※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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203話 昼休みの提案、茶会部始動

 昼休みのチャイムが鳴ると、教室の空気は一気にほどける。

 弁当箱のふたが開く音、椅子を引く音、廊下へ流れていく足音。

 そのざわめきの中で、俺は先に立って屋上へ向かった。

 

 春の風は少し強い。

 金網の向こうで桜の名残が揺れて、街の色が昼の光に薄く滲んで見える。

 いつもの場所に着くころには、レン、日和、恵、命も順に揃った。

 

「今日、全員早いね」

 

 レンが笑いながら座る。

 日和は購買のパンを机代わりのベンチに並べ、恵はハンカチを膝に整えてから腰を下ろす。

 命は俺の隣に静かに座って、いつものように腕をそっと重ねてきた。

 

「ハヤトさん、何かお話があるのでしょうか」

「ああ」

 

 短く返すと、四人の視線が自然に集まる。

 風の音だけが少し残って、屋上の空気が一段落ち着いた。

 

「放課後、休める場所が欲しい」

「屋上、好きだけどさ」

 

 俺は金網の向こうを見ながら言った。

 

「冬は寒いし、雨の日は使えない。風が強い日も落ち着いて話せない」

「だから、季節とか天気に左右されず、放課後に集まれる場所をちゃんと作りたい」

「新しい部活でも作らないか」

 

 最初に反応したのは日和だった。

 身を乗り出して、目をきらっとさせる。

 

「いいね、それ! めっちゃいい!」

「しかもさ、どうせならお菓子食べたい。あとお茶! あったかいやつ!」

 

 レンがすぐ笑う。

 

「日和、目的の半分が甘いものになってる」

 

「大事じゃん! 回復に!」

 

 そのやり取りに、命が小さく口元をゆるめた。

 

「……私も賛成です。放課後に落ち着く時間は必要だと思います」

「お茶でしたら、準備も片付けも比較的整えやすいです」

 

 恵は少しだけ顎を引いて、いつもの端正な調子で言った。

 

「部活動として成立させるなら、目的を明確にする必要がありますわ」

「ですが、今のお話は十分に形になります」

 

 そして、恵は一拍置いて続ける。

 

「名称は――茶会部がよろしいのではなくて?」

「日常の休息と、おもてなしの作法、どちらも含められますわ」

 

 日和が即座に手を上げる。

 

「賛成! 茶会部、響きかわいい!」

 

 レンもうなずく。

 

「僕もいいと思う。ゆるいだけじゃなく、ちゃんと“部活”として言える名前だ」

 

 命も視線を上げ、はっきりと言った。

 

「茶会部、よろしいと思います」

 

 四人の答えが揃って、屋上の空気が少し明るくなる。

 俺は短くうなずいた。

 

「じゃあ決まり。茶会部でいこう」

 

 恵はすでにメモ帳を開いていた。

 文字の並びが迷いなく整っていく。

 

「申請に必要なのは、活動目的、活動日、顧問候補、活動場所ですわ」

「本日の放課後で草案を作成。明日、顧問へ打診しましょう」

「仕事が早いな」

「決めたことを通すまでが役目ですもの」

 

 日和がパンをちぎりながら笑う。

 

「ねえねえ、活動内容も決めようよ。お茶いれて、お菓子食べて、ちょっと喋って帰るの」

 

 レンが補足する。

 

「“喋る”だけだと曖昧だから、一日の振り返りを一言ずつとかどう?」

「重い相談じゃなくて、短く」

 

 命が静かに頷く。

 

「それなら続けやすいです。詮索せず、共有は短く。よいルールだと思います」

 

 俺は全員の意見をまとめる。

 

「活動は毎日。来られる日だけ来ればいい」

「無理に出席をそろえる部にはしない」

「時間は放課後から、外が暗くなる前まで」

「お茶を入れて、雑談して、だらだらして解散」

「それでいこう」

 

 恵が最後にペンを置いた。

 

「ええ。筋が通りましたわ」

 

 昼休みの残り時間は、思ったより早く過ぎた。

 チャイムが鳴る直前、日和が両手を合わせて言う。

 

「放課後、楽しみになってきた! 茶会部、始まる前からもう好き!」

 

 レンが笑い、命は俺の腕に重ねた手を少しだけ強める。

 恵はメモを閉じて、いつもの凛とした表情で立ち上がった。

 

「では放課後、実務に入りましょう」

 

 俺も立つ。

 

「了解。先に申請だな。顧問の先生を確保してから、場所の使用許可を取りに行こう」

 

 昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴る。

 四人はそれぞれ頷いて、次の授業へ戻っていった。

 短い会話だったのに、決まるべきことはきれいに決まっていた。

 

 午後の授業は、黒板の字を追っている間にも、頭の片隅で段取りが動く。

 申請書の項目。顧問候補。活動目的の言い回し。

 教科書を閉じるころには、必要な順番だけははっきりしていた。

 

 放課後。

 二年C組の教室で荷物をまとめて廊下へ出ると、レンがすでに壁際で待っていた。

 

「メモ、作ってきた」

「早いな」

「恵に“今日中に骨子を作る”って言われたから」

 

 すぐに日和が合流し、少し遅れて命と恵も来る。

 命は俺の隣に立つと、いつものようにそっと腕を重ねた。

 恵はクリップボードを抱え、開口一番で言う。

 

「では、職員室前の空きスペースで五分だけ。要点を確定しますわ」

 

 壁際の掲示板前に並んで、恵がペン先を走らせる。

 

「部名は“茶会部”でよろしいですわね」

「異議なし」

 

 レンと日和が同時に返し、命も小さく頷く。

 

「活動目的は二本立てにします」

「一、放課後の落ち着いた交流機会の創出」

「二、お茶の準備・提供を通した礼節と協調性の涵養(かんよう)*1」

 

 日和が眉を上げる。

 

「難しい漢字きた」

 

 恵はさらっと言う。

 

「申請書は“通る文章”で書くものですわ」

 

 俺は補足を入れる。

 

「要するに、落ち着ける場所を作って、ちゃんと運営するってこと」

「それなら分かる!」

 

 日和が元気よく頷く。

 レンはメモを見ながら続けた。

 

「活動日は毎日。参加は自由。来られる日だけでOK」

「時間は放課後から、暗くなる前まで」

「採用ですわ」

 

 恵が即答する。

 命が静かに言葉を添えた。

 

「片付け当番だけは、固定より当日確認のほうが回しやすいと思います」

「いい案ですわ。運用欄に追記します」

 

 内容が固まったところで、俺は時計を見る。

 職員室の先生が席にいる時間帯だ。

 

「じゃあ、まずは申請相談だな。顧問は学校側の選出になるはずだから、手順を確認しよう」

 

 恵が一枚めくる。

 

「ええ。活動内容に合う先生のお名前は“参考希望”として記載する形が妥当ですわ」

 

 五人で職員室へ向かう。

 扉の前で一度だけ整列して、俺がノックした。

 

「失礼します。二年のハヤトです。能村(のむら)先生、少しお時間よろしいでしょうか」

 

 奥の席で書類の山にもたれていた能村先生が、ゆっくり顔を上げる。

 ネクタイは少し緩く、ペンを耳に引っかけたまま、眠そうな目でこっちを見た。

 

「……何、その人数。面倒の匂いしかしないんだけど」

「新規の文化部を申請したくて、手順の相談に来ました。部名は茶会部です」

「茶会部?」

 

 能村先生は椅子を半回転させて、俺たちを順番に見た。

 そして、口の端だけで笑う。

 

「それ、遊び目的でしょ」

 

 日和の肩がぴくっと揺れる。

 レンが苦笑いして、恵は背筋を崩さない。

 命は俺の隣で静かに視線を上げた。

 

 能村先生は続ける。

 

「いや、別に責めてない。むしろ普通」

「学生なんて遊んでなんぼでしょ」

 

 職員室のざわめきの中で、その一言だけ妙にまっすぐ響いた。

 

「ただ、遊ぶなら“部活の形”で遊べって話」

「騒いで終わりじゃなく、続く形にできるか。そこだけ見る」

 

 俺は短く答える。

 

 「続く形にしたいです」

 

 恵がすぐに補足した。

 

「活動目的、運用ルール、清掃手順まで草案はございます。ご確認いただけますわ」

 

 レンがメモを差し出す。

 

「活動は毎日。参加は自由。時間は暗くなる前までです」

 

 命が言葉を重ねる。

 

「お茶とお菓子を扱う以上、衛生面と片付けは徹底します」

 

 日和も頷く。

 

「楽しいだけで終わらせない。そこはちゃんとやる」

 

 

 能村先生は紙を受け取り、ざっと目を通した。

 赤ペンで二、三か所に印をつける。

 

「ここ、“交流機会の創出”は固すぎ。学校書類でも少し言葉を落とせ」

「こっちは逆に軽すぎ。“お菓子を食べる”は“軽食を伴う茶話活動”にしとけ」

 

 日和が小声で言う。

 

「一気に賢そうになった」

 

 能村先生は肩をすくめる。

 

 「こういうのは中身より言い回しで落ちることあるから」

 

 赤入れを終えて、紙を返す。

 

「まあいいんじゃない」

 

 少し間を置いて、視線だけ鋭くなる。

 

「ただし“遊びだから適当でいい”はなし。そこ越えたら即止める」

「はい」

 

 俺たちは揃って返した。

 

 能村先生はまた力を抜いた顔に戻る。

 

「よし。下書き直して持ってこい」

「雑でも見るけど、雑のままは通さない」

 

 日和がにっと笑う。

 

「先生、結局めっちゃ面倒見いいっすね」

「違う。後で面倒になるのが嫌いなだけ」

 

 そう言って能村先生はひらひら手を振り、職員室へ戻っていった。

 

 廊下に残った俺たちは、同時に小さく息を吐く。

 厳しいようで、突き放してるようで、ちゃんと通す方向を示してくれる。

 ああいう大人は、たぶん信用できる。

 

 命が俺の腕に触れ、静かに言った。

 

「ハヤトさん。進めましょう」

「うん。今日中に直して、提出まで持ってく」

 

 レンがメモを開き直し、恵が赤入れ部分を清書し、日和が「お茶当番表つくる!」と先に走る。

 放課後の校舎は、まだ明るい。

 

 茶会部は、遊びたい気持ちから始まった。

 でも、遊びたいからこそ、ちゃんと続く形にする。

 その最初の一歩を、今踏み出した。

*1:
水が自然に染み込むように、無理をしないでゆっくりと養い育てること。

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