※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

209 / 238
208話 新たな居場所

 数日後。

 

 旧校舎の廊下は、相変わらず人が少ない。

 足音が響くのに、返事が返ってこない感じがする。

 

 俺は鍵を回して、部屋の扉を開けた。

 

 ――別の部屋みたいだった。

 

 まず目に入ったのは、執務机。

 木目が落ち着いていて、余計な装飾がない。角が丸いのに、仕事の匂いがする。

 

 その奥に執務椅子。

 背もたれが高い。座ったら姿勢が勝手に整うタイプだ。

 

「……恵」

 

 思わず名前が出た。

 

 左右には、ロングソファーが2つ。シングルソファーが2つ

 それぞれ対になるように置かれていて、そのソファーに合わせたテーブルがそれぞれ前にある。

 座ったら、自然に“落ち着く姿勢”になる配置だ。

 

 そして、棚の近く。

 電気ケトルが置かれていた。

 

 新品の白さが、やけに目立つ。

 

 部屋が「集まる場所」から、「滞在する場所」に変わっている。

 空気そのものが柔らかい。

 

「……すご」

 

 日和の声が、後ろから漏れた。

 

「これ、もう普通に部屋じゃないよね」

 

 レンも入ってきて、目を丸くする。

 

「……ホテル」

「言い過ぎ」

 

 でも、分かる。

 

 恵が最後に入ってきた。

 いつも通り落ち着いていて、当然のような顔をしている。

 

「お待たせしましたわ」

「これ全部、恵が?」

 

 俺が聞くと、恵は小さく頷いた。

 

「はい。続けるなら、形から整えた方が早いですもの」

 

 言い切り方が強いのに、声は上品だ。

 

「執務机は、記録用ですわ。部のノートや、許可関連の紙を置く場所が必要でしょう」

「……確かに」

 

 俺が頷くと、恵は執務椅子の背もたれに指先を添えた。

 

「それと、執務椅子は――部長のハヤトさん専用ですわ」

「……俺専用?」

「はい。責任者の席が曖昧だと、部屋はすぐ散らかりますもの」

 

 淡々と言うのに、妙に説得力がある。

 

 日和がソファーの方から顔を上げた。

 

「え、部長って決まってたの?」

「最初からハヤトさんが仕切っていましたわ」

 

 恵が当然のように言う。

 

「……異論、ありますか」

「……ない」

 

 俺は短く返した。

 

 レンが小さく頷く。

 

「うん」

 

 日和は笑って肩をすくめた。

 

「はいはい、部長席。似合う似合う」

 

 恵は一度だけ満足そうに目を細めた。

 

「座ってくださいませ。高さ、合わせてありますわ」

 

 俺は机の端を見た。

 紙が置ける。ペンも置ける。散らからない。

 

「ソファーは、落ち着くためですわ」

 

 恵が左右のロングソファーと上下のシングルソファーに視線を向ける。

 

「硬い椅子だけでは長続きしませんわ。姿勢が崩れない程度に休める場所が必要です」

 

 日和が口を開けた。

 

「恵、発想がガチすぎるって」

「続けるなら、必要なだけですわ」

 

 恵はすました顔のまま、テーブルの上を軽く指で示す。

 

「そして、これ」

 

 電気ケトル。

 

「毎回お湯を借りに行くのは手間ですもの。行列にもなりますし、時間も取られます」

「……助かる」

 

 俺は素直に言った。

 

 レンがソファーの端に座って、そっと背もたれに寄りかかる。

 

「……落ち着く」

 

 日和も反対側のソファーに座って、テーブルを眺めた。

 

「これさ、もう“まったり”しかできない環境じゃん」

「まったりは目的の一部だ」

 

 俺が言うと、日和は笑った。

 

「はいはい、真面目担当」

 

 俺は部屋全体を見回した。

 片付けの導線も悪くない。窓も開けられる。床も傷つきにくい。

 

 ちゃんと続けられる形だ。

 

「結陽は?」

 

 俺が聞くと、日和がすぐに答えた。

 

「まだ来てない。迷ってるんじゃない?」

「迷ってないっす!」

 

 廊下の方から、元気な声。

 

 扉が勢いよく開いて――結陽が入ってきた。

 今日は迷ってないらしい。

 

「ハヤト先輩! すごいっす!」

 

 結陽の視線が左右に飛び回る。

 

「ソファー! テーブル! え、机もあるっす! これ部室っすか!?」

「部室だ」

 

 俺が言うと、結陽は勢いよく頷いた。

 

「部室、最高っす!」

 

 日和が笑う。

 

「結陽、ちゃんと来れたじゃん」

「日和先輩、今日はノーミスっす!」

「言うとフラグ立つやつ」

 

 恵が結陽を見て、柔らかく言った。

 

「結陽さん。まずは荷物を置いて、落ち着いてくださいませ」

「はいっす、恵先輩!」

 

 結陽は素直に鞄をテーブル脇に置いて、ソファーの端に腰を下ろした。

 座った瞬間、目がさらに丸くなる。

 

「……沈むっす」

「落ち着けそうだな」

「めっちゃ落ち着くっす」

 

 俺はケトルに目をやって、恵に聞く。

 

「使い方、決めたか」

「はい。水は必ず捨てて乾かす。コードはまとめる。火傷注意。――以上ですわ」

「それでいい」

 

 俺は頷いた。

 

 部屋が整うと、やることも整う。

 茶会部は、やっと“続く形”になった。

 

 俺は執務机の引き出しを開けた。

 中には、ノートとペンがきっちり入っている。

 

 恵の仕事は、こういうところまで抜けない。

 

「……今日から、ちゃんと始まるな」

 

 俺が言うと、レンが小さく頷いた。

 

「うん」

 

 日和がテーブルを軽く叩く。

 

「じゃ、初お湯! 初ケトル! 初まったり!」

 

 結陽が手を挙げた。

 

「私、お菓子出すっす! 候補、持ってきたっす!」

「いきなり優秀だな」

 

 俺が言うと、結陽は胸を張った。

 

「迷子より得意っす!」

「張り合うな」

 

 部屋に、笑いが落ちる。

 

 結陽は鞄の中をがさがさ探って、紙袋を取り出した。

 袋の口がきっちり折ってあって、意外と几帳面だ。

 

「はいっす。まずはこれっす」

 

 テーブルの上に並ぶ、小さな個包装。

 焼き菓子が中心で、甘い匂いがふわっと広がる。

 

「お、いいじゃん」

 

 日和が身を乗り出す。

 

 結陽は勢いよく頷いた。

 

「日和先輩が“ちゃんとしたい”って言ってたから、それっぽいの選んだっす」

「私、そんなこと言ったっけ」

「言ってたっす」

「言ってたかも」

 

 日和はすぐに手のひらを返した。

 

 レンが袋を覗いて、小さく言う。

 

「……これ、甘さ強すぎないやつ」

「レン先輩、分かるっすか」

「……分かる」

 

 レンは一つだけ取って、包装の裏を読んだ。

 落ち着いた手つきが、もう“ここに居る”って感じだった。

 

 恵は、テーブルの端に置かれた電気ケトルを見てから、こちらを向く。

 

「では、お湯を沸かしましょうか」

「恵がやるのか」

「慣れていますわ。ですが……」

 

 恵は俺を見る。

 

「部長が最初に触れた方が、良いと思いますわ」

「……儀式みたいだな」

 

 日和が笑う。

 

「いいじゃん。初回ってそういうの大事」

 

 レンも小さく頷いた。

 

「うん」

 

 結陽が目を輝かせる。

 

「部長って、ハヤト先輩なんすね!」

「そうなる」

「すげーっす!」

 

 恵が執務椅子を指先で示す。

 

「執務椅子も、ハヤトさん専用ですわ」

「専用!?」

 

 結陽の声が跳ねた。

 

「ハヤト先輩、王様っすか!」

「王様じゃない」

「部長っす!」

 

 結陽はなぜか納得して頷いた。

 

 俺はケトルに水を入れて、スイッチを押した。

 小さな音がして、機械が仕事を始める。

 

 湯が沸くのを待つ間、部屋は自然に静かになった。

 静かというより、落ち着く。

 

 “何かをしないといけない”じゃなくて、“ここにいていい”の空気。

 

 日和がソファーに深く座って、天井を見上げた。

 

「はー……これ、放課後の勝ち確だね」

「勝ち確って言うな」

「だって勝ち確だもん」

 

 レンがテーブルの上の菓子を小さく並べ替える。

 整え方が、きれいだ。

 

 結陽はその手元を見て、すぐ真似をした。

 雑じゃない。素直に吸収する。

 

「結陽、手つきがいい」

 

 日和が言うと、結陽は胸を張った。

 

「私、こういうの得意っす」

「小さな特技だな」

 

 俺が言うと、結陽は笑った。

 

 湯が沸く音が変わって、ケトルが止まる。

 

「沸いた」

 

 俺はケトルを持ち上げて、まずティーポットを温めた。

 少しだけお湯を入れて、くるりと回す。内側がふわっと温まるのが分かる。

 

 湯を捨てて、ティーバッグを入れる。

 昼じゃない。放課後だ。ちゃんとやる。

 

 命が横からティーポットの蓋を押さえて、静かに言った。

 

「注ぎ口に近づけて。跳ねにくいです」

「分かった」

 

 俺は注ぎ口を近づけて、ゆっくりお湯を注ぐ。

 ティーポットの中が満たされていく。

 

 ふわっと香りが立った。

 

 命が砂時計――じゃなくて、小さなタイマーを置く。

 

「蒸らしは3分で」

「3分」

 

 俺が繰り返すと、日和がソファーから顔を出す。

 

「え、ちゃんとしてる。茶会部っぽい」

「茶会部だから」

 

 恵が当然のように頷く。

 

「蒸らしは大事ですわ。香りが変わりますもの」

 

 レンが小さく言った。

 

「……待てる」

 

 結陽はテーブルに肘をついて、目を輝かせる。

 

「蒸らしって、待つだけでうまくなるやつっすよね!」

「そう」

 

 俺は短く答えた。

 

 タイマーの針が進む。

 その間、部屋は静かだ。静かというより、落ち着いてる。

 

 3分。

 

 タイマーが鳴る前に、命が小さく言った。

 

「そろそろです」

 

 俺はティーポットの蓋を押さえて、少しだけ揺らす。

 中の色が落ち着いたのが分かる。

 

「じゃ、注ぐ」

 

 ティーカップを並べる。

 恵が用意したカップは、白地で控えめな模様。派手じゃないのに品がある。

 

 俺は1つ目に少し注いで、次のカップへ。

 均等になるように、少しずつ回す。

 

 命が隣で見ていて、静かに言う。

 

「その注ぎ方、いいです。濃さが揃います」

「揃えたい」

 

 レンの前にも、日和の前にも、恵の前にも。

 最後に結陽と、ゆきの前。

 

 湯気が立って、部屋に香りが広がった。

 

「うわ、いい匂いっす」

 

 結陽が素直に言う。

 

 俺はティーポットをそっと置いて、言った。

 

「飲もう」

「乾杯っすか!」

 

 結陽が勢いよく言う。

 

「お茶で乾杯はどうなんだろ」

 

 日和が笑う。

 

「でも、初回だしアリ!」

 

 レンが小さくカップを持ち上げた。

 

「……乾杯」

 

 恵も上品にカップを持つ。

 

「乾杯ですわ」

 

 俺もカップを持ち上げる。

 

「乾杯」

 

 カップが軽く触れて、音が鳴った。

 

 その音が、部室に落ちた。

 

 ――始まった。

 

 ちゃんと続く形で。

 

 その時、廊下の向こうから足音が近づいてきた。

 ゆっくりで、迷いがない。

 

 扉の前で止まる気配。

 

 ノックが、1回。

 

 日和が目を丸くする。

 

「誰か来た?」

 

 俺は立ち上がって、扉に向かった。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。