※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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197話 春休みのお泊り会

 俺がリビングに入ると、命がいつもの席でノートを広げていた。

 姿勢はいつも通りきれいで、表情も大きくは変わらない。

 でも、ペン先の動きだけが少し速い。

 

「ただいま」

「おかえりなさい、ハヤトさん」

 

 命はノートを閉じずに、顔を上げる。

 

「本日、ひとつご相談がございます」

 

「うん。なに」

 

 命は一度だけ息を整えてから、丁寧に言った。

 

「春休みも残りわずかですので、日和さんとレンをお呼びして、お泊まり会をしたいと思っております」

「にぎやかな時間を作りたくて。……よろしいでしょうか」

 

 “にぎやかな時間を作りたい”なんて、命の口から先に出るのは珍しい。

 俺はすぐうなずく。

 

「いいじゃん。命がやりたいなら、やろう」

 

 命の目がほんの少しやわらぐ。

 

「ありがとうございます。では、準備に入ります」

「準備って、もうノート作ってる時点でだいぶ本気だな」

「……はい。段取りがないと、落ち着きませんので」

 

 ノートをのぞくと、見出しがきっちり並んでいた。

 “到着時刻”“食事”“入浴順”“就寝前のゲーム”“翌朝の朝食”。

 横にはチェック欄まである。

 

「完璧だな」

「まだ暫定です。皆さんの希望で調整いたします」

 

 命はそのままスマホを手に取り、二人にメッセージを送る。

 本文は短く整っていた。

 

『春休みの終わりに、御堂家でお泊まり会をしませんか。日程は明日夜〜翌朝を想定しています。ご都合いかがでしょう』

 

 返信は早かった。

 日和からはすぐにスタンプ連打と文字。

 

『行く!!!!!!!!』

 

 続いてレン。

 

『行きたい。持ってくものある?』

 

 命は画面を見て、小さく笑う。

 

「お二人とも、参加してくださるそうです」

「よかったな」

「はい。……少し、緊張します」

「命が?」

「私が主催ですので。滞りがあると申し訳ないです」

「大丈夫。失敗しても、お泊まり会は成立する」

 

 その言葉に、命は一瞬だけ目を丸くして、それから小さくうなずいた。

 

「……分かりました。完璧より、楽しむことを優先します」

 

 その夜は、準備であっという間に過ぎた。

 客間を二つ整え、追加の布団を確認し、リビングのローテーブルを少し広く使えるように配置を変える。

 命は一つ終わるごとにノートの欄へ丁寧にチェックを入れた。

 

 翌日、昼前。

 門のインターホンが鳴って、命は小走りで玄関へ向かった。

 

 最初に飛び込んできたのは日和だった。

 ボストンバッグを肩にかけて、手にはゲームセンターのクーポンをひらひら振っている。

 

「命ー! 今日は昼から全力で遊んで、そのままお泊まりコースね!」

「はい。その予定で準備しております」

 

 続いてレンが、やや大きめのリュックを持って会釈する。

 

「こんにちは。お邪魔します。カードゲームと充電器、あと着替え入れてきた」

 

「ありがとうございます、レン。完璧です」

 

 玄関で軽く荷物を整えると、四人はそのまま街へ出た。

 昼は駅前で遊んで、夕方に帰宅。

 流れを切らずに、そのまま御堂家で夜の部へ入る段取りだ。

 

 ゲームセンターでは日和が先頭に立って、レンがルール説明、命が静かに追随、俺が会計と時間を見ながら全体を回す。

 途中、恵へのお土産にと命が小さなキーホルダーを取って、日和が「それ絶対喜ぶ!」と騒いだ。

 

 夕方、御堂家へ戻るころには、四人とも少し汗ばんでいた。

 リビングに入って荷物を置くと、命がノートを開いて言う。

 

「では予定どおり、ここからお泊まり会に移行します。まず軽食、その後入浴、夜はゲーム大会です」

「命、進行うますぎ!」

「段取りだけは、事前に整えておりますので」

 

 軽食は、昼の勢いを少しだけ落ち着かせるためのものだった。

 

 命が用意したのは、手でつまめる小さなサンドと、温かいスープ、それに果物を細かく切ったガラスのボウル。

 派手ではないけれど、外で遊んできた体にはちょうどいい。

 

「命、これ店で出せるレベルなんだけど」

 

 日和がサンドを持ったまま目を丸くする。

 

「ありがとうございます。味付けは控えめにしております」

「控えめなのに、ちゃんとおいしい。すごい」

 

 レンはスープをひと口飲んで、静かにうなずいた。

 

「これ、落ち着く」

 

 テーブルの端には、昼に取った景品が並んでいた。

 小さなキーホルダー、丸いマスコット、取りやすそうに見えて取れなかった残念賞の話題。

 笑いながら雑に置いたものまで、なぜか今日の戦利品らしく見える。

 

「で、夜のゲーム大会は何やるの?」

 

 日和が期待の目で身を乗り出すと、命はノートを開いてページを示した。

 

「第一部はカードゲーム、第二部は協力型、第三部は罰ゲームなしの心理戦です」

「第三部だけ命の圧が強い」

「心理戦は、日和さんが感情で突っ走る傾向がございますので」

「そこまで読まれてる!?」

 

 日和が大げさに肩を落として、レンが吹き出す。

 

「でもだいたい合ってる」

 

 軽食のあと、順番に風呂を済ませ、全員が部屋着に着替えてリビングへ戻るころには、外の空気はすっかり夜になっていた。

 大きな窓に映るのは、室内の明るい輪郭と、笑って動く四人の影だけだ。

 

 第一部のカードゲームは、予想どおり日和が賑やかに場を回した。

 勝っても負けても声が大きい。

 レンは冷静に手札を読み、命は説明書の補足欄まで理解したうえで、必要な時だけ最短の一手を打つ。

 

「命、それ今出す!? 終わったー!」

「勝率が最も高い手でした」

「計算で殴ってくるのやめて!」

 

 第二部の協力型は、逆に命が指示を出しすぎないよう気をつける番になった。

 日和が先に動き、レンがフォローし、俺が抜けを埋める。

 命は全体を見て、危なくなった時だけ短く言う。

 

「次、左です」

「その後、レンに渡してください」

 

 その二言で流れが整う。

 

「命、司令塔向いてるな」

 

 俺が言うと、命は少しだけ視線をそらした。

 

「……皆さんが動いてくださるので、成立しているだけです」

「それを回すのが司令塔なんだって」

 

 日和が笑って指を立てる。

 

 第三部の心理戦が始まるころには、テーブルの上にお茶とお菓子が増えていた。

 夜更かしの空気は、昼間の高いテンションとは違う。

 声は少し落ちるのに、会話はむしろ途切れない。

 

 ゲームの合間、日和がふいにクッションへ倒れ込んだ。

 

「ねえ、こういうのってさ、春休み終わったあとに効くんだよね」

「学校始まってから、“あの夜楽しかったな”って思い出すやつ」

「分かる」

 

 日和が身を起こして、スマホを掲げる。

 

「じゃあ最後に一枚だけ撮ろ。証拠写真。盛らないやつ」

「盛らない宣言、珍しいな」

「今日はこのまま残したいから!」

 

 四人で肩を寄せて、ラグの上で一枚だけ撮る。

 誰も完璧な角度じゃない。

 でも、だからこそ今日っぽい。

 

 日付が変わる少し前、ようやく片づけに入った。

 カードを箱へ戻し、カップを下げ、クッションを元に戻す。

 騒いだあとの静かな作業まで含めて、お泊まり会らしい終わり方だった。

 

 客間へ向かう前、命が廊下で足を止める。

 

「ハヤトさん」

「うん」

「本日、最初から最後まで流れを崩さず進められました。……私、主催としては合格でしょうか」

「合格どころか、次も参加したいって思うやつです」

 

 命はすぐには笑わなかった。

 けれど、短い沈黙のあと、口元がやわらかく上がる。

 

「はい、ここからは就寝前の恒例コーナーです」

「恒例だったのか」

 

 レンが苦笑すると、日和はクッションを抱えて胸を張る。

 

「今決めた。テーマは恋バナ! 恋人の“きゅんと来た瞬間”限定!」

 

 命が湯呑みを持つ手をわずかに止める。

 

「……限定、ですか」

「そう、限定。重い話なし。『その仕草ずるい』ってやつだけ」

「ハードル高いな」

 

 俺が言うと、日和は即座に指をさした。

 

「じゃ、ハヤトさんから!」

「なんで」

「こういう時の“なんで”は参加する人の台詞」

 

 レンが笑ってうなずく。

 

「僕もハヤトからがいい」

 

 逃げ道が塞がれたので、しばらく考えて口を開いた。

 

「……相手がふと赤くなる瞬間、きゅんとする」

「普段冷静な二人だけど、照れて頬が少し染まるのを見ると、こっちまで胸にくる」

 

 日和の目がきらっと光る。

 

「わかるーー! 照れてる顔って刺さる!レンが照れながら告白してきたとき、凄いきゅんとしたもん」

 

 レンは頷いたまま、耳の先を少し赤くして視線を逸らした。

 

「……それ、ここで言う?」

「言うよ。恋バナタイムだし」

 

 日和は悪びれずに笑って、クッションを抱え直す。

 

「だってさ、レン普段は落ち着いてるじゃん。なのにあの時だけ声がちょっと震えてて、目だけはまっすぐで。あれ反則だった」

 

 レンは咳払いをひとつして、湯呑みに手を伸ばす。

 

「反則って言われても」

「褒めてるの。最高の意味で」

 

 そのやり取りに、命の口元が小さくゆるんだ。

 

「お二人らしいです。……その、良い意味で」

「命、それ笑ってるよね」

「少しだけです」

「次、レンね!」

「僕か。えっと……」

「相手が人前ではいつも通りなのに、二人になった瞬間だけ声が少し柔らかくなると、きゅんとくる」

「おお、具体的」

「あと、袖をちょっとつまむ仕草。あれは反則」

 

 日和がクッションを叩いて笑う。

 

「レン、観察力が細かい!」

「観察じゃなくて記憶」

「もっと強いじゃん」

 

 空気が温まったところで、日和が自分の番を始める。

 

「私はね、相手が“守る”って言うより、さりげなくこっち側に立ってくれる時」

「歩く時に車道側とか、混んでる場所で自然に前に出るとか。あれ、言葉より先にくるからずるい」

 

 レンは少しだけ目を逸らして、照れくさそうに笑った。

 

「……それ、意識してやってるわけじゃないんだけど」

「うん、そこがいいの」

 

 日和が即答して、クッションを抱え直す。

 

「あと笑うタイミングが同じだと、地味にきゅんとする」

 

 ふたりのやり取りに、命の肩の力が少しずつ抜けていくのが分かった。

 

 日和がいよいよ、という顔で命に向き直る。

 

「じゃあ次、恵!」

 

 日和に振られて、恵は背筋を正し、指先をそろえてから口を開いた。

 

「わたくしは――ハヤトさんが、覚悟を決めた顔をしている瞬間に、きゅんといたしますわ」

「迷いを置いて、まっすぐ前を見るお顔は……反則でございます」

 

 日和が両手で口を押さえて、身を乗り出す。

 

「うわ、恵それ強い……! “覚悟を決めた顔”って、もう映画のワンシーンじゃん」

 

 レンも感心したようにうなずいた。

 

「いいね。表情ひとつで空気が変わる瞬間って、確かにある」

 

 恵は咳払いをひとつして、髪を耳にかける。

 

「普段は多くを語らない方が、ここぞでまっすぐ決めるお顔に弱いのでございます」

「言葉より先に“この人は逃げない”と伝わるので、胸が高鳴るのでございます」

「分かるー!」

 

 日和がクッションを抱えたまま転がる。

 

「そういうの、あとからじわじわ効くやつ!」

 

 恵はほんの少し頬を染め、視線をそらさずに続けた。

 

「……ただ、わたくしは少し変わっておりますの」

「強引に引かれるのも、実はきゅんとしてしまいますわ。もちろん、ハヤトさんに限りますけれど」

 

 レンが小さく笑う。

 

「恵は普段しっかりしているから、いざという時に引っ張ってくれる人にきゅんとくるんだね」

「じゃ、満を持して――命、ラスト!」

 

「……私、ですか」

 

「命の“きゅん”、聞きたい」

 

 命は、敷いた布団の端をそっと整えてから、指先を膝の上で重ねた。

 

 少しだけ視線を下げ、呼吸を整えて口を開く。

 

「……では、ひとつだけ」

「以前、皆さんで花火を見に行った夜のことです」

 

 日和が「おっ」と小さく声を上げる。

 

 命は頬にわずかな熱をのせたまま、言葉を続けた。

 

「ハヤトさんが浴衣姿でいらして、帯をきちんと締めて、袖を軽く払って歩かれた瞬間――」

「いつもの制服姿とも私服とも違って、急に距離が近く見えてしまって……その、胸が高鳴りました」

 

 レンが目を細めてうなずく。

 

「仕草まで見てるの、命さんらしい」

 

 命は小さく首肯する。

 

「はい。見た目だけではなく、浴衣ならではの仕草――袖を押さえて座るところや、帯に軽く手を添えて歩幅を整えるところが、より……ずるいと申しますか」

 

 日和がクッションを抱えたまま転がる。

 

「わかるーー! 浴衣って普段との差が強いんだよね!」

 

 命は恥ずかしそうに瞬きをして、それでも最後まで言い切った。

 

「ですので、私の“きゅん”は、ハヤトさんの浴衣姿でございます」

 

 部屋が一拍静かになってから、日和がぱんっと手を叩く。

 

「はい本日ベストきゅん出ました!」

 

 命はそっと視線を伏せる。

 

「……話しすぎました」

「また着るよ和服」

 

 俺が短く返すと、命は小さくうなずいた。

 

「はい」

 

 最後に日和が手を叩く。

 

「よし、今日の結論。きゅんは派手なイベントより、普段の仕草に宿る!」

「名言っぽくまとめたな」

「“っぽく”じゃなくて名言だから」

 

 笑い声がまた一つ重なって、時計の針が日付を跨ぐ。

 

 襖を閉める直前、命が廊下で並んで歩きながら小さく言った。

 

「……先ほどの話、聞かれてしまいましたね」

「うん」

「恥ずかしいです」

「俺はうれしかった」

 

 命は短く息を吐いて、でも否定せずに返す。

 

「……それなら、よかったです」

 

 就寝前の恋バナは、騒がしく始まったのに、最後だけ静かに胸へ残った。

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