春休み三日目の昼、駅前のゲームセンター前で俺たちは合流した。
命はいつものように俺の腕を取って、看板を見上げる。
「音、けっこう大きいですね」
「うん。中はもっと賑やかだ」
日和が先に自動ドアを押して、振り返りざまに笑った。
「ほらほら、入ろ! 恵の初ゲーセン記念日だよ」
恵は入口で一度だけ深呼吸して、スカートの裾を整える。
「本当に、ここが皆さまの“遊び場”でございますのね。日和、エスコートは任せましてよ」
「任されました、お嬢様」
レンが苦笑して、フロアマップを指さした。
「最初はクレーンゲームが安全かな。ルール分かりやすいし」
台の前に並ぶと、恵は真剣な顔でアームの動きを追った。
「この爪、見た目ほど保持力がございませんのね」
「そう。だから角を狙うといい」
ハヤトが言うと、恵は小さくうなずいた。
「では、参りますわ」
一回目は空振り。
三回目で少し動き、七回目でまた戻る。
十回目を過ぎても、白い猫は穴の手前で踏みとどまった。
「恵、いったん別の台行く?」
「いいえ、日和。ここで取りますわ」
恵の声色が、少しだけ熱を帯びる。
「命様、角度は今の位置でよろしいでしょうか」
「はい。そのまま横を少しだけ浅く入れると、動くと思います」
「ありがとうございます。では、続けますわ」
十五回目。
十八回目。
二十回目。
恵はコインを置く手を止めない。
「……二十三回目でございますわね。ここまで来た以上、取らずには退けませんわ」
アームが降りる。耳の付け根を引っかけ、白い猫がゆっくり傾く。
そのまま、穴へ落ちた。
「取れましたわ……!」
「おお!」
「やった、恵!」
レンと日和が同時に声を上げる。
恵は景品を抱えて、息を整えてから胸を張った。
「少々大人気なくなりましたけれど、勝ちは勝ちでございますわ」
レンが素直に手を上げ、日和がハイタッチを差し出す。
恵は一瞬ためらってから、その手にぱちんと合わせた。
「日和、これは……楽しいですわね」
「でしょ。まだまだあるよ」
次は音ゲーコーナーに移動した。
日和が見本を見せ、レンが判定の見方を説明する。
命は筐体の前には立たず、俺の隣で手拍子に回った。
「私は見る側でいいです。手拍子なら、たぶんできます」
日和のプレイに合わせて、命は小さくリズムを刻く。
ときどき半拍ずれるけど、本人は真剣だ。
「……今のところ、合ってますか」
「うん。十分いい感じ」
命は少しだけほっとした顔で、もう一度ぱちんと手を打つ。
プレイはしない。
でも、隣で一生懸命に拍を取っている姿が、いちばん命らしかった。
恵は最初こそ戸惑ったが、曲が終わるころには表情が明るくなっていた。
「失敗しても、次がすぐ来るのが良いですわ。切り替えやすいですもの」
「それ、恵の強いとこ」
日和が笑って親指を立てる。
「よし、次はプリクラ行こ! せっかく全員そろってるし!」
その勢いのまま、俺たちは奥のプリクラコーナーへ流れた。
恵は機械の前で説明画面を見上げ、少しだけ目を丸くする。
「これが、噂のプリクラでございますのね。思ったより工程が多いですわ」
「大丈夫、僕が手順見るよ」
レンが操作を引き受け、日和が立ち位置を決める。
「命さんはハヤトさんの隣、恵さんは真ん中! レン、そこ光いいから寄って!」
カウントが始まり、シャッター音が続く。
ポーズを変えるたびに笑い声が重なって、狭いブースがやけににぎやかだった。
画面に出た見本フレームを見た瞬間、俺とレンが同時に足を止める。
「……玲奈と来た時思い出した」
「うん。僕も思った。前に撮ったとき、こういうフレーム選んでた」
短いひと言だけで、昔の空気が一瞬よみがえる。
でも今は、隣の笑い声のほうがずっと近い。
印刷されたシートを受け取ると、日和がすぐ覗き込んだ。
「いいじゃん! 今日のこれ、当たりだね!」
恵も仕上がりを見て、満足そうにうなずく。
「たしかに記念になりますわ。これは保管用と鑑賞用で分けたいですわね」
命は小さく笑って、シートを丁寧にケースへしまった。
「……また、撮りたいです」
日和がくるっと振り向いて、シューティングゲームのコーナーを指さす。
「あっち行こ! ゾンビのシューティング、二人一組でできるやつ!」
恵の足が、ほんの一歩だけ止まった。
「ぞ、ゾンビでございますの……?」
日和がにやっと笑う。
「だいじょぶだって。怖いやつっていうより、わちゃわちゃ撃つ系!」
恵は背筋を伸ばして、咳払いをひとつする。
「怖くなんてありませんわ。わたくし、動く的を当てるのは得意でしてよ」
言い切った直後、デモ映像の効果音が大きく鳴って、恵の肩がぴくっと跳ねた。
レンが小さく笑いをこらえる。
「うん、今のは音が急すぎたね」
「お、音に驚いただけですわ」
組み分けは、俺と命、レンと日和、恵は最初ひとりで入ると言い張ったが、結局日和が横に立った。
「ほら恵、私がリロード見るから前だけ見て!」
「ええ、任せましてよ、日和!」
ゲームが始まると、薄暗い画面の奥から敵が次々に出てくる。
命は隣で姿勢を崩さず、照準をすっと合わせた。
短く撃って、確実に当てる。
「命、うまいな」
「……動きが素直なので、狙いやすいです」
連射しないぶん、外しも少ない。
ボス表示が出たところで、命が弱点マークに連続で当てると、ゲージが一気に削れた。
「すご、命さんつよ!」
日和が声を上げる横で、恵も必死にトリガーを引く。
「ち、近づかないでくださいまし! あっ、今のは当たりましたわよね!?」
「当たってる当たってる! そのまま!」
最後の結果画面で、命の命中率がいちばん上に出た。
命は少しだけ目を丸くして、俺を見上げる。
「……意外でした。私、これなら好きかもしれません」
恵は息を整えながら胸を張る。
「ほら、申し上げた通りですわ。怖くありませんでした」
その手がまだ少し震えているのを、日和だけが見て笑った。
「うんうん、恵は今日いちばん勇敢だった!」
シューティングの熱気を抜くみたいに、俺たちは休憩スペースへ移動した。
壁際の自販機には、カップアイスが並んでいる。
「ちょっと休もう。アイス、奢る」
「やったー! ハヤトさん太っ腹!」
「ありがとうございます、ハヤトさん」
「ご厚意、ありがたく頂きますわ」
「僕は抹茶にしようかな」
ボタンを押すたびに、コトンと落ちる音が続く。
命はバニラ、日和はチョコクッキー、レンは抹茶、恵はロイヤルミルクティー味を選んだ。
丸テーブルに並んで座ると、さっきまでの騒がしさがうそのように落ち着く。
「命さん、さっきの命中率やばかったよ。ラスボス溶けるの早すぎ」
「……自分でも少しびっくりしました。動きが見やすかったので」
「見やすかったであの数字は出ないって」
レンが笑ってスプーンを止める。
「恵もすごかったよ。怖がりながらも前出てたし」
「わたくし、怖くなんてありませんでしたわ」
「効果音鳴った時、肩ぴくってしてたけど?」
「そ、それは反射でございます」
恵が言い切って、ひと口すくう。
その横顔はまだ少し強がっているのに、どこか満足そうだった。
「でも、またやってみたいですわ。次はもっと冷静に当てます」
「いいじゃん。次は恵と命さんで組んだら強そう」
命は小さくうなずく。
「恵さんとなら、楽しそうです」
何でもない駄弁りなのに、こういう時間がいちばん残る気がした。
「まだ時間あるし、帰る前に何かやりたいな」
俺が言うと、日和がすぐにメダルコーナーを指さした。
「それなら決まり! 最後はメダルで締めよう!」
席に着いた恵は、最初だけ慎重にボタンを触っていた。
「押す強さと間隔で、流れが変わりますのね」
数分後、台のランプが一気に点灯する。
抽選がそろって、フィールドの奥からメダルが雪崩みたいに落ちてきた。
「……え、ちょっと待って、恵すご!」
「大当たりでございますわ」
恵は上品な顔のまま、手元のメダルを淡々と投入していく。
当たりが連鎖して、受け皿の山がどんどん高くなる。
「ハヤトさん、バケツをもう一つお願いできます?」
「了解」
レンが苦笑しながら山を見て言う。
「これ、今日いちばん勝ってるの恵だね」
「運だけではございませんわ。台の癖を読みましたの」
命は恵さんの横でメダルの流れをじっと見つめ、落ちそうな山をそっと手で支えた。
「恵さん、左奥が詰まりそうです。次はあそこが落ちると思います」
最後のジャックポットが決まった瞬間、周りからも小さな歓声が上がる。
「やった! 恵、完全勝利!」
「ふふ。では本日は、わたくしの勝ちでございますわ」
帰るころには、メダル預けのカード残高が見たことない数字になっていた。
ひと通り遊び終えるころには、全員の手に小さな戦利品が増えていた。
店を出ると、夕方の風が熱を持った頬を冷やしてくれる。
「本日は、たいへん有意義でございましたわ」
「ハヤトさん、またご一緒していただけますか」
「もちろん。次は別の台も回ろう」
「楽しみにしておりますわ」
命が俺の袖をつまんで、静かに笑う。
「恵さん、すごく楽しそうでした」
「うん。最初の一歩、うまくいったな」
帰宅して部屋で着替えると、スマホが震えた。
画面には陽菜乃さんの名前。
『ハヤトさん、今夜少しだけ外を歩きながらお話しできますでしょうか』
俺は短く返信する。
『分かりました。時間を合わせます』
春休み三日目は、賑やかな昼から、静かな夜へ切り替わっていく。