※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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190話 陽菜乃さんの相談

 翌朝、東屋(あずまや)の障子を開けると、庭の空気はまだ少し冷たかった。

 

 俺と命は並んで座り、湯気の立つ茶を前にして、陽菜乃姉さんの言葉を待つ。

 

 命はいつものように、俺の腕をそっと取っている。

 

「朝早くにお時間を頂き、ありがとうございます」

 

 陽菜乃さんは丁寧に一礼してから、まず命へ視線を向けた。

 

「今日は、命のことをゆっくり伺いたく存じます。無理なく過ごせておりますか」

 

 命は視線を落とさず、小さくうなずく。

 

「はい。前より、ちゃんと眠れる日が増えました」

 

 陽菜乃さんは、急がずに言葉を重ねる。

 

「それは何よりでございます。気持ちが張りすぎる日は、まだございますか」

「あります。でも、長くは続きません」

 

 命の指先が、俺の腕を少しだけ握り直す。

 

「ハヤトさんが隣にいてくれるので、戻ってこられます」

 

 陽菜乃さんの目元が、やわらかくほどけた。

 

「左様でございますか。命がご自身の言葉でそう申せるようになったことを、私はとても嬉しく思います」

 

 少し間を置いて、今度は俺を見る。

 

「ハヤトさん、命の様子で、気づかれた変化はございますか」

「そうですね……笑顔が増えたと思います」

 

 陽菜乃姉さんは静かにうなずく。

 

「ありがとうございます。短くても、十分に伝わります」

 

 命は茶碗を両手で包んで、息をひとつ整えた。

 

「陽菜乃姉さん。私、まだ迷うことはあります。でも、迷ったままでも止まらないようにしたいです」

「ええ、その歩み方でよろしゅうございます。迷いがあることと、進めないことは別でございますから」

 

 庭の竹が、風に触れて小さく鳴る。

 

 陽菜乃さんは湯呑みを置き、穏やかに言う。

 

「実は、ひとつご相談がございます。私、いまだパートナーを決められずにおります」

「ご縁のお話は頂くのですが、どなたにも頷けません。このままでは周囲にもご迷惑をおかけしてしまいます」

 

 陽菜乃さんは、そこで一度だけ視線を庭へ逃がした。

 

「率直に申しますと、良い殿方が見当たらないのでございます。肩書だけで近づく方、こちらの都合を聞かずに話を進める方、言葉は立派でも肝心なところで引いてしまう方……そのようなご縁ばかりでございました」

 

 命が静かに相槌を打つ。

 

「……そうだったんですね」

「はい。私が求めるのは、派手さではございません。逃げない方、私を急かさずに歩幅を合わせてくださる方、必要な時だけ前に出て、普段は静かに支えてくださる方、目上には礼を尽くし、内と外で態度を変えない方。そのような殿方が理想でございます」

「……大和男子ってことですよね」

 

 この世界の今の時代に果たして居るのだろうか?

 

 命は俺の腕に触れたまま、まっすぐ陽菜乃さんを見る。

 

「つまり、ハヤトさんの様な人がお好きなのですか」

 

 俺は一拍遅れて、自分の名前が出た意味をのみ込む。

 

「……え、俺?、ですか」

 

 思わず声が上擦ってしまった。

 

 陽菜乃さんの指先が、湯呑みの縁でわずかに止まる。

 陽菜乃さんは小さく息を整え、目を伏せたまま答える。

 

「……否定は、できません。条件として申し上げた人物像に、ハヤトさんが重なるのは事実でございます」

 

 胸の奥で、驚きのあとに、素直な嬉しさが広がった。

 陽菜乃さんは綺麗だし、パートナーにできるならそうなりたい。

 

 命は俺の腕に触れたまま、陽菜乃さんへまっすぐ視線を向けた。

 

「陽菜乃姉さん。でしたら、隼人さんをパートナー候補としてお考えになってはいかがでしょうか。私は、隼人さんなら安心です」

 

 意外だった。命がこんな提案をするなんて。

 

 陽菜乃さんはわずかに目を伏せ、すぐに丁寧に言葉を返す。

 

「命、そのご提案はありがたく存じます。ですが、ハヤトさんのお気持ちをないがしろにはできません。私の都合だけで決めることではございませんので、まずはハヤトさんのお考えを伺いたく存じます」

 

 俺は一度だけ息を整えて、陽菜乃さんを見る。

 

「陽菜乃さんの相手になれたら俺もうれしいです。陽菜乃さんさえよければパートナーでも婚約者でも構いません」

 

 そう答えると陽菜乃さんは少し考えているようだった。

 

「……少し考える時間が欲しいです」

 

 陽菜乃さんはそう言って、湯呑みの縁に指を添えたまま目を伏せた。

 

 俺はうなずく。

 

「分かりました。返事は急がなくていいです。俺は待ちます」

 

 命が俺の腕に触れたまま、静かに口を開く。

 

「私は、隼人さんなら安心です。でも、陽菜乃姉さんが納得して決めるのが一番だと思います」

 

 陽菜乃さんは命を見て、やわらかく微笑んだ。

 

「ありがとうございます、命。あなたがそう言ってくれることは、私にとってとても心強うございます」

 

 少しだけ間が空く。

 

 竹の葉が擦れる音だけが、東屋を通り抜けた。

 

「ハヤトさん」

 

 陽菜乃さんがまっすぐ俺を見る。

 

「先ほどのお言葉、軽く受け取るつもりはございません。私も真剣に考えます。よろしければ、数日だけお時間を頂けますでしょうか」

「はい。陽菜乃さんのペースで」

「ありがとうございます。その間は、これまで通りでお願いいたします。周囲へはまだ申さず、まずはお婆様とお母様にだけ私から順にご相談いたします」

「分かりました」

「はい、陽菜乃姉さん。私もそのほうがいいです」

 

 陽菜乃さんは深く一礼した。

 

「お二人とも、ありがとうございます。……少し肩の荷が下りました」

 

 その声は、いつもの整った調子のままなのに、ほんの少しだけ温度があった。

 

 俺は息を整えて、短く返す。

 

「俺も、言えてよかったです」

 

 東屋の外から、朝食の支度を知らせる足音が近づいてくる。

 

 今日はここまでだ。

 

 でも、もう曖昧なままではない。三人とも、同じ方向を見ているのが分かった。

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