※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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188話 卒業式のあと、春休みへ

 上級生の卒業式が終わると、校内の音がひとつ減る。

 拍手の余韻が消えた廊下は、いつもより広く見えた。

 窓の外の桜は、まだ咲いていない。

 

 式の片付けを終えて、俺たちは屋上前の踊り場に集まった。

 手すりに触れる風は冷たい。

 でも、冬の終わりの冷たさじゃない。

 

 日和がのんびり口を開く。

 

「卒業式って、ちょっとしんみりするよね」

 

 レンが小さく頷く。

 

「分かる。人が減ると、学校の音が変わる」

 

 恵は姿勢を崩さず、丁寧に言った。

 

「節目ですもの。寂しさがあるのは自然ですわ」

 

 命は俺の隣に立ち、前を見たまま続ける。

 

「……でも、進む時期でもあります」

「そうだな」

 

 短く返したとき、ポケットのスマホが震えた。

 浅野さんから、短い連絡。

 

『放送反応は良好。進行は予定どおり。共有事項は後でまとめて送る』

 

 俺はすぐ返す。

 

『了解です』

 

 画面を閉じる。

 余計な文はない。

 それで十分だった。

 

 日和がこちらを見て笑う。

 

「仕事の連絡?」

「ああ。予定どおり進んでる」

 

 レンが言う。

 

「いいね。慌てなくて済む」

 

 恵がうなずく。

 

「評判が良い時ほど、足元を固めるべきですわね」

 

 命は静かに言葉を重ねた。

 

「……無理はしないでください。けれど、止まらないでください」

「分かった」

 

 命は小さく頷いた。

 表情は大きく変わらない。

 それでも、その一言には重さがある。

 

 チャイムが鳴って、下校の流れが動き出す。

 階段を降りながら、日和が振り向いた。

 

「春休み入っても、たまには集まろ。近況聞きたいし」

「いいな」

 

 レンがすぐ乗る。

 

「短時間でいいなら、僕も合わせる」

 

 恵が柔らかくまとめる。

 

「では、春休み第一回の作戦会議ということで」

 

 命も小さく言った。

 

「……はい」

 

 昇降口を出ると、空気が少しだけやわらかい。

 季節が変わる匂いがした。

 

 撮影は裏で回り、連絡は必要な分だけ届く。

 俺たちは表で騒がない。

 その代わり、見えないところで積み重ねる。

 

 卒業式が終わって、春休みに入る。

 区切りはついた。

 だから次は、静かに進める番だ。

 

 窓の外の夜風はまだ冷たい。

 それでも、明日はもう春休みの時間で動く。

 

 ☆

 

 春休みの朝は、学校がない分だけ静かだった。

 目覚ましの音で起きても、急いで制服を着る必要がない。

 それでも、体はいつもの時間に動いた。

 

 テーブルの上には、浅野さんから届いた共有メモ。

 長い文章じゃない。

 必要な項目だけが並んでいる。

 

 放送反応は継続して好調。

 広報は予定どおり。

 現場進行も予定どおり。

 追加連絡は必要時のみ。

 

 それを読んで、スマホを伏せる。

 十分だ。

 見えないところで回っているものを、毎回全部見る必要はない。

 

 昼前、グループチャットに日和から通知が来る。

 

 日和

『今日、短く集まる? 春休み一回目の顔合わせしたい』

 

 蓮

『行ける』

 

 恵

『わたくしも問題ありませんわ』

 

 命

『……私も、大丈夫です』

 

 俺は短く打つ。

 

『午後、御堂家で』

 

 午後、御堂家の応接室に五人が揃った。

 磨かれたテーブルに湯気の立つ紅茶。

 窓の外の庭は、春の光を薄く受けている。

 

 日和がソファに腰を下ろして笑う。

 

「春休み初日からこの落ち着き、なんかいいね」

 

 レンが頷く。

 

「うん。移動も少ないし、話しやすい」

 

 恵はカップを丁寧に持ち上げる。

 

「ここなら周りを気にせず確認できますわ。春休みの最初としては最適ですわね」

 

 命は俺の隣で、静かにカップへ手を添えた。

 

「……はい。揃える機会は、必要だと思います」

 

 俺は全員を見て、短く言う。

 

「春休み中も、連絡はこまめに。無理はしない。予定変更は早めに共有」

 

 日和がすぐ手を上げる。

 

「了解。あと、雑談も必要。真面目だけだと息切れする」

 

 レンが笑う。

 

「それはほんと」

 

 恵も同意する。

 

「採用ですわ」

 

 命は小さく頷いた。

 

「……私も、賛成です」

 

 話がひと区切りついたところで、応接室の扉がノックされた。

 執事の渡会風香さんがワゴンを押して入ってくる。

 焼きたての小さなパイと、追加の紅茶。

 

「失礼いたします。差し替えのお茶をお持ちしました」

「ありがとう、渡会さん」

 

 俺が受け取ると、渡会さんは丁寧に一礼して下がった。

 

 日和が目を丸くする。

 

「え、これ手作り? すご」

「ええ。御堂家のお菓子は美味しいですわよ」

 

 レンはパイを半分に割って、素直に言う。

 

「おいしい。これ、緊張ほぐれる味」

 

 命も小さく頷く。

 

「……甘さがちょうどいいです」

 

 空気がやわらいだところで、俺はテーブルの上にメモを置いた。

 手書きで三行だけ。

 

 一、連絡は短く早く。

 二、予定変更は当日より前。

 三、無理は隠さない。

 

「春休みのルール、これでいく」

 

 日和が指を折りながら読む。

 

「うん、分かりやすい。三つなら守れる」

 

 レンも頷く。

 

「これなら迷わないね」

 

 恵が紅茶を置く。

 

「よろしいですわ。曖昧な“頑張る”より、ずっと実用的ですもの」

 

 命はメモを見つめてから、静かに言った。

 

「……三つ目、好きです」

 

 俺は命を見る。

 

「無理を隠すと、順番が崩れるからな」

「……はい」

 

 命はそれ以上言わなかった。

 でも、視線の温度が少しだけ上がる。

 

 日和が空気を軽くするように笑う。

 

「じゃ、四つ目追加。“甘いものは正義”」

 

 レンが吹き出す。

 

「それ、ルール?」

「大事な補助線」

 

 恵が肩をすくめる。

 

「却下……と言いたいところですが、今日は可決でよろしいですわ」

 

 小さな笑いが広がる。

 張っていた空気が、ちょうどいいところまでほどけた。

 

 夕方が近づき、窓の光が少し傾く。

 解散前、俺たちは次の集合だけ決めた。

 放送日の翌日、同じく御堂家。

 短時間で感想と予定確認。

 

 立ち上がると、命が隣で小さく声をかける。

 

「……ハヤトさん」

「ん?」

「……今日、ありがとうございます。落ち着きました」

「こっちもだ」

 

 命はほんの少しだけ微笑んだ。

 命は最近笑顔が多い。

 いいことだな。

 

 玄関先で見送りをして、レンと日和が帰っていく。

 恵も「また明日連絡しますわ」と言って階段を上がった。

 

 静かになった廊下で、スマホが短く震える。

 浅野さんから一行。

 

『共有助かる。春休み中、その運用で進めよう』

 

 俺はすぐ返す。

 

『了解です』

 

 画面を閉じる。

 見えるところは静かで、見えないところは進んでいる。

 その形が、今はいちばんいい。

 

 俺は応接室の灯りを落として、浅野さんに送る共有メモをまとめた。

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