※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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207話 初の新入部員

 廊下の方から、軽い足音が近づいてきた。

 

 止まる。

 扉の前で迷ってるみたいに、気配が揺れる。

 ノックが、小さく3回。

 

 俺は視線を上げた。

 

「……どうぞ」

 

 扉が少しだけ開く。

 

 覗いた顔は、見覚えがあった。

 明るい目。息が上がってるのに、へこたれてない顔。

 

「し、失礼するっす……」

 

 日向結陽が、少しだけ身を縮めて頭を下げた。

 

 手ぶら。

 でも肩が少しだけ上下してる。走ってきた息だ。

 

「……隼人先輩」

「どうした」

 

 結陽は一瞬だけ目を泳がせてから、正直に言った。

 

「校舎、探検してたっす」

「探検」

「はいっす。入学してから、気になって」

 

 日和が口を押さえて笑いを堪える。

 レンは小さく瞬きをして、恵は呆れたように目を細めた。

 

「で」

 

 俺が促す。

 

「……迷ったっす」

 

 結陽が言い切って、すぐに続けた。

 

「でも、大丈夫っす。こういうの、よくあるっす」

「大丈夫じゃない」

 

 日和が小声で突っ込む。

 

 俺は廊下の方向を一度だけ見た。

 旧校舎側は、初見だと同じ景色が続く。迷うのは分かる。

 

「今どこに戻りたい」

 

 俺が聞くと、結陽はぱっと顔を上げた。

 

「昇降口の方っす。たぶん……」

「なんで疑問形?」

「……昇降口っす」

 

 結陽は素直に言い直した。

 

 俺は短く頷いた。

 

「こっち。ついてこい」

「え、いいんすか」

「迷子放置は面倒が増える」

「はいっす!」

 

 結陽は勢いよく返事をした。

 

「……あ。すみませんっす。ここ、静かにした方がよかったっすね」

 

 部屋をちらっと見て、結陽が目を丸くする。

 

「なんか、落ち着くっす」

 

 結陽はもう一度頭を下げる。

 

「失礼するっす。助かるっす、先輩」

 

 そのまま、ぱたぱたとついてくる足音。

 

 結陽が一度だけ足を止めて、部屋の中をもう一度見た。

 未練ってほどじゃない。ただ、気になってる顔だ。

 

「あの」

 

 小さく言ってから、結陽は俺を見上げる。

 

「先輩たち、ここで何してたっすか」

 

 日和が口を開きかけた。

 俺は先に答える。

 

「掃除」

「掃除っすか」

「それと、部活の準備」

 

 結陽の目がぱっと明るくなる。

 

「部活?」

「茶会部。今、立ち上げた」

 

 言い切った瞬間、結陽の反応は早かった。

 

「え、入りたいっす」

 

 即答。

 

 日和が「早っ」って顔で笑う。

 レンは驚いたみたいに瞬きをした。

 恵は、薄く笑っている。

 

「理由は」

 

 俺が短く聞くと、結陽は間を置かない。

 

「静かで落ち着くっす。あと、まったりお茶できるの最高っす」

「正直だな」

「はいっす!」

 

 俺は一度だけ頷いた。

 

「いい。入れ」

「え、いいんすか」

「まぁ断る理由ないしな」

 

 結陽は一瞬固まってから、顔を明るくした。

 

「やったっす!」

 

 結陽は両手を軽く上げて笑った。

 声は明るいまま、廊下に響きすぎない程度に収まってる。

 

 恵が口を挟む。

 

「自由参加ですわ。来られる時だけで構いません」

「めっちゃ助かるっす」

 

 レンが小さく言った。

 

「……一緒にお菓子、選べる」

 

 結陽が食いつく。

 

「え、レン先輩っすか? お菓子担当っすか?」

「担当……っていうか、手伝う」

「最高っす。甘いの好きっす」

 

 日和がニヤニヤしながら結陽を見る。

 

「じゃ、日向。最初に言っとくね」

「はいっす!」

「この部、ハヤトがルール係。破ったら一発で刺される」

「刺されるっすか!?」

「刺さない」

 

 俺が言うと、日和が肩をすくめた。

 

「刺さないけど、目が怖い」

 

 結陽は俺の顔をじっと見て、真面目に頷く。

 

「分かったっす。守るっす」

 

 その返事の速さが、変に頼もしい。

 

 結陽が一歩踏み出したその瞬間。

 床に置いてあった机の脚に、つま先が引っかかる。

 

「あっ」

 

 結陽の身体が前に傾く。

 転ぶ――と思った瞬間、俺が腕を掴んで止めた。

 

「……危ない」

「すみませんっす! こういうのよくあるっす!」

 

 結陽はケロッとしてる。

 でも、鞄の中身が少しだけ口から出て、プリントの角がぴらっと覗いた。

 

 風が入り込んで、その角を持ち上げる。

 

「うわ、また」

 

 結陽が慌てて押さえようとして、今度は自分の靴ひもを踏んだ。

 

 ひもがほどける。

 

「……連鎖するな」

「今日は軽いほうっす!」

 

 結陽は笑って、しゃがんでひもを結び直す。

 

 俺はプリントを押さえてから、結陽に視線を戻した。

 

「気をつけろよ」

「努力するっす!」

 

 日和が笑いを堪えきれずに吹き出す。

 レンが小さく笑う。

 恵は呆れたように息を吐いて、でも顔は柔らかい。

 

「……初日から完成してるね」

 

 日和が肩を揺らして言った。

 

「完成してない。危ない」

 

 俺が言うと、結陽は座り直して背筋を伸ばす。

 

「了解っす。次は引っかからないっす」

 

 俺は机の真ん中を軽く叩いた。

 

「じゃあ改めて自己紹介だ」

「はいっす、ハヤト先輩!」

 

 結陽は一度だけ深呼吸して、全員の顔を順番に見た。

 

「改めまして、1年の日向結陽です。今日からお世話になりますっす」

 

 ぺこっと頭を下げる。

 勢いはあるのに、雑じゃない。

 

「俺はハヤト。茶会部は、落ち着ける場所にする。騒がない。散らかさない。守れるなら歓迎」

 

 短く言う。

 

「守るっす!」

 

 扉の近くに立っていた命が、静かに前へ出た。

 背筋がまっすぐで、動きに無駄がない。

 

「御堂命です。よろしくお願いいたします」

 

 声は丁寧で落ち着いている。

 それだけなのに、部屋の空気が少し整う。

 

 結陽はぱっと顔を上げて、すぐ頭を下げた。

 

「よろしくお願いしますっす、命先輩!」

 

 命は小さく頷いた。

 

「結陽さん。よろしくお願いいたします」

 

 俺はレンを見る。

 

「レン」

「僕はレン。……甘いの好き。お菓子は、選ぶの手伝う」

 

 結陽がぱっと顔を明るくする。

 

「レン先輩、甘党っすね! 最高っす!」

 

 日和が横からニヤつく。

 

「レンにそのテンションで行くの、初手から攻めすぎでしょ」

「え、そうっすか?」

 

 結陽は素直に首を傾げる。

 

 レンは少しだけ目を逸らした。

 でも、嫌そうじゃない。

 

 恵が咳払いを1つ。

 

「恵ですわ」

「恵先輩っすね!」

 

 即答。

 

「ええ。よろしくお願いしますわ」

「よろしくお願いしますっす、恵先輩!」

 

 日和が笑いながら手を振った。

 

「あたし日和!」

「日和先輩――」

「先輩っていい響きだよね」

 

 日和が満足そうに頷いた。

 

 俺は結陽に戻す。

 

「結陽。ここは自由参加だ。来られる時だけ来い。来たら片付けまでがセット」

「了解っす。片付けまでっすね」

「そう」

 

 結陽は部屋を見回した。

 

「ここ、ほんと落ち着くっすね」

 

 恵が静かに言う。

 

「続けるなら、品位も必要ですわ。騒がず、乱さず」

「品位!」

 

 結陽がなぜか真顔になる。

 

「品位、守るっす!」

「難しく考えるな。ルール守れば十分だ」

「了解っす、ハヤト先輩!」

 

 日和が笑う。

 

「ハヤト先輩、教育係うまいね」

「別に、うまくはないだろ」

 

 俺は紙を取り出した。

 

「次。初回は準備。決めることがある」

 

 机の上に並べる。

 

「お茶。お菓子。使う物。あと、保管方法」

 

 恵が先に言った。

 

「茶葉はこちらで用意できますわ。種類は選びます。香りが強すぎないものから。あと、テーブルと座りやすいソファも手配いたしますわ」

「助かる」

 

 日和がすぐ続ける。

 

「お菓子は、コンビニでもいいけどさ、最初くらいちゃんとしたいよね」

「ちゃんとって?」

 

 結陽が食いつく。

 

「クッキーとか、フィナンシェとか。あと和菓子!」

「和菓子、いいっす!」

 

 レンが小さく言った。

 

「……甘さが強すぎないの、あると嬉しい」

「任せて! レンの好み、当てに行くから!」

 

 日和がやたら気合いを入れる。

 

 俺は話を戻す。

 

「使う物は、ティーカップがいい。ゴミ増やさない」

「ティーカップ担当、あたし!」

 

 恵が少し考えてから言った。

 

「保管は学校の棚を借りる必要がありますわね。勝手に置くのは避けた方がよろしいですわ」

「それは俺が能村先生に聞く」

 

 俺が言うと、恵は小さく頷いた。

 

「お願いしますわ」

 

 結陽が手を挙げる。

 

「質問いいっすか」

「言え」

「茶会部って、何する部っすか。まったりお茶する以外に、なんかあるっすか」

 

 日和が即答する。

 

「まったりお茶する部です!」

「終わり」

 

 俺が切る。

 

「でも、目的はちゃんとある。放課後に落ち着ける場所を作る」

「なるほどっす」

 

 結陽は真面目に頷いた。

 

「じゃあ、迷子になっても戻れる場所っすね」

 

 日和が腹を抱えて笑う。

 

「戻ってくるのはいいけど、毎回迷うのは禁止ね」

「分かったっす!」

 

 レンが小さく笑った。

 俺は机を軽く叩いた。

 

「じゃあ今日の決定。初回はこれ」

 

 指を折る。

 

「1つ。次回までにティーカップを用意。日和」

「2つ。茶葉は恵」

「3つ。お菓子はレンと日和と結陽で候補」

「4つ。俺が保管場所の許可確認」

 

 結陽が身を乗り出した。

 

「私は何すればいいっすか」

 

 俺は1拍置いてから言った。

 

「ルール守る。それと」

 

 結陽を見る。

 

「来る時は、ちゃんと来い。途中で迷子になるな」

「了解っす、ハヤト先輩!」

 

 その瞬間、結陽の腹が小さく鳴った。

 

 静かな部屋に、やけに目立つ音。

 

 日和が目を丸くする。

 

「今の、聞こえた?」

「聞こえたっす」

 

 結陽が堂々と言った。

 

「朝から走って、まだ何も食べてないっす」

 

 レンが鞄の中をそっと探って、小さい個包装を机に置いた。

 

「……飴。食べる?」

 

 結陽の目が一気に輝く。

 

「え、いいんすか、レン先輩!」

「……うん」

「ありがとうございますっす!」

 

 結陽は両手で受け取って、すぐに口に入れた。

 

「生き返るっす……」

 

 日和が笑う。

 

「この部、初回から平和だな」

 

 俺は窓の外を一度だけ見た。

 春の光が、机の上を明るくしている。

 

 悪くない。

 

 この空気なら、続く。

 

 俺は立ち上がった。

 

「終わり。片付け」

「はいっす!」

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