※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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206話 旧校舎の小さな部屋

 春の空気が落ち着くまで、数日かかった。

 新入生の足音が廊下に馴染んで、ざわつきも「日常の音」になっていく。

 最初の数日は、どこを歩いても落ち着かない視線が動いていた。

 

 誰が誰を見てるのか。

 何を探してるのか。

 

 分かりやすい理由はない。

 でも、こういう“落ち着かなさ”は、学校が切り替わった時にだけ出る。

 

 俺はそれに混ざらない。

 ただ、校舎の空気が少しだけ張ってるのは、歩けば分かる。

 

 そして俺たちの方は──逆だった。

 動き出したものが、ちゃんと形になった。

 

 ──茶会部。

 

 昼休み、机の上に置いた紙が一枚、きれいに揃って戻ってきた。

 端が折れてないのが、逆に怖い。

 

 恵が指先で紙を押さえたまま、俺を見上げる。

 

「ハヤトさん。通りましたわ」

 

 言い方が淡々としてるのに、目だけは少しだけ勝ち気に光ってる。

 

「条件つき、ですけどね」

 

 日和が横から覗き込みながら言った。

 嬉しそうにしてるくせに、口だけは軽い。

 

「条件って?」

「ほら、能村先生の。あの“現実”のやつ」

 

 日和が指で紙の一行目を叩く。

 

 俺は目を落とす。

 

 ──使用後は必ず清掃。

 ──ゴミは持ち帰り。

 ──騒音注意。

 ──終了五分前から片付け。

 

 予想通りだ。

 でも、通った。

 

「これで、屋上が無理でも集まれる」

 

 レンが小さく言った。

 声はいつもより少し軽い。

 

「そうだな」

 

 俺は紙を戻して、頷いた。

 

 放課後。

 

 俺たちは“場所”へ向かった。

 屋上じゃない。風に邪魔されない、雨に追い出されない場所。

 

 使わせてもらえるのは、旧校舎側の小さな部屋だった。

 元は資料室だったらしい。今は机が数台と、古い棚。窓は大きい。

 

 扉を開けると、少しだけ埃っぽい匂いがした。

 

「うわ、なんか……部室って感じ」

 

 扉を開けると、少しだけ埃っぽい匂いがした。

 

「うわ、部室っぽい」

 

 日和が一歩目でテンションを上げる。

 

「まず掃除」

 

 俺が言うと、日和の声が止まる。

 

「え、初回から?」

「初回だからだ。ここ、俺らの場所にする」

 

 俺は窓の鍵を確かめて、少しだけ開けた。

 空気が動く。薄い埃が光に浮いて、ゆっくり落ちる。

 

 机の角に指を滑らせると、白い粉が指先についた。

 

「……雑巾借りてくる」

 

 レンが言って、すぐに動いた。

 

「私も参りますわ」

 

 恵が立ち上がる。

 言い方は丁寧なのに、迷いがない。

 

「じゃ、あたしはほうき! ……って、どこにある?」

「持ってくる」

 

 俺は短く言って、棚を開けた。

 古い道具箱。中に、ほうきとちりとりが入ってる。

 

「あるじゃん!」

 

 日和が嬉しそうに取り出す。

 

「騒ぐな。粉が舞う」

「はーい」

 

 日和は口だけは返事をして、でもちゃんと動きは小さくした。

 

 レンが雑巾を数枚抱えて戻ってくる。

 その後ろに恵もいて、手には小さなゴミ袋。

 

「これで足りますか」

「十分」

 

 俺は机を端に寄せる。

 日和が床を掃く。恵が棚の上を拭く。レンが窓枠を丁寧に拭いていく。

 

 俺は最後に、部屋の中央を一周見てから言った。

 

「20分で終わらせる。終わったら机を組む」

「了解」

「続けるなら、毎回少しずつ。溜めるな」

 

 恵が小さく頷いた。

 

「習慣にすれば、苦ではありませんわね」

 

 空気が変わっていく。

 埃の匂いが薄れて、窓から入る春の匂いが勝ってくる。

 

 俺は雑巾を絞って、机の面を拭きながら思った。

 

 ──こういうのが、居場所になる。

 

 言葉にすると簡単だけど、実際は地味だ。

 雑巾を絞って、机を拭いて、床を掃いて、棚の上の埃を取る。

 

 誰か一人がやればいい作業じゃない。

 全員が手を動かすから、部屋の空気が変わる。

 

 20分。

 

 最初に入ってきた時の埃っぽさが消えて、窓から入る春の匂いが勝った。

 光が床に落ちて、さっきまで浮いてた粉はもう見えない。

 

「……終わり」

 

 俺が言うと、日和がほうきを立てかけて伸びをした。

 

「なんかさ、急に“部室”になったね」

 

 日和が笑う。

 

 恵はゴミ袋の口を縛りながら、淡々と言った。

 

「こうして整っていると、落ち着きますわね」

 

 レンは窓を少しだけ広く開けて、外の音を確かめるみたいに耳を澄ませた。

 

「屋上より、静か」

「風もない」

 

 俺が頷く。

 

 日和が机を見て、手を叩いた。

 

「じゃ、机組も! 円っぽくしよ、円っぽく!」

「四角でいい」

「四角でも円っぽい心で!」

「意味が分からない」

 

 俺が言っても、日和は勝手に机を押し始める。

 ただ、動かし方は雑じゃない。さっき“騒ぐな”って言ったのが効いてる。

 

 恵が机の端を軽く支えた。

 

「日和。床、傷つけないように」

「了解でーす」

 

 レンも無言で反対側を持つ。

 誰も大げさに言わない。自然に手が出る。

 

 机が整う。

 

 四人が向かい合って座れる形。

 真ん中には、小さな空白が残る。

 

 俺は椅子に座って、机の面を一度だけ指で叩く。

 

「ルール確認」

「出た。条件守る係」

 

 日和が言う。

 

「言い出したの俺だ。続けるなら必要」

 

 俺は紙を取り出して、短く読む。

 

「ゴミ残さない。騒音出さない。終わりに片付け。以上」

 

 恵が小さく頷く。

 

「守れますわ」

 

 レンも頷いた。

 

「僕も」

 

 日和は両手を上げた。

 

「はいはい、守りまーす」

 

 俺は一度だけ日和を見て、目で釘を刺す。

 日和は笑いながら視線を逸らす。

 

 そのやり取りで十分だ。

 

「で」

 

 日和が身を乗り出す。

 

「お菓子、どうする? 今日さ、何もないよね?」

「初回だ。今日は決めるだけ」

「決めるだけで終わり?」

「終わり。今日は準備」

 

 恵が口を挟む。

 

「では、役割を決めましょう。続けるなら分担が必要ですわ」

「そうだな」

 

 俺は短く頷いた。

 

「買い出し。茶葉。お菓子。あと備品。紙コップとか」

「紙コップは許可いる?」

 

 レンが聞く。

 

「使い捨てはゴミが増える。できればティーカップがいい」

 

 俺が言うと、日和が即座に手を上げた。

 

「じゃ、あたしティーカップ担当! かわいいの探す!」

「それは趣味担当だろ」

「一緒一緒!」

 

 恵がふっと笑う。

 

「茶葉は私が。家から手配できますわ」

「……さっすが恵、強い」

 

 日和が小声で言う。

 

 レンは少し迷ってから言った。

 

「僕、お菓子……選ぶの、手伝う」

「いい。無理するな」

「無理じゃない。甘いの、好きだし」

 

 レンの声は小さいのに、そこだけははっきりしてた。

 

 俺は頷く。

 

「じゃあ俺は、備品と場所の管理。窓と鍵と片付け確認」

「完全に条件守る係じゃん」

 

 日和が笑う。

 

「誰かがやらないと崩れる」

 

 俺が言うと、恵が静かに頷いた。

 

「ハヤトさんらしいですわ」

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