※この作品はR-18です。

男女比1対100の彼女たちの世界で   作:ののじん

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209話 顧問、来訪

「……どうぞ」

 

 扉が静かに開く。

 

 入ってきたのは、落ち着いた雰囲気の女性だった。

 肩にかかるくらいの黒髪が、柔らかく揺れている。きっちり固めた髪型じゃないのに、手入れが行き届いていて清潔感がある。

 

 表情は穏やかで、口元がふっと緩んでいる。

 目元も優しい。綺麗だと思うのに、威圧感がない。近づきやすい美人、ってこういう感じか。

 

 ただ──新任らしい“少しだけ”が混ざっている。

 部屋に入る前に、ほんの一瞬だけ息を整えたみたいな間。視線の動きが慎重で、確認する癖が出る。でもそれが不安げじゃなくて、丁寧に見ているだけに見える。

 

「失礼します」

 

 声も、見た目のまま柔らかい。

 ゆっくりした話し方で、空気がすっと落ち着く。

 

 優しいのに、視線はちゃんと人を見る。

 おっとりしているのに、何も見逃さないタイプだと分かる。

 

 ──相川美紀先生。

 

 新任の顧問。名前だけは聞いていた。

 

「はい」

 

 俺が答えると、先生はふわっと笑った。

 

「よかった。場所、合っていますね」

 

 日和がソファーから身を起こして、軽く頭を下げる。

 

「はい、相川先生。私、日和です」

 

 レンもカップを置いて、小さく頭を下げた。

 

「……レンです」

 

 恵は背筋を崩さず、丁寧に会釈する。

 

「恵ですわ。よろしくお願いいたします、相川先生」

 

 結陽は慌てて立ち上がって、元気よく頭を下げた。

 

「1年の日向結陽です! よろしくお願いしますっす、相川先生!」

 

 相川先生はその勢いにも驚いた様子はなく、むしろ少し嬉しそうに目を細めた。

 

「はい。よろしくね、結陽さん」

 

 声が柔らかい。

 なのに、部屋の空気がすっと整う。

 

 先生の視線が、部屋の中をゆっくり一周した。

 執務机。執務椅子。左右の長ソファー。テーブル。電気ケトル。

 

「……素敵なお部屋ですね」

 

 日和が笑いながら言う。

 

「恵が本気出しました」

 

 恵が涼しい顔で返す。

 

「必要でしたので」

 

 相川先生が小さく頷いた。

 

「居場所って、形があると続きやすいですものね」

 

 その言い方が、妙に刺さった。

 軽いのに、適当じゃない。

 

 先生は扉の近くに立ったまま、俺を見た。

 

「部長さんは、どなたですか?」

 

 俺は一瞬だけ視線を恵に向けてから、前を見た。

 

「俺です。ハヤトです」

「ハヤトさん」

 

 相川先生は名前を一度だけ口にして、ゆっくり頷く。

 

「今日は、初めての活動ですか?」

「形が整ったんで、今日からちゃんと」

 

 俺が言うと、先生は部屋の中央を見る。

 

「お茶の香り、いいですね」

 

 結陽がすぐに乗る。

 

「相川先生も飲むっすか?」

 

 日和が笑って、結陽の方を見る。

 

「結陽、先生にいきなり誘うの強いね」

「だって、お茶部っす!」

 

 結陽は真顔だ。

 

 相川先生は困った顔をせずに、ふわっと笑った。

 

「ありがとう。でも、今日は様子を見に来ただけにします」

 

 そして、少しだけ声を落とす。

 

「……安全だけ、確認させてくださいね。ケトル、触った後はコードをまとめること。あと、熱いお湯は走って運ばない」

「分かりました」

 

 俺が答えると、先生は満足そうに頷いた。

 

「それと」

 

 視線が日和、レン、恵、結陽へ順番に移る。

 

「ここは“落ち着く場所”にしたいんですよね」

「はい」

 

 日和が先に返す。

 

「私たち、屋上以外にも居場所が欲しくて」

 

 レンも小さく頷く。

 

「……静かに、休める場所」

 

 恵が続ける。

 

「続けるために、整えましたわ」

 

 結陽が元気よく手を挙げる。

 

「私、放課後に落ち着ける場所、欲しかったっす」

 

「うん。そういう場所にしよう」

 

 日和が笑って頷いた。

 相川先生がふっと笑った。

 

「うん。そういう気持ち、いいですね」

 

 先生は一歩だけ部屋の中に入って、床を見た。

 ゴミがない。濡れた跡もない。物の置き方も整っている。

 

「……きれいに使えてますね」

 

 俺は短く返した。

 

「最初に掃除しました」

「素敵」

 

 相川先生の言葉は、褒めてるのに軽くない。

 

「大げさなことは言いません。みんなが気持ちよく使えて、他の人の迷惑にならなければ、それで十分です」

 

 その一言が、肩の力を抜かせた。

 

 先生は最後に、俺を見て言った。

 

「困ったことがあったら、言ってください。無理に抱え込まないでね、ハヤトさん」

「……はい」

 

 俺が頷くと、先生はまた柔らかく笑った。

 

「では、邪魔しません。楽しんでください」

 

 先生はゆっくり扉へ戻る。

 

 出る直前、振り返って付け足した。

 

「あと、続けるなら“当番”を作るといいですよ。お湯と片付け、チェックする人。責任が分かれると、長持ちします」

「分かりました」

 

 俺が答えると、相川先生は軽く手を振って出ていった。

 

 扉が閉まる。

 

 部室に戻った静けさが、さっきより柔らかかった。

 

「……相川先生、優しい」

 

 レンが小さく言った。

 

「おっとりしてるのに、言うことはちゃんと言うタイプ」

 

 日和が頷く。

 

 恵がティーカップを持ち上げて、少しだけ口元を緩める。

 

「良い方ですわね」

 

 結陽が俺を見る。

 

「ハヤト先輩。顧問って、ああいう感じなんすね」

「そういう先生もいる」

「安心っす」

 

 結陽はカップを両手で持って、湯気を見つめた。

 

「……ここ、ほんといいっすね。落ち着くっす」

 

 その言い方が、さっきより静かで真っ直ぐだった。

 

 俺はソファーの背に少しだけ体重を預ける。

 

「続けるぞ」

「うん」

 

 日和が笑う。

 

「私、続けたい。ここ」

 

 レンが小さく頷く。

 

「……続けよう」

 

 恵が当然のように言う。

 

「続けますわ」

 

 結陽が勢いよく頷く。

 

「続けるっす!」

 

 ──いい。

 

 この部屋は、もう“偶然できた場所”じゃない。

 俺たちが、続けるって決めた場所だ。

 

「じゃ、次の決め事」

 

 俺は執務机のノートを開いた。

 

「当番。片付けチェック。ケトル。あと、お菓子の回し方」

「回し方?」

 

 結陽が首を傾げる。

 

「独り占め禁止」

 

 俺が言うと、結陽は即答した。

 

「しないっす!」

「分かった」

「はいっす!」

 

 レンが小さく笑って、袋の中の焼き菓子を1つずつ机に置いた。

 

「……順番に、取ろう」

「レン、優し」

 

 日和が言って、手を伸ばす前に一度止める。

 

「……じゃ、私からじゃなくて。結陽から」

「え、いいんすか!?」

「いいよ。新入り特権」

「やったっす!」

 

 結陽は嬉しそうに1つ取って、丁寧に袋を開けた。

 

 かじった瞬間、目がさらに丸くなる。

 

「……うまっ」

 

 その一言で、部室の空気がまた少しだけ温かくなった。

 

 俺はノートにペンを走らせる。

 

 続く形にする。

 今日の笑いも、先生の言葉も、全部まとめて。

 

 ──俺たちは、ちゃんと始めた。

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