※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

193 / 238
192話 恵初めてのゲームセンター

 春休み三日目の昼、駅前のゲームセンター前で俺たちは合流した。

 

 命はいつものように俺の腕を取って、看板を見上げる。

 

「音、けっこう大きいですね」

「うん。中はもっと賑やかだ」

 

 日和が先に自動ドアを押して、振り返りざまに笑った。

 

「ほらほら、入ろ! 恵の初ゲーセン記念日だよ」

 

 恵は入口で一度だけ深呼吸して、スカートの裾を整える。

 

「本当に、ここが皆さまの“遊び場”でございますのね。日和、エスコートは任せましてよ」

「任されました、お嬢様」

 

 レンが苦笑して、フロアマップを指さした。

 

「最初はクレーンゲームが安全かな。ルール分かりやすいし」

 

 台の前に並ぶと、恵は真剣な顔でアームの動きを追った。

 

「この爪、見た目ほど保持力がございませんのね」

「そう。だから角を狙うといい」

 

 ハヤトが言うと、恵は小さくうなずいた。

 

「では、参りますわ」

 

 一回目は空振り。

 三回目で少し動き、七回目でまた戻る。

 十回目を過ぎても、白い猫は穴の手前で踏みとどまった。

 

「恵、いったん別の台行く?」

「いいえ、日和。ここで取りますわ」

 

 恵の声色が、少しだけ熱を帯びる。

 

「命様、角度は今の位置でよろしいでしょうか」

「はい。そのまま横を少しだけ浅く入れると、動くと思います」

「ありがとうございます。では、続けますわ」

 

 十五回目。

 十八回目。

 二十回目。

 

 恵はコインを置く手を止めない。

 

「……二十三回目でございますわね。ここまで来た以上、取らずには退けませんわ」

 

 アームが降りる。耳の付け根を引っかけ、白い猫がゆっくり傾く。

 

 そのまま、穴へ落ちた。

 

「取れましたわ……!」

「おお!」

「やった、恵!」

 

 レンと日和が同時に声を上げる。

 

 恵は景品を抱えて、息を整えてから胸を張った。

 

「少々大人気なくなりましたけれど、勝ちは勝ちでございますわ」

 

 レンが素直に手を上げ、日和がハイタッチを差し出す。

 

 恵は一瞬ためらってから、その手にぱちんと合わせた。

 

「日和、これは……楽しいですわね」

「でしょ。まだまだあるよ」

 

 次は音ゲーコーナーに移動した。

 

 日和が見本を見せ、レンが判定の見方を説明する。

 

 命は筐体の前には立たず、俺の隣で手拍子に回った。

 

「私は見る側でいいです。手拍子なら、たぶんできます」

 

 日和のプレイに合わせて、命は小さくリズムを刻く。

 ときどき半拍ずれるけど、本人は真剣だ。

 

「……今のところ、合ってますか」

「うん。十分いい感じ」

 

 命は少しだけほっとした顔で、もう一度ぱちんと手を打つ。

 

 プレイはしない。

 

 でも、隣で一生懸命に拍を取っている姿が、いちばん命らしかった。

 

 恵は最初こそ戸惑ったが、曲が終わるころには表情が明るくなっていた。

 

「失敗しても、次がすぐ来るのが良いですわ。切り替えやすいですもの」

「それ、恵の強いとこ」

 

 日和が笑って親指を立てる。

 

「よし、次はプリクラ行こ! せっかく全員そろってるし!」

 

 その勢いのまま、俺たちは奥のプリクラコーナーへ流れた。

 

 恵は機械の前で説明画面を見上げ、少しだけ目を丸くする。

 

「これが、噂のプリクラでございますのね。思ったより工程が多いですわ」

「大丈夫、僕が手順見るよ」

 

 レンが操作を引き受け、日和が立ち位置を決める。

 

「命さんはハヤトさんの隣、恵さんは真ん中! レン、そこ光いいから寄って!」

 

 カウントが始まり、シャッター音が続く。

 

 ポーズを変えるたびに笑い声が重なって、狭いブースがやけににぎやかだった。

 

 画面に出た見本フレームを見た瞬間、俺とレンが同時に足を止める。

 

「……玲奈と来た時思い出した」

「うん。僕も思った。前に撮ったとき、こういうフレーム選んでた」

 

 短いひと言だけで、昔の空気が一瞬よみがえる。

 

 でも今は、隣の笑い声のほうがずっと近い。

 

 印刷されたシートを受け取ると、日和がすぐ覗き込んだ。

 

「いいじゃん! 今日のこれ、当たりだね!」

 

 恵も仕上がりを見て、満足そうにうなずく。

 

「たしかに記念になりますわ。これは保管用と鑑賞用で分けたいですわね」

 

 命は小さく笑って、シートを丁寧にケースへしまった。

 

「……また、撮りたいです」

 

 日和がくるっと振り向いて、シューティングゲームのコーナーを指さす。

 

「あっち行こ! ゾンビのシューティング、二人一組でできるやつ!」

 

 恵の足が、ほんの一歩だけ止まった。

 

「ぞ、ゾンビでございますの……?」

 

 日和がにやっと笑う。

 

「だいじょぶだって。怖いやつっていうより、わちゃわちゃ撃つ系!」

 

 恵は背筋を伸ばして、咳払いをひとつする。

 

「怖くなんてありませんわ。わたくし、動く的を当てるのは得意でしてよ」

 

 言い切った直後、デモ映像の効果音が大きく鳴って、恵の肩がぴくっと跳ねた。

 

 レンが小さく笑いをこらえる。

 

「うん、今のは音が急すぎたね」

「お、音に驚いただけですわ」

 

 組み分けは、俺と命、レンと日和、恵は最初ひとりで入ると言い張ったが、結局日和が横に立った。

 

「ほら恵、私がリロード見るから前だけ見て!」

「ええ、任せましてよ、日和!」

 

 ゲームが始まると、薄暗い画面の奥から敵が次々に出てくる。

 

 命は隣で姿勢を崩さず、照準をすっと合わせた。

 

 短く撃って、確実に当てる。

 

「命、うまいな」

「……動きが素直なので、狙いやすいです」

 

 連射しないぶん、外しも少ない。

 

 ボス表示が出たところで、命が弱点マークに連続で当てると、ゲージが一気に削れた。

 

「すご、命さんつよ!」

 

 日和が声を上げる横で、恵も必死にトリガーを引く。

 

「ち、近づかないでくださいまし! あっ、今のは当たりましたわよね!?」

「当たってる当たってる! そのまま!」

 

 最後の結果画面で、命の命中率がいちばん上に出た。

 

 命は少しだけ目を丸くして、俺を見上げる。

 

「……意外でした。私、これなら好きかもしれません」

 

 恵は息を整えながら胸を張る。

 

「ほら、申し上げた通りですわ。怖くありませんでした」

 

 その手がまだ少し震えているのを、日和だけが見て笑った。

 

「うんうん、恵は今日いちばん勇敢だった!」

 

 シューティングの熱気を抜くみたいに、俺たちは休憩スペースへ移動した。

 

 壁際の自販機には、カップアイスが並んでいる。

 

「ちょっと休もう。アイス、奢る」

「やったー! ハヤトさん太っ腹!」

「ありがとうございます、ハヤトさん」

「ご厚意、ありがたく頂きますわ」

「僕は抹茶にしようかな」

 

 ボタンを押すたびに、コトンと落ちる音が続く。

 

 命はバニラ、日和はチョコクッキー、レンは抹茶、恵はロイヤルミルクティー味を選んだ。

 

 丸テーブルに並んで座ると、さっきまでの騒がしさがうそのように落ち着く。

 

「命さん、さっきの命中率やばかったよ。ラスボス溶けるの早すぎ」

 

「……自分でも少しびっくりしました。動きが見やすかったので」

「見やすかったであの数字は出ないって」

 

 レンが笑ってスプーンを止める。

 

「恵もすごかったよ。怖がりながらも前出てたし」

「わたくし、怖くなんてありませんでしたわ」

「効果音鳴った時、肩ぴくってしてたけど?」

「そ、それは反射でございます」

 

 恵が言い切って、ひと口すくう。

 

 その横顔はまだ少し強がっているのに、どこか満足そうだった。

 

「でも、またやってみたいですわ。次はもっと冷静に当てます」

「いいじゃん。次は恵と命さんで組んだら強そう」

 

 命は小さくうなずく。

 

「恵さんとなら、楽しそうです」

 

 何でもない駄弁りなのに、こういう時間がいちばん残る気がした。

 

「まだ時間あるし、帰る前に何かやりたいな」

 

 俺が言うと、日和がすぐにメダルコーナーを指さした。

 

「それなら決まり! 最後はメダルで締めよう!」

 

 席に着いた恵は、最初だけ慎重にボタンを触っていた。

 

「押す強さと間隔で、流れが変わりますのね」

 

 数分後、台のランプが一気に点灯する。

 

 抽選がそろって、フィールドの奥からメダルが雪崩みたいに落ちてきた。

 

「……え、ちょっと待って、恵すご!」

「大当たりでございますわ」

 

 恵は上品な顔のまま、手元のメダルを淡々と投入していく。

 

 当たりが連鎖して、受け皿の山がどんどん高くなる。

 

「ハヤトさん、バケツをもう一つお願いできます?」

「了解」

 

 レンが苦笑しながら山を見て言う。

 

「これ、今日いちばん勝ってるの恵だね」

「運だけではございませんわ。台の癖を読みましたの」

 

 命は恵さんの横でメダルの流れをじっと見つめ、落ちそうな山をそっと手で支えた。

 

「恵さん、左奥が詰まりそうです。次はあそこが落ちると思います」

 

 最後のジャックポットが決まった瞬間、周りからも小さな歓声が上がる。

 

「やった! 恵、完全勝利!」

 

「ふふ。では本日は、わたくしの勝ちでございますわ」

 

 帰るころには、メダル預けのカード残高が見たことない数字になっていた。

 ひと通り遊び終えるころには、全員の手に小さな戦利品が増えていた。

 

 店を出ると、夕方の風が熱を持った頬を冷やしてくれる。

 

「本日は、たいへん有意義でございましたわ」

「ハヤトさん、またご一緒していただけますか」

 

「もちろん。次は別の台も回ろう」

 

「楽しみにしておりますわ」

 

 命が俺の袖をつまんで、静かに笑う。

 

「恵さん、すごく楽しそうでした」

 

「うん。最初の一歩、うまくいったな」

 

 帰宅して部屋で着替えると、スマホが震えた。

 

 画面には陽菜乃さんの名前。

 

『ハヤトさん、今夜少しだけ外を歩きながらお話しできますでしょうか』

 

 俺は短く返信する。

 

『分かりました。時間を合わせます』

 

 春休み三日目は、賑やかな昼から、静かな夜へ切り替わっていく。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。