※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

180 / 238
180話 レンとバレンタインに向けて

 遥香の出産から少し過ぎた。

 湊は元気だそうだ。

 

 撮影の方も、順調に進んだ。

 現場の空気を読むのも、台詞の“置き方”も、少しずつ身体に入る。

 

 平日は放課後の打ち合わせ。

 週末は撮影。

 その繰り返しで、時間がすり減っていくはずなのに――逆に、整っていった。

 

 帰り道。

 台本の角が丸くなってきたのを見て、俺は一度だけ笑った。

 

 そして、二月の頭。

 

 朝の空気が一段冷たい。

 学校の廊下も、窓際がやけに白い。

 

 屋上は寒い。

 だから、屋上前の踊り場に集まっていた。

 

 レンが手を擦り合わせながら言う。

 

「ほんと寒いね……屋上、無理だ」

 

 日和が笑って肩をすくめた。

 

「無理無理。風、刺さるもん。ここで正解」

 

 恵はコートの襟を整えて、いつもの調子で口元を上げる。

 

「ふふ。皆さま、ちゃんと防寒なさって? 倒れたら困りますわ」

 

 俺は短く頷く。

 

「大丈夫」

 

 命は俺の隣で、小さく息を吐いた。

 吐く息が白いのを見て、指先が少しだけ動く。

 

「……寒いですね」

 

「寒い」

 

 命は頷いて、それ以上は言わない。

 でも、今日は少しだけ近い。

 

 日和が俺の顔を覗き込んできた。

 

「で? 撮影。順調? 倒れてない?」

 

「倒れてない。進んでる」

 

「ほら、言った。ハヤト、強い」

 

 レンが安心したみたいに笑う。

 

「よかった……でも、そろそろ“慣れた頃に疲れ”来るよね」

 

 恵が上品に頷いた。

 

「その通りですわ。慣れた頃ほど、無理をなさりやすいもの」

 

 命が、そこで小さく口を開いた。

 

「……はい。無理は、いけません」

 

 俺は命を見る。

 短く返す。

 

「分かってる」

 

 日和が笑顔になる。

 

「はいはい。分かってるって言えるの、偉い」

 

 屋上は寒い。

 だから、屋上前の踊り場に集まっていた。

 

 しばらく雑談していたが、日和が肩をすくめる。

 

「……のど乾いた。買ってくるね」

 

 その一言で、全員が「それな」みたいに動いた。

 俺たちは階段を下りて、購買前の廊下へ向かう。

 

 そこに自販機が並んでいる。

 昼休みは混むけど、今は放課後で空いていた。

 

 日和はボタンの前に立って、しばらく動かない。

 のんびり迷う。

 

「……お茶か、ココアか。どっちでもいいのに、決まんない」

 

 レンが小さく笑う。

 

「お茶でいいじゃん」

「んー……たしかに」

 

 日和はようやくお茶を押して、落ちたペットボトルをゆっくり拾い上げた。

 キャップを開けて一口飲む。

 

「あー……生き返る」

 

 その横で、レンが急に落ち着かない様子で視線を泳がせた。

 

「……ごめん。ちょっとトイレ」

 

 レンが歩き出して、途中で戻ってくる。

 俺の横に並んで、なるべく軽い調子で言った。

 

「……トイレ、ハヤトも一緒に行かない?」

「じゃあ行く」

 

 日和がゆっくり振り返って手を振る。

 

「いってら〜。……待ってるね〜」

 

 トイレの手前で、レンが立ち止まった。

 入る前に、俺の方を向く。

 

「……あのさ」

「何」

 

 レンは手袋の指先をいじりながら、なるべく軽く言う。

 

「もうすぐバレンタインじゃん」

「……そうだな」

「僕、チョコ作ろうかなって思っててさ」

 

 俺は言葉を挟まない。

 レンは続ける。

 

「一人だと失敗しそうだから……ハヤト、一緒に作らない?」

「いいよ」

 

 レンの肩がふっと落ちた。

 

「ほんと? 助かる」

「いつ」

「明日の放課後とか」

「明日ならいける」

「じゃ、明日でで」

 

 レンが少しだけ笑って、すぐ視線を逸らす。

 

「……それでさ。作ったら、日和と澪にあげたい」

「二人に?」

「うん」

 

 俺は頷く。

 

「いいと思う」

 

 レンは小さく息を吐いた。

 

「じゃあ、決まり。ありがと」

「いい」

 

 レンと俺は、ほぼ同時にトイレから出た。

 

 廊下の空気は少し冷たくて、さっきより静かだった。

 レンは手を拭きながら、小さく息を吐く。

 

「……なんか、すっきりした」

「ならよかった」

 

 俺が言うと、レンは少しだけ笑った。

 歩き出しながら、声を落とす。

 

「明日の放課後、僕んちに集合ね」

「分かった」

「ありがと」

 

 角を曲がると、日和がのんびり手を振っていた。

 片手に飲みかけの水。

 恵は腕を組み、命は静かにこちらを見ている。

 

「おかえり〜」

 

 日和がゆるく言う。

 

「ただいま」

 

 レンが返す。

 

 俺たちは四人のところへ戻った。

 レンの歩幅は、行く時より少し軽い。

 

 日和は飲みかけの水を両手で持ったまま、のんびり首をかしげる。

 

「ん、なんか二人とも落ち着いた?いい顔してる」

 

 レンが先に返した。

 

「うん。ちょっとだけね」

 

 恵が目を細めて、上品に笑う。

 

「ふふ。よろしいですわ。寒い日に顔色が良いのは、大事ですもの」

 

 命は俺のコートの袖口を一瞬だけ見て、すぐ視線を戻した。

 小さく、丁寧に言う。

 

「……手、冷えていませんか」

「大丈夫」

 

 俺が短く返すと、命は小さく頷いた。

 それだけなのに、呼吸が少し柔らかくなる。

 

 日和が空になったペットボトルをくるっと回す。

 

「このあと、どうする〜? ここ、じわじわ冷えるよね」

 

 恵が襟元を整えて、上品に笑った。

 

「でしたら、下へ移動いたしましょう。廊下のほうがまだ暖かいですわ」

 

 日和が手をぱん、と軽く合わせる。

 

「じゃ、移動しよ。階段のとこ、風くるし」

 

 俺たちは踊り場を離れて、ゆっくり下へ向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。