※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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21話 名前が残る

 御堂命(みどうみこと)視点

 

 

 

 目を開けると、天井が視界に入った。

 目覚ましは、まだ鳴っていない。

 

 時刻を確認する。

 予定より三分早い。誤差の範囲だ。

 

 上体を起こし、ベッドを整える。

 カーテンを少しだけ開けると、朝の光が差し込んだ。天候は安定している。

 

 洗面所で顔を洗い、髪を整える。

 鏡の中の姿を確認し、問題がないことを確かめる。

 

 制服に袖を通す。

 ブレザーの皺を指で伸ばし、リボンの位置を調整する。

 昨日と同じ手順だ。

 

 支度を終え、部屋を出る。

 廊下は静かで、足音が響かない。

 

 階段を下りると、食堂から食器の音が聞こえた。

 朝食の準備は、すでに整っている。

 

 食卓には、すでに朝食が整っていた。

 席は四つ。母、姉、妹、私。

 

 上の姉二人は家を出ている。

 今朝ここにいるのは、三番目の姉と妹と私だけだ。

 

「おはよう」

 

 先に席についていた姉が言う。

 新聞はない。タブレットが卓上に置かれている。

 

「おはようございます」

 

 私は席に着く。

 

「時間、ぴったりだね」

「はい」

 

 それで十分だった。

 

 母の綾乃(あやの)がキッチンから戻り、私の前にカップを置く。

 

「制服は問題ない?」

「ありません」

 

 母は一度だけ頷く。

 

 食事を始める。

 食器の音は、必要以上に立てない。

 

「昨日、入学式だったんでしょ」

 

 妹の千佳が聞いてくる

 姉の由紀子がタブレットから目を上げる。

 

「どうだった?」

 

 感想ではなく、確認だと分かる。

 

「滞りなく進行しました」

「そっか」

 

 それ以上は聞かれない。

 

 少し間を置いて、姉が続ける。

 

「学校では、人目につくことも増えると思うけど」

「承知しています」

「無理に距離を詰める必要はないからね」

 

 注意ではあるが、決定権はこちらにある言い方だ。

 

 母がカップを手に取り、口を開く。

 

「そういえば」

 

 声音は、穏やかだった。

 

「御堂家は、昔から男に弱いのよ」

 

 唐突だった。

 私は一度、スープに視線を落とし、それから母を見る。

 

「……私が、ですか」

「あなた個人、というより、家が、ね」

 

 母は淡々と続ける。

 

「一度恋をしたらどうしても子供が欲しくなってしまうの」

「そのうち性欲が抑えきれなくなるわ。パートナーに負担をかけてしまう」

 

 姉は否定しない。

 黙って聞いている。

 

「母さん、五人の男に逃げられてるしね」

 

 姉が事実を補足する。

 

 母は肩をすくめる。

 

「だから、言ってるのよ」

 

 一拍置いて、母がこちらを見る。

 

「男遊びは、ほどほどにしなさい」

 

 命令ではない。忠告だ。

 

「注意すれば、問題ありませんか」

「注意“だけ”で済むなら、いいのだけれど」

 

 母はそう言って、カップを置く。

 

「何かあれば──」

「家に持ち帰って、ですね」

 

 私が先に言うと、母は小さく頷いた。

 

「ええ」

 

 姉が視線をこちらに向ける。

 

「判断は、ちゃんとできるでしょ」

「はい」

 

 それで、この話題は終わった。

 

 食事を終え、ナプキンを畳む。

 

「では、行ってきます」

「行ってらっしゃい」

「気をつけて」

 

 背後で二人の声が重なった。

 私は振り返らず、扉を閉めた。

 

 門を出る。

 歩調を整え、駅へ向かう。

 

(昨日は、入学式だった)

 

 事実として思い出す。

 それ以上、掘り下げる必要はない。

 

 電車に乗り、窓の外を眺める。

 景色は流れ、考えは定着しない。

 

 学校最寄りの駅で降りる。

 改札を抜け、人の流れに乗る。

 

 校舎が見えてきた。

 

(今日は、何も起きない)

 

 そう判断する。

 

 私はそのまま、校門をくぐった。

 

 自分の席へ向かう途中で、視線を感じる。

 前からではない。横でもない。

 

 後方。

 

 確認する必要はなかった。

 それでも、足を止めずに把握する。

 

 ──天城隼人。

 

 昨日と同じ制服。

 立ち姿も、周囲との距離も、過剰ではない。

 

 視線が合う前に、私は前を向いた。

 

 席に着き、鞄を足元に置く。

 教室のざわめきが、背中越しに続いている。

 

 名前が、残る。

 理由は整理しない。

 

 私は机の上を整え、前を向いた。

 

 背後を意識する必要はない。

 そう判断して、姿勢を正す。

 

 チャイムが鳴り、教室の音が一段落する。

 担任が入ってきて、簡単な挨拶と連絡事項が続いた。

 

 ノートを開き、言われた通りに書く。

 文字の形は、いつもと同じ。

 

 板書を写しながら、視界の端で人の動きを拾う。

 前列。中央。後方。

 

 授業が進む。

 内容は難しくない。集中は途切れていない。

 

 ただ、黒板から視線を戻すと、名前が一度、浮かぶ。

 

 天城隼人と。

 

 どうしたのだろうか。

 必要以上に、考えている。

 

 チャイムが鳴り、午前の授業が終わる。

 教室の空気が一段、緩んだ。

 

 椅子を引く音が重なり、机の上が片付いていく。

 昼休みだ。

 

 私はノートを閉じ、鞄にしまう。

 昼食の準備は、していない。

 

 食堂に行くか、購買に寄るか。

 それくらいの選択肢しかない。

 

 廊下へ向かう人の流れができる。

 教室に残る者。

 食堂へ向かう者。

 

 私は席を立つ。

 行き先は、まだ決めていない。

 

「命」

 

 背後から、声がかかった。

 

 振り返ると、天城隼人が立っている。

 その隣に、佐久間レン。

 

「学食、行くけど」

 

 簡潔な言い方。

 誘いというより、当然の確認に近い。

 

 弁当はない。

 購買は混む。

 学食に向かうのが、一番早い。

 

「……行くわ」

 

 短く答える。

 

 ハヤトさんはそれ以上言わず、歩き出した。

 私とレンさんが、その後ろにつく。

 

 三人で廊下に出る。

 歩く速度は、自然に揃った。

 

 階段を下りる途中、会話はない。

 人の流れに逆らわず進む。

 

 食堂の入口には、すでに列ができている。

 初日なら、想定内だ。

 

 トレイを取り、列に並ぶ。

 

 料理を受け取り、席に着く。

 三人分、並んで座れる場所だ。

 

 周囲の視線が集まる。

 中心は、ハヤトさん。

 

 男子であること。

 それだけで目立つ。

 加えて容姿も優れている

 

 その隣に座る私は、邪魔者として見られているのだろう。

 

 私は姿勢を崩さず、食事を始めた。

 視線は返さない。

 

 食べながら、ハヤトがトレイの端を指で叩いた。

 

「次、何の授業だっけ」

「国語」

 

 私が答える。

 

「あー、国語か」

 

 レンが少し顔をしかめた。

 

「どんなのやるんだ?」

「多分物語を読むんだと思うけど」

 

 短く返す。

 

「じゃあ、その次は?」

「数学」

「計算かあ、僕、数字って少し苦手なんだよね」

「簡単なところからだと思います」

「命さん、落ち着きすぎ」

「普通です」

 

 ハヤトさんが笑う。

 

 食べながら、レンさんが言った。

 

「学食、思ったより普通だね」

「量も、値段も」

 

 私が答える。

 

「もっと混むかと思ってた」

「初日だから」

 

 ハヤトさんが言う。

 

「慣れたら、並ぶの嫌になるやつだな」

「もう嫌だよ」

「じゃあ弁当を持ってくるんだな、俺も弁当にしようかな」

「いいな、それ」

 

 レンさんがすぐ反応した。

 

「母さんに聞いてみよう。作ってくれるかどうか」

「たぶん、喜びますよ」

「そう?」

「はい」

 

 少し間を置いて、私も口を開く。

 

「……私も、お弁当にしようと思います」

 

 二人がこちらを見る。

 

「命も?」

「朝の準備次第ですが」

「一緒だな」

 

 ハヤトさんが言って、軽く笑った。

 

「じゃあせっかくだし、これからも昼は一緒に食べようぜ」

「……私は構いません」

 

 即答だった。

 本来なら、条件や理由を考えるべき場面だ。名家であること、周囲の視線、余計な関係性。避ける理由はいくつも挙げられる。

 

 それでも、否定の言葉は浮かばなかった。

 断る必要性を、見つけられなかっただけなのかもしれない。

 

 結果として、そう答えていた。

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