※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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20話 決意

 教室の中は、すでにざわめいていた。

 視線が集まるのは、俺たち──正確には、俺とレンだ。慣れている。ここでは、それが普通だ。

 

 けれど今日は、少し違った。

 

 御堂命が、俺のすぐ後ろを歩いている。

 それだけで、空気が一段、張りつめる。

 

 教室に入ると、教室の前方に、出席番号順の座席表が貼られていた。

 最初の席は、名前順だ。

 俺は前から二列目、廊下側。

 そのすぐ隣に、佐久間レンの名前があった。

 

 顔を向けると、レンが気づいて小さく手を振る。

 緊張しているのが、分かりやすい。

 

 そして──

 御堂は、真ん中ら辺の席だった。列も距離も、はっきり離れている。

 

 席に着く。

 椅子を引く音が重なり、教室が一段落ち着く。

 

 命とは距離が遠いが仕方がない

 

 担任が入ってきて、ホームルームが始まる。

 挨拶、注意事項、これからの予定。

 

 担任の合図で、自己紹介が始まった。

 出席番号順。つまり、前の方からだ。

 

 俺はあ行なので早い。

 

「天城隼人です。よろしくお願いします」

 

 それだけ言って、座る。

 ざわつきが起きるのは、いつものことだ。気にしない。

 

 すぐにレンの番がやってきた、レンが小さく息を吸うのが分かった。

 

「さ、佐久間レンです。えっと……よろしくお願いします」

 

 声は少し上ずっていたが、途中で噛むことはなかった。

 拍手が起きる。温度は、俺の時より少し柔らかい。

 

(まあ、そうなるよな)

 

 そこから、何人か続く。

 そして──後方から、静かな声が響いた。

 

「……御堂命です。よろしくお願いします」

 

 それだけなのに、教室の空気が一瞬、変わった。

 ざわめきが、意識的に抑えられたような静けさ。

 

 視線が、後ろへ集まる。

 俺も、振り返る。

 

 背筋を伸ばして立つ姿は、遠くからでもはっきりしていた。

 表情は読めない。けれど、揺れていない。

 少し遅れて拍手が起きる。

 

 命は一礼して、席に戻った。

 それ以上、何も残さない。

 

 けれど──

 名前だけで、十分だった。

 

 自己紹介が続く間も、

 俺の意識は、時折、後方へ引き戻されていた。

 

 HRが終わり、下校の準備を始めるよう促される。

 椅子を引く音と、鞄のファスナーの音が、教室に一斉に広がった。

 

 立ち上がった瞬間、分かる。

 視線の集まり方が、はっきり変わった。

 

「天城くんってさ──」

「さっきの入学式、すごく目立ってたよね」

「ねえ、どこの小学校?」

 

 自然な流れだ。

 もう慣れている。

 

「あとで話そう。今日は用事がある」

 

 角を立てない程度にそう言うと、

 いくつか不満そうな声を残して、道が空く。

 

 少し離れた場所では、レンも同じような状況だった。

 困った顔で、こちらを見る。助ける余裕はない。

 

 ふと、視線を感じた。

 

 教室の後方。

 御堂が、鞄を持ったまま立っている。

 

 こちらを見ている。

 正確には──様子を見ている。

 

 人の流れが一段落したところで、

 御堂が歩き出した。

 

 通路を進むたび、周囲の空気が静かになる。

 俺の前で、足を止めた。

 

「……ハヤトさん」

「どうした?」

 

 短く返す。

 周囲の視線が、一斉に集まるのを感じる。

 

「今日は……ありがとうございました。朝のこと」

 

 声は低く、抑えられている。

 それでも、意志ははっきりしていた。

 

「気にするほどのことじゃない」

 

 本心だった。

 

 御堂は一瞬だけ目を伏せ、

 それから、ほんのわずかに頷く。

 

「……でも、助かりました」

 

 それだけ言って、半歩下がる。

 これ以上は踏み込まない、という線引き。

 

「また明日」

 

 俺が言うと、

 御堂は少し間を置いてから、答えた。

 

「……はい。また、明日」

 

 短い会話。

 けれど、周囲には十分すぎるほどだった。

 

 ざわめきが戻る。

 俺はレンを回収して、教室を出た。

 

 廊下に出ると、下校する生徒の流れができている。

 その中に、御堂の背中が見えた。

 

(今日は、ここまでだな)

 

 そう思いながらも、

 視線が自然と、その背を追っていることに気づく。

 

 関係は、まだ始まっていない。

 それでも──

 確かに、印象だけは残った。

 

 俺は、その感覚を否定せず、

 校門へ向かって歩き出した。

 

 校門を出ると、空気が少しだけ緩んだ。

 制服姿の集団が、それぞれの方向へ散っていく。

 

「……はあ」

 

 隣で、レンが大きく息を吐く。

 

「疲れたか?」

 

「少しだけ」

 

 そう言って苦笑する。

 俺は肩をすくめた。

 

「初日だ。すぐ慣れる」

 

「慣れるかなあ……」

 

 レンはそう言いながら、ちらりと後ろを振り返った。

 俺が何を見ていたか、分かっている目だ。

 

「さっきの人さ」

 

 やっぱり来た。

 

「御堂さん、だよね。……すごかったね」

 

「まあな」

 

 短く答える。

 

「なんていうか……近寄りがたいっていうか。クラス、静かになったし」

 

「たしかにな」

 

 それだけ言って、歩き続ける。

 

 レンは一拍置いてから、少し声を落とした。

 

「……ハヤト、ああいう人に近づくとさ、面倒なことにならない?」

 

 心配している。

 レンらしい。

 

 俺は、足を止めずに答えた。

 

「なるだろうな」

 

 まぁ間違いなくいい所の出だろう。

 気軽にパートナーという訳にもいかないだろう。

 許嫁もいるかもしれないしな。

 

「即答!?」

「でも」

 

 一度、レンの方を見る。

 

「だからって、放っておく理由にはならない」

 

 レンは目を瞬かせた。

 

「え……まさか」

 

 俺は、特別な調子もつけずに言う。

 

「御堂命は、落としにいく」

 

 一瞬、沈黙。

 

「……は?」

「聞こえた通りだ」

 

 冗談めかした笑いはない。

 レンは小さく息を吸い、ゆっくり吐いた。

 

「……ハヤトって、凄いよね」

「褒め言葉か?」

「うん、特に覚悟とか」

 

 視線を前に戻す。

 校舎が、少しずつ遠ざかっていく。

 

「御堂は、簡単じゃない」

「うん。分かる」

「だからいい」

 

 それだけ言った。

 

 レンは、もう何も言わなかった。

 代わりに、苦笑して肩をすくめる。

 

「……じゃあさ」

「ん?」

「僕は、巻き込まれないように祈っとくよ」

「期待しとけ」

 

 軽く返す。

 

 けれど胸の奥では、もう決めていた。

 

 御堂命(みどうみこと)。

 今日出会ったばかりの、あの少女を。

 

 俺は、逃がすつもりはなかった。

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