放課後、鞄を肩にかけたところでスマホが震えた。
画面には浅野さんの名前。
「はい、ハヤトです」
『ハヤト君、今いい? 番宣の話が来た』
俺は廊下の端に寄る。
レンと日和が少し離れて待ってくれた。
「内容は?」
『放送前の共演者トーク。三人並びで一本。作品紹介と現場の話が中心。無茶な企画じゃない』
「日程は」
『3月第1週の土曜、夕方入り。収録は長くて二時間。学校にはかからないように組める』
条件は悪くない。
むしろ、今の流れなら受けるべきだ。
「受けます」
『即答、助かる。先方には私から“出演OK”で返しておく』
「お願いします」
『あと、事前にコメント案だけ作っておいて。“斎音の見どころ”を短く二つ。これは明日まで』
「分かりました」
『いい返事だった。じゃ、また連絡する』
「ありがとうございます」
通話を切る。
画面が暗くなって、廊下の音が戻ってきた。
日和がのんびり近づく。
「なんの電話〜?」
「番宣。共演者トーク」
レンが先に笑う。
「いいじゃん。ハヤト、ああいうの向いてる」
「喋りすぎないようにする」
恵が上品に頷いた。
「ちょうどよろしいですわ。放送前に“作品の空気”を伝えるには、最適ですもの」
命は静かに、でもはっきり言った。
「……ハヤトさんなら、大丈夫です」
俺は短く頷く。
「やることは同じだ。役に嘘を入れない」
スマホをポケットにしまって、階段へ向かう。
番宣も本編の一部だ。
受けると決めたなら、きっちり通す。
階段を下りながら、俺は頭の中でコメントを組み立てる。
短く、分かりやすく。
盛らない。濁さない。
斎音の見どころは二つ。
ひとつは「順番」。
もうひとつは「独りで勝たない判断」。
昇降口で靴を履き替えると、外はもう薄暗かった。
冬の終わりの空気は冷たいのに、どこか軽い。
駅までの道で、もう一度スマホが震える。
浅野さんからメッセージ。
『先方にOK返した。衣装は制服寄りで相談中。事前コメント、明日18時までで』
俺は歩きながら返す。
『了解。2案送ります』
すぐ既読がついて、短く返ってくる。
『助かる。ハヤト君は“言い切る短文”で』
駅のホームで、俺はメモアプリを開く。
人の流れの中で、親指だけ動かした。
――斎音は、派手に勝つ人じゃない。
――焦る場面で、順番を守って街を戻す人だ。
悪くない。
でも、まだ固い。
電車に乗って、窓に映る自分を見る。
言葉は、読んだ時より口に出した時の方が正直だ。
小さく声にして、削る。
「勝つより先に、街を戻す。それが斎音です」
これなら入る。
もう一つ。
「一人の正解より、全員で辿り着く正解を選ぶ。」
指を止めて、保存する。
必要な分だけ、できた。
家に着く頃には夜になっていた。
玄関の灯りの下で、コートのポケットからスマホを出す。
浅野さんへ下書きを送信。
『①勝つより先に、街を戻す。②一人の正解より、全員で辿り着く正解を選ぶ。』
数分で返信が来る。
『それでいこう』
短い文なのに、背中が軽くなる。
受けると決めた仕事が、ひとつ形になった感じがした。
リビングに入ると、母さんが温かいお茶を置いてくれる。
「おかえり。今日は遅かったわね」
「番宣の連絡が入った」
「受けたの?」
「受けた」
母さんは嬉しそうに頷く。
「いいじゃない。先に声が届くと、見始めるきっかけになるもの」
俺は湯気の立つ湯呑みを持つ。
指先が温まる。
「やることは同じだ」
「ええ」
母さんは笑う。
「あなたは、同じを積めるのが強いのよ」
その言葉を聞いて、少しだけ肩の力が抜けた。
机に戻って、明日の予定を開く。
放課後、学校。
そのあと短い打ち合わせ。
週末、撮影。
その先に番宣収録。
詰まっている。
でも、順番は見えている。
俺は手帳の端に、短く書いた。
番宣も本編。嘘を入れない。
ペンを置く。
窓の外は静かな夜だった。
明日は、また一段進める。
そう思ったところで、スマホが短く震えた。
画面には、グループのトーク。
最初に来たのは日和だった。
『今日の風、冷たすぎ〜。みんな生きてる?』
すぐに恵が返す。
『生きておりますわ。日和、語彙が雑ですの』
間を置かず、レン。
『僕は生きてる。今、あったかいお茶で復活中』
その流れのあと、命から短く届く。
『……ハヤトさん、おつかれさまです』
四人分の温度が、画面の中に並ぶ。
それだけで、肩の力がひとつ落ちた。
俺は打つ。
『生きてる』
日和がすぐ返す。
『みんな生きてるね〜』
命は少しだけ間を置いてから、もう一通。
『……温かいものを飲んで、早めに休んでください』
命らしい。
俺は湯呑みに残っていたお茶を飲む。
ぬるくなってるはずなのに、さっきより温かく感じた。
『了解。みんなも風邪ひくな』
送ると、日和が最後にまとめる。
『はーい。じゃあ明日、いつもの場所で!』
恵。
『遅刻は不可ですわよ』
レン。
『先に行ってる』
命。
『……はい。明日』
画面が静かになる。
部屋もまた静かになる。
でも、さっきの静けさとは違った。
一人で詰めていた頭の中に、ちゃんと余白が戻っている。
俺は机の明かりを落として、椅子から立った。
寝室に移ると二人が先に横になっていた。
恵が毛布から少しだけ顔を出した。
「ハヤトさん、もう初めますの?」
「そうだな、命と恵が良ければ」
「私は……したい、です」
命が頬を染める
「好きですわね、ハヤトさんも、命も、そして私も」