいの座席に、レンがちょこんと座っていた。

 

(……中学生、か)

 

 窓に映る自分を見てから、ブレザーの前を軽く整える。シャツの襟元を直し、ネクタイを締め直す。レンは落ち着かない様子で、膝の上の鞄の持ち手を何度も握り直していた。

 

「ハヤト、ネクタイ曲がってない?」

「大丈夫だろ」

「そっか……初日だしさ、ちょっと緊張してて」

 

 そう言って笑うレンは、いつも通りだ。少しだけ、それに救われる。前世の記憶があるせいか、こういう「区切り」の朝でも妙に冷静でいられる自分と、レンの素直な緊張が、ちょうど噛み合っていた。

 

 次の駅で、年上に見える女子の集団が乗ってくる。空気が一段、賑やかになる。視線が集まるのを感じて、軽く息を吐いた。レンは気づいたのか、声を落とす。

 

「……見られてるね」

「まあな」

 

 ブレザーを着ていると、やっぱり違う。今日からは、ここが日常になる。

 

 目的の駅が近づく。アナウンスが流れる。同じ駅で降りるであろう、新しいブレザー姿の生徒たちが立ち上がる。レンも鞄を肩にかけ、こちらを見る。

 

(……考えても仕方ないか)

 

 電車は減速し、ドアが開いた。

 

 ホームに降りる。顔を上げると、駅前の並木道が桜で埋まっていた。満開で、遠慮がない。枝という枝に薄紅色が重なり、風が吹くたびに花びらが舞う。

 

「うわ……」

 レンが素直に声を漏らす。

「綺麗だな」

「入学式に合わせたみたいだね」

 

 同じ学校に向かう人の流れが自然とできている。ブレザー姿の女子が大半なのも、もう当たり前だ。会話の端々から、「クラス分けどうなるかな」「男子、いるかな?」「今日見られるかな」といった声が聞こえる。

 

 桜の下を、レンと並んで歩く。校門までは、あと少し。風が吹き、花びらがブレザーの肩に落ちた。黒地に淡い色が映える。そのとき、足元に白いものが落ちているのが目に入った。人の流れから少し外れた場所だ。

 

「あ、落とし物じゃない?」

 レンの声に頷いて、足を向ける。踏まれる前に拾った方がいい。そう思って、しゃがみ込んだ。

 

 それが、今日の始まりになるなんて──この時は、まだ考えていなかった。

 

 しゃがみ込んで拾い上げたそれは、思ったよりもしっかりした作りだった。白い絹の袋。口を留める紐は細く、触れると指に柔らかく馴染む。表に、控えめな刺繍が施されている。

 

(……家紋?)

 

 見覚えのない意匠だったが、装飾というより標。そういう印象を受けた。飾りではなく、示すためのもの。

 

 白い袋を手に取って、立ち上がる。人の流れから外れているとはいえ、このまま持ち歩くのは気が引けた。

 

「駅前の交番、寄ってく?」

 レンが小声で言う。

「ああ。持ち主が困るだろ」

 

 刺繍の入った袋を見て、レンは一瞬だけ目を細めたが、それ以上は何も言わなかった。余計な詮索をしないところが、こいつらしい。

 

 校門とは逆方向に、数歩だけ足を向ける。

 

 そのとき──

 

「すみません」

 

 背後から、声がかかった。

 柔らかいのに、通る声だった。

 振り返る。

 

 ──そこに立っていたのは、絶世の美少女だった。

 

 思考が、わずかに遅れる。

 脳が現実として受け取るまで、ほんの一拍かかる。

 

 同じブレザーを着ている。化粧も、装飾も、特別なことは何もない。なのに、輪郭だけがはっきりしていた。人混みの中にいるはずなのに、彼女の周囲だけ、空気の密度が違う。

 

 整いすぎた顔立ち。静かな瞳。感情を抑えた口元。

 美しい、という言葉が追いつかない。評価ではなく、事実としてそこにある完成度だった。

 

(……なんだ、これ)

 

「……その袋」

 

 彼女の視線が、俺の手元に落ちる。

 次の瞬間、胸の奥が静かに鳴った。

 

(……あ)

 

 探していた。

 そういう目だった。

 

「落としたの、私で……」

 

 言いかけて、彼女は一瞬だけ言葉を切る。確認するように、袋の刺繍を見る。その仕草に、迷いはなかった。

 

「交番に届けようと思ってた」

 

 俺がそう言うと、彼女は小さく頷いた。

 

「ありがとうございます」

 

 それだけ。

 大げさな感謝も、焦りもない。

 当たり前のように、受け取る側の態度。

 袋を差し出すと、彼女は両手で受け取った。指先が、また一瞬だけ触れる。

 

(この子がいい、この子と結婚したい)

 

 自然とそう思った。

 一目惚れだった。

 お金持ちと結婚したいと不純な動機でこの学校に来たが、今この時は、そんなことも忘れて純粋な恋をしてしまっていた。

 初恋である。

 

「失礼します」

「待って」

「……何でしょうか」

 

 至近距離で見ると、やはり整いすぎている。桜の花びらが一枚、彼女の肩に落ちても、風景の一部にしか見えなかった。

 

「同じ学校だよな? 新入生だろ?」

 

 彼女は俺の制服を一度だけ見て、すぐに理解したように頷いた

 

「はい」

「せっかくだから一緒に行かないか?」

「……構いません」

 

 そうして、三人で歩き出す。

 レンは一歩だけ後ろに下がり、空気を読むように距離を取った。助かる。今は、それがありがたい。

 

「……名前、聞いてもいいか?」

 

 ほんのわずかな間。

 彼女は迷うというより、判断している顔をした。

 

「御堂命(みどうみこと)です」

「俺は天城ハヤトこっちはレン」

「僕、佐久間レンです」

 

 御堂は小さく会釈する

 

 並んで歩くと、不思議なことに視線が集まる。俺とレンと彼女で視線をかっさらう。

 

(……目立つな)

 

 本人は気づいているのか、いないのか。御堂は背筋を伸ばしたまま、淡々と歩いている。

 

「さっきは、助かりました」

 

 歩きながら、彼女が言った。

 

「たまたま見つけただけだよ」

「それでも助かりました、あれは私にとってとても大切なものなんです」

「そうか」

 

 それだけの会話なのに、奇妙に落ち着く。

 

 校門が見えてくる。人の波がさらに密になり、視線の数も増えた。ひそひそとした声が、はっきりと聞こえる。

 

「……誰、あの子」

「御堂って……まさか」

「一緒にいる男子、なに? イケメンすぎじゃない?」

 

 そのざわめきの中心で、御堂は何も変わらない。

 ただ、並んで歩いているだけ。

 

 絶対に彼女を落として見せる。

 

 校門が近づくにつれて、人の流れは一層濃くなった。視線が集まるのを背中で感じる。けれど御堂は歩調を変えない。騒がしさの中心にいながら、まるで自分とは関係がないかのようだった。

 

 校門前に立つと、空気が変わった。

 ざわめきが、一瞬だけ低くなる。

 

「……御堂?」

「まさか、あの御堂……?」

「入ってきたの、あの子?」

 

 囁きは抑えられているのに、はっきりと耳に届く。

 御堂は気づいていないのか、気にしていないのか。校門を見上げ、軽く息を吸った。

 

「……ここですね」

「ああ」

 

 同じ場所に立っているはずなのに、俺たちは明らかに違う注目を浴びていた。男だから、という理由だけじゃない。御堂がここにいる、それ自体が異物だった。

 

「クラス、同じだといいな」

 

 レンが空気を和らげるように言う。

 

「そうですね」

 

 御堂は小さく頷く。

 

 名簿が配られ、クラス分けの掲示板へと人が流れる。俺は自然に御堂の隣に立った。距離は、近すぎない。けれど離れてもいない。

 

 名前を追っていく。

 

 天城 隼人。

 佐久間 レン。

 ――御堂 命。

 

 同じクラスだった。

 俺はこの奇跡に感謝する。

 

 一瞬、目が合う。

 命の口元が、ほんのわずかに緩んだ。錯覚かもしれない。

 

 入学式の列に並ぶ。席は離れていたが、存在は近かった。式辞も校歌も、正直ほとんど頭に入らない。意識の端で、御堂の背筋の伸びた姿だけが残っていた。

 

 式が終わり、教室へ向かう途中。

 人の流れが詰まり、自然と歩みが揃う。

 

「……天城さん」

 

 御堂が、俺の名字を呼んだ。

 

「ハヤトでいい」

「……わかりました、ハヤトさん。私も命と呼んでください」

 

 ここから何かが始まる。

 そう確信しながら、俺は新しい教室の扉をくぐった。

 

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