※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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198話 13日目の朝、同じ食卓

 春休み13日目の朝は、まだ空気が少し冷たかった。

 窓の外は明るいのに、家の中には夜の静けさの名残が薄く残っている。

 

 昨夜のお泊まり会の片づけは、命が朝一番で半分以上終わらせていた。

 客間の布団はきれいに畳まれ、リビングのクッションは元の位置へ戻っている。

 テーブルの上には、湯気の立つ味噌汁と焼き魚、出汁巻き、炊きたてのご飯。

 “いつもの朝”に見えるのに、今日はどこかだけ特別だ。

 

 日和は寝ぐせを押さえながら椅子に滑り込み、レンは眠そうな顔で湯呑みを両手に包む。

 命は配膳の最後に箸をそろえ、全員の前に小皿を静かに置いた。

 

「では、いただきましょうか」

「いただきまーす」

「いただきます」

「いただきます」

 

 最初の数分は、箸の音と湯気だけが食卓を満たす。

 騒がしい夜の翌朝は、このくらい静かなほうがちょうどいい。

 

 日和が卵焼きを口に運んで、すぐ顔を上げる。

 

「命、これ今日もおいしい。昨日の夜からずっと当たりなんだけど」

「ありがとうございます。朝は味を薄めにしております」

「わかる、優しい。胃が助かる」

 

 レンが味噌汁を飲んで小さくうなずく。

 

「こういう朝ごはん、落ち着くな」

 

 命は「はい」と短く返して、ご飯茶碗を持ち直した。

 表情はいつも通り穏やかで、でも視線の端に小さな達成感が見える。

 主催として一晩を走りきって、朝まできちんと着地させた顔だ。

 

 俺は時計を一度だけ確認する。

 今日はこのあと撮影。明日も撮影。

 二日連続の早出で、春休みの終盤は仕事の色が濃い。

 

 命がそれに気づいて、湯呑みを置いてからこちらを見る。

 

「ハヤトさん、本日も撮影でしたね」

「うん。今日と明日、朝からです」

 

 日和が箸を止める。

 

「春休みラストで二連続か。ハードだね」

「まあ、決まってる仕事だから」

 

 レンが静かに続ける。

 

「でも、こうして朝一緒に食べられたのはよかった」

「うん。そこは本当に」

 

 命は一度だけうなずいてから、言葉を丁寧に選んだ。

 

「それでは、今朝は“見送り優先”で参ります。食後の片づけは私が行いますので、ハヤトさんは支度を優先してください」

「助かる」

「はい。任せてください」

 

 日和が笑って親指を立てる。

 

「命、司令塔うますぎ」

「段取りだけは、得意ですので」

 

 食卓に小さな笑いが広がる。

 昨夜の恋バナの余韻はまだあるのに、誰もわざわざ触れない。

 その距離感が、今朝は心地いい。

 

 朝食を終えるころ、日差しはすっかり強くなっていた。

 春休みはもう終盤。

 

 湯呑みと皿を重ねる音が、いつもより少しだけ軽い。

 昨夜のお泊まり会の余韻が残っているせいか、食卓の空気は静かなまま明るかった。

 

「片づけは私が行います」

 

 命がそう言って立ち上がる。

 

「ハヤトさんは、お支度を優先してください。本日も撮影でいらっしゃいますので」

「助かる。ありがとう」

「いえ」

 

 日和は椅子の背にもたれて、大きく伸びをした。

 

「いやー、朝ごはんまで完璧なお泊まり会だったね」

「命、主催の才能あるって」

 

 レンも頷く。

 

「準備も進行も、終わり方まできれいだった」

 

 命はスポンジを手に取ったまま、わずかに視線を下げる。

 

「ありがとうございます。皆さんが合わせてくださったおかげです」

「その返し命らしい」

 

 日和が笑って、レンが小さく吹き出した。

 

 俺は時計を見て立ち上がる。

 今日は朝から撮影。明日も同じく撮影。

 春休みの残りは少ないのに、予定表はまだ白くない。

 

 廊下へ出ると、命が洗い物の手を止めて顔を上げた。

 

「ハヤトさん、玄関までお見送りいたします」

「うん」

 

 玄関で靴を履く間、日和とレンも後ろからついてくる。

 

「いってらっしゃい、ハヤトさん!」

「いってらっしゃい。今日は風強いから、移動気をつけて」

「行ってきます」

 

 扉を開けると、春の風が思ったより冷たかった。

 門へ向かって二歩ほど進んだところで、後ろから命の声が届く。

 

「ハヤトさん」

 

 振り返ると、命はいつもの落ち着いた顔で立っていた。

 けれど、言葉にするまでの一拍だけが少し長い。

 

「本日の撮影も、滞りなく進みますように」

「……お帰りを、お待ちしております」

「分かった。行ってくる」

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